【day2】(1)-[1]-(3)
「実際、向こうはそう思うより他無い――知らない訳だからな」
「そうですね。――まあ、こっちが嘘をついていると思いつつ、そんな些末なことで水掛け論を交わしても仕方ないから折れてやったつもりなんでしょうが。『こちらの機器に異常は無い』と最初は云い張りましたから」
「そのつもりで居て貰えばいいさ。――で、一応確認しとけば、こっちの機器にも異常は無いんだよな?」
「勿論です」
「ふん……いよいよ、あの『筋』と『化け物』の影響が強く考えられるな……。今は『何とかなった』ってことは、弱まってるのか。さて、それは何故だ? 時間帯か? 日が暮れてからの影響が相当強いのか……」
「そこまで」
独り言を呟き始めたタオの顔の前に、フーコーが大きな手の平を突き出した。ぱちぱちとタオが瞬きをする。
「後にして頂戴、タオさん。今はこの世の理屈だけで何とかなる話をしに来ているの。本当のところ化け物のせいだろうが機器の異常だろうが、CFCにとっても今の私にとっても、どうでもいいのよ」
「……そうでしたね」
タオがフーコーの手を緩く払いながら苦笑する。
「それで、どう返答するべきかしら」
改めてフーコーが訊ねると、タオは何か考える顔をした後で、
「俺にお伺いを立てる必要があるのか? それこそ外務の君が、独断で返電出来ないような内容なのか」
そう云ってタオが首を傾げる。フーコーは大げさに「あら、私が無能みたいな云い方をなさるのね」と拗ねた口調を作った。
「そういう意味じゃないけどさ」
「まあ、ある意味、私は無能だからとも云えるわね。――クッションを入れるために参りましたの。私が直に返電すると、こちらこそ感情的で下品な罵倒を投げかねなかったものだから」
ルナールとイムファルが視線を合わせて苦笑を交わした。――フーコー女史は辣腕だが、時に言葉が感情的になる。外交――〈敵国〉相手に限らず領内の職務上に於いても、議論が白熱した時などは――それはそれなりの年配同士によるものだから――若い事務職員が泣きそうになっていることもある。特にユピタ=バルム共和国の大使や大統領相手だと無意識に「里心」がついて軽く気が緩むせいか、たまにとても下品な言葉を交えて侃々諤々となることも……。
タオも苦笑して、
「君がキレかねない……まあ、そうだったな」
と云った。内容が昨日とさほど変わらないというのなら、まあそうだろう。
「本気で何を云ってるのか分からないから、『ふざけんな、バカ』って返す前に、一旦深呼吸したのよ」
「偉かったねえ、アエラ」
道化て大げさにそんなことを云い、腕を伸ばして、よしよしと頭を撫でるような仕草をするタオであった。フーコーが「ふん」と鼻を鳴らし、再び声色を冷静なものにして
「深呼吸して、事実確認が必要だと判断したんです。ですから、イムファルさんに頼んで――」
彼に視線を向けた。イムファルが頷き、書類を見ながらタオに云う。
「CFCからの〈指向通信〉だけではなく、他の通信機器の繋がりも夜明け前から何とかなってきましたので、〝無知〟と〝傍観〟に連絡を取り、確認を急いでおります」
CFCに潜入している諜報隊員の名だ。当然、暗号名である。本名だとしたら、一体どんな逆説的な希望を子に託したのか、とんでもない業を子に背負わす親も居るものだ、と考え込んで眠れなくなってしまう。
それで?と首を傾げながらタオがパンを千切る。
「俺が一番分かんなかったのは『暗殺』なんだけどな、それは何なんだ?」
「はい。――昨日は何のことか全く分からなかったのですが、市長――〝ゲオルグ・プルマン〟アスール新民党党首が死亡したということのようです」
「――」
冷静な声色を保ち、イムファルが云う。ルナールはスカートの上で両手を握り、フーコーは唇を引き締めた。アサギとリオンも顔を見合わせている。
タオは目を細めて、千切ったパンを口に入れた。
「今朝入ったCFCからの通信には、『市長殺害』という言葉が明確に入っておりました。昨日の取り乱した罵倒に入っていなかったのは、完全にその犯人がこっちだと考えて『云わなくたって被害者を知っている筈だ』というつもりでいたのかもしれません」
「成る程……」
「ですが、どちらにせよ我々にとって与り知らぬところです。そもそも、本当に殺害されたのかどうかすら証が無い訳で」
「そうだな。それは流石に、もう確認を返しただろうな?」
「はい。――『死亡したというのですか? その原因が殺害だと間違いありませんか?』と問うと、……再び感情的な声で『とぼけるな、人でなし』と罵られました」
そこでイムファルは軽く肩を竦めた。ふむ……とタオが鼻を鳴らす。
「まあ……客観的な事実確認――本当に殺害だと断定するための『捜査』をやってんのかどうかは怪しいところだが、主観的には――昨日から引き続き外交もへったくれも無い感情的な罵倒がやってきたってことは、余程惨い死に方をしていたんだな、殺されたとしか思えないんだろう」
「党首は高血圧の薬を飲んでいたそうです。それで急死した訳でも……ないんでしょうか」
「脳溢血なり心筋梗塞なりで死亡したにも関わらず、これ幸いにこっち罵って濡れ衣着せる材料にするなら、そこまで感情的にはなるまい。芝居の台詞なら、フーコーがキレて深呼吸する必要も無いだろ?」
タオがフーコーへ目を向ける。フーコーは「そうね」と返した。
「向こうが本気でこっちを犯人扱いしてるから、私もキレそうになったんですもの。そんなに芝居がうまいなら、『アスール新民党劇団』で興行して外貨稼ぐ方が、余程お国のためだったわ」
冗談のように聞こえない。本気で云っているかのような真面目な声だったので、却って可笑しくて、ソファに座っていたリオンが思わず「フッ」と吹き出した。――フーコーがチラリと振り返ったが、特に何も云わない。
タオも笑みを浮かべ「そうだな」と軽く応じた。しかし直ぐに何か考える顔になって、残りのハムを口に押し込む。もぐもぐと噛みしめて飲み込み、セロリの漬け物にフォークを刺しながら眉を寄せる。
「しかし、濡れ衣には変わり無いよなあ。――まさか、俺には何も云わないまま、そんな暴挙を指示した隊長とか居ないだろうな。そうでなけりゃ余程思い詰めた、兵士、民」
「そんな馬鹿な!」
フーコーが顔をしかめて大きな声で叫んだ。
「居る訳無いわ! タオさん、幾ら『偏り』を持つのが最も危険だって云っても、それはあんまりよ! 我が領にそんな人が居るもんですか」
「……俺は疑って云ってる訳じゃない。ここんとこの情勢を聞くに、CFCには反乱分子のような者が出てきている筈だ。その『粛正』がかなり過激に行われているのも、イムファル、そうだよな?」
「――はい」
イムファルが、気のせいでなければ悲しそうな顔をして頷いた。
「では『暗殺』と云うなら、そうした勢力も容疑者として考えるべきだろうに、その可能性を考えず、いきなりサウザーのせいにしてきたってんなら、何らかの根拠があるのではないか、そう考えるべきだろう。CFCが余りにも『偏った』『主観的な』罵りを投げてきたんだから、こっちはその逆で居るべく、考えられる可能性を述べただけだ」
小言を云われて肩を竦めていた時とは全く違い、タオはフーコーに冷たい声で云った。フーコーは「うっ」と口を噤む。
「感情としてそんな人間がうちに居る訳無いと思っているのは、俺もそうだ。だから、そんな可能性は真っ先に潰したいじゃないか」
タオはセロリをこりこりと囓った後、両側に垂らした腕の先で拳を握り締めて顔を俯かせるフーコーへ、静かな声で云った。
「我が領の民に『犯人』が居る筈が無い、客観的根拠を、君は云えるか、アエラ・ヴァン・フーコー。――云い方を変えようか。CFC市長が明らかに殺害されたのなら、殺害した者も居る筈だ。君は、その『殺人者』を、放っておいても良いと思うか」
その言葉には、「加害者がサウザー領の者であるかどうかを問わず」という意味が含まれていた。同時に――、「被害者がCFCの市長であろうがなかろうが」という意味も含んでいる。
暗殺などという暴挙に出るような者が我が領に居る訳がない――そうした感傷的な偏りだけでなく、CFCの市長が殺されて何が悪いのだ、そんなあってはならない偏りは君に生じていないか。タオは、それを問うていた。
フーコーはぎゅっと唇を噛みしめた後で顔を上げ、
「――少なくとも開戦時以降、合法的に――正式な手続きを踏んでCFCへ向かうために領を出た領民は居りません。何故なら、現在はCFCの側が、サウザー領民の入国を禁じております。それに、籍が何処であれCFC境関所以外から違法入国をしようとした者は発見次第処刑すると、CFC行政府が周辺国へ警告しているのです。故に、現在はサウザー領も、特に西側に関しては一般人の出国を禁じています」
掠れた声でそう云った。後を追ってルナールもタオへ云う。
「『脱走兵』――正式な手続きを踏まずに〈軍〉を抜けた、行方知れずとなった兵も居りません、タオ師」
「……。それだけで客観的な根拠と云うには余りにも脆弱ですが、正式な手続き無しに――違法な手段を経て危険を冒して〈敵国〉に入り、暗殺という手段を用いることが、現状に於いて有効だと思うような『愚か者』は、我が領に居ないと、私は――それを信じたいです」
眉を寄せてフーコーがタオに云うと、領主はそれを聞いて、「俺もだよ」と大きく頷いた。力強く、頼もしい声だったので、フーコーは少したじろいで、ルナールと目を合わせた。
タオはそんな彼女らから視線をイムファルに移す。――俺が何を云いたいか分かるか、と云いたそうな顔をしていたので、イムファルはごくっと息を飲み、「分かっています」という意味で頷いた。
「――私が〝無知〟と〝傍観〟にそれを命じてなどおりません。しかし、命じていない証拠は、提示出来ません」
「外務部長」が、「正式な手続きを踏んでCFCへ向かうために領を出た民は居ない」と云った。〈軍〉の魔術士部隊副隊長は「脱走兵は居ない」と云った。
しかし、正式な外交手続きを踏まずにCFCに入っているサウザー領民は少なくとも二名、確実に居る。また、〝逆説的な希望を託された名〟を持つ者は「隊」「班」の「長」なのである。よって、その二名の下には「無知隊員」「傍観班員」とでも呼ばれる者が、一~二名程度の少数ではあるが、ついている筈だ。タオはイムファルに視線だけでそれを確認した。そしてイムファルもそれを受け取り、答えた。




