【day2】(1)-[1]-(4)
「また、その両名が独断で実行した、指示したとも思いません」
「二人が『そんな愚か者ではない』と信じる、それ以外の根拠が君にはあるように見えるね、イムファル」
イムファルの表情を見て、タオが表情を緩めた。情報部長の表情には、「疑念」をまだ捨てない領主に対する不快感のようなもの――諜報隊員が独断でそれをやった筈は無い確信、それがあった。だから、タオは「云ってご覧」というふうに目で笑んだ。
タオの表情にイムファルの方が少々たじろいだが、唇を舐めてから、真剣に答えた。
「――まず、サウザーの諜報隊員は情報収集のみに特化した能力を育てております。兵士としての実技訓練や暗殺任務のための特殊訓練――最低限の自衛技能は兎も角、加害を目的とする行為の訓練は行われておりません。暗殺を可能とする特殊な技術を持った者は〈軍〉から改めて配属され諜報隊員と行動を共にしますが、ボウガンとムチの班にはそうした隊員は添うておりません。また、正式な魔術士としての実力を持っているとしても、同じく加害を目的とした場合に実効性のある術を会得した者は諜報隊員には居りません」
「それは根拠にならない。君がそれを把握していなくても、個々の修行でそうした技術を得ること、得たことを隠すことは可能だからだ」
タオは冷静に却下した。イムファルは息を飲んだが、そうした領主の言葉を想像していたのか――だから「まず」という言葉が出たのかもしれない――、慌てることも無く続けた。
「何より、今朝連絡が取れましたとき、両名とも『市長死亡』の事実を把握していなかったからです」
「……」
「勿論、諜報は芝居が下手で出来る任務ではありませんが……、確実に、『初耳である』という反応をしておりました。二人が事実、独断で暗殺を行なったにも関わらずしらばっくれたのであれば、私は指令として見抜けなかった筈は無いと――それも根拠はありませんが――自信があります。万一見抜けなかったのなら、私の目が節穴だったということになります、もう情報部長の職に就くには無能と云うべきほど衰えも甚だしいのだと。――本当にそうだったら、領主様、私が全責任を負わせて頂きます」
「……ふむ」
「また――私は、死亡を既に把握しているかどうか問い、事実確認を命じたのです。殺害とは申しておりません。両名とのやりとりを思い出してみても、もしどちらか――あるいは共謀して暗殺を企てたのだとしたら、どこかで不審な態度や失言があって良かったように思いますが、それもありませんでした。私は、それを『あり得ない』と思っていますが、万が一、ムチとボウガンにつく隊員がそれを独断で実行出来たというなら、やはりそれを両名が把握していないこともあり得ないでしょうし、把握出来ていないなら、今度はムチとボウガン両名が諜報隊長としてあり得べからざる無能ということになります。――それすらも……、二つの諜報隊、両方が示し合わせた周到な準備の下の演技なのだとすれば、『独断で計画的な殺人を犯しておきながら、その罪を免れようとする愚か者達』へ諜報任務を任せてしまったことに、やはり――責任を負わせて頂きます」
「ならば俺も責任を負わねばなるまい。――本部人事の最終責任は領主にある」
さらりとした声でタオは云った。三名の幹部はハッと息を飲み、領主の顔を見つめる。真摯に――悲痛な声で責任を負うと云ったイムファルに同情して庇うつもりで云ったのでは無い。それが当然なのだと云うふうに、あっさりと。
確かに、それは当たり前だ。サウザーの本部に所属する職員が「殺人」を犯したとなれば、どんなに本人が崇高の理念の下でそれを行なったつもりであろうと、罪を暴き裁きを受けさせねばならない。ましてそれが、政治的理念の下で実行された、タオを介さないまま誰かが指示したとなれば――領主として見過ごすわけにも責任を負わないわけにもいかない。
それが本部でなく領内の小国・自治体等の為政者・首長の独断であっても、その上に存在するただ一人の領主として、タオは責を負おうとするだろう。
現実的に考えて、戦時下にある一国の主が一般市民からあっさり殺されるような状況にある筈も無いが――、万が一、思いあまった一般人の仕業であっても、タオは、「暗殺を実行した者が所属している領土の主」として、裁きの場に登るだろう――何せそれは戦時下のことであり、被害者は〈敵対国〉の主なのだから。どんなに自国民が自国の主に責任は無いと庇護しようとしても、被害者の側からすればサウザー領そのものを、ならばその主であるタオを、加害者とみなすだろう、それが当たり前の感情だからだ――。
「つくづく、それが本当に暗殺だったとしての話に過ぎないが。――〈敵〉のヌシが居なくなりさえすればこの戦が止み、苦しみが消えるとどんなに思い詰めたにしろ、だ。思い詰めたなら思い詰めたで『自分が間違ったことはやっていない』と胸が張れるのなら、隠れてちゃあいかん。それが自分は正しいと思っている行為であったのなら名乗り出るべきだ、『ええ、私がやりましたが、ソレが何か?』ってな。――今のところそれが無いんだから、結局は、罪を理解はしながら認めず隠れている、ありふれた『ただの殺人者』でしかない、それがサウザーの者であるか否かを問わず。そして被害者がCFCの市長だろうがイー・ルの指導者だろうがエグ・メリークの王だろうが、俺だろうが」
淡々とタオが云った。
――本人に命を賭けているつもりなど無いとしても、領と民を守るために〈核の矢〉へ真正面から立ち向かった領主――、そんな領主、「サウザーの理念」に反して愚行を働くような者など、サウザー領に居ない……居る訳が無い、そう信じたい。
先ほどより余程に真剣に、それを思い、イムファルは書類を思わず握りしめ、フーコーは唇を噛み、ルナールはスカートの布を握り締めた。
ふ……とタオが口元を緩め、口角を上げる。えっ、と幹部達は目を見開いた。
「だが、俺本人も、サウザーにそんな愚行を働く者は居ないと、感情としては信じている。――さっき云ったが、俺は、向こうが余りに主観的だから、こっちが代わりに客観的に考えてやった、というだけだ」
「……」
「だから。――そんな主観的で感情的な罵りだけで動くつもりは無い。サウザーにとっては濡れ衣でしかないんだから、捜査はしない」
幹部三人がお互いに顔を見合わせた。
「フーコー、君は改めてここ数日の出国者を調べたりなんかしなくていいし、ルナールも脱走兵が居ないかどうか確認なんかしなくていい。イムファル、君もムチとボウガンを問い詰めたりはしなくていいよ」
相変わらず微笑を浮かべたままタオが云った。そんなことをわざわざ云われたら――。
「ああ、これはフリじゃあないよ、本当に、しなくて良い。君達は、相変わらず部下や領民を信じていなさい、と云っている」
「……タオ様…?」
イムファルが戸惑いの響きがある声で名を呼ぶと、タオは今度は「ニッ」と、何となく含みのある笑みを浮かべた。
「そうだろう? ――CFCは未だ、どこまでも濡れ衣でしかないこと以外、云ってきてないんだ。正式に、公に、胸を張って、客観的な根拠を並べた上で、『市長殺害の犯人はサウザー領の者である可能性が高い』あるいは『サウザー領に逃げ込んだ可能性がある』とでも捜査協力を依頼して来ない限り、こっちが犯人捜しなんかする必要は無いじゃないか」
本当にサウザー領に暗殺犯が居たとしても。――タオの含み笑いは、それを表している。
「これが〈敵側〉じゃなく、〈同盟〉だとしても、サウザーは協力要請が無い限り自主的に捜査なんかしないよ。そんな暇じゃない。そうだろ?」
「――」
「フーコー。俺は君に『その殺人者を放っておいても良いと思うか』と訊いたが、良いのさ。俺達は、今はな」
三人はそれを聞いて唖然とした顔を見合わせ、次には「ふっ」と笑っていた。その通りだ。――ついでにアサギとリオンも顔を見合わせて「云われてみりゃ当たり前だな」「その通りですね」と頷き合った。遠く離れた別の国で何らかの犯罪が行われた時、何の要請もないまま自国内捜査を始めるような司法組織を持つ国など何処にあるというのか――。
感情的な罵りをこっそり投げていて、一体事態が進展するものか。こうしている間にも「犯人」はずっと遠くへ逃げて行くかもしれないのに。「犯人」を捕まえて裁きたいのであれば、一刻も早く客観的な捜査を行い、その上で公的に胸を張って、こちらに捜査要請なり非難声明なりを出すべきなのだ。
フーコーは改めて、「感情的」だった自分を恥じた。誰よりも早く客観的に事態を見つめ、考察したタオだからこそ、「強いカード」を手に入れている。勿論、犯罪者を敢えて見逃すつもりはないが――ただの濡れ衣でしかないことを繰り返すだけなら、こちらは右から左へ流しておけば良いだけである。その間に本当の犯罪者が何処に逃げてどうなろうと、「CFC内での犯罪」にサウザー領が関わる理由も権限も義務も無いのだ。より早く冷静になった分有利なのはこちらであり、不利なのは感情的なCFCの方だ。
つくづく、タオに意見を求めてクッションを入れる気になって良かった――フーコーは恥じ入りつつも、その判断には自賛した。




