【day2】(1)-[1]-(2)
外務部長アエラ・ヴァン・フーコーはタオやサンハルより三つ年下で学舎が同じ――「良く知った後輩」でもあるのだ。サウザー領の南部地方に位置するユピタ=バルム共和国で大統領を何名か輩出した家の出身である――ただし、ルナールと違い、そちらから出向してきている訳では無い。
フーコーは自国内の義務教育を受けた後、サウザー城下の〈教育施設〉に入学し、そのまま進路として城内勤務を選んだ、最初からサウザー本部の職員・魔術士である人物だ。そういう家柄とは云え〝共和国〟であるから、サンハルやルナールのように自国から「政を『継ぐ』ために戻って来い」と強制されるような立場には無い――それにしても、全体では最終的に「サウザー」一人へ権力が集中する「帝国」のような領に「共和国」が内包されているのだから、歪でありいい加減であり曖昧な「国家」だ。少なくともCFC等の「国家主義国家」が難癖つけたがっても仕方が無い「領土」ではある――。
「外務の私に一言も無いまま、全体会議を招集するなんてどういう了見ですの。『領内会議なんだから内務だ』なんて詭弁は通用致しませんことよ、せめて広報の後に呼び出しがあるかと思いきや、こうして伺うまで貴方から私には一言も無いし!」
そこまで本音で感情的になっている訳では無い。アピールとして、フーコーは執務机を「ぱんっ」と軽やかな音を立てて叩いた。
「そりゃあ、まあ、昨日は色々あったからさ。そんなこと云うんだったら、昨日のうちに君も執務室に来れば良かったじゃないか……」
苦手――というほどではないが、フーコーが〈風〉のマスターである分、余り強く出られない感覚がタオにも少しはある。もごもごと小さな声で云い返すと、フーコーは鼻の頭に皺を寄せてまた顔を突き出した。
「色々あるだろうから、そっちから呼び出しがあるのを待ってたんでしょ。ユイちゃんに領主代理を任じたなんて話も、私にしなくていい筈がないでしょうが」
傍らでルナールが、少々居心地悪そうに肩を揺らした。サンハルからそれを云われて、自分は慌てて執務室に真意を問うべくやってきたが、フットワークが軽いフーコーだって、「色々ある」領主に気を遣い、昨日は執務室への訪問を我慢していたのだ――しかし……フーコーはルナールよりも八つほど年上で普段から姉妹のような付き合いなのは事実だが、一応「領主と職務上の話」をしに来たんだから、魔術士副隊長・もうすぐ領主代理を捕まえて領主の前で「ユイちゃん」は無いだろう――。
「先輩は昔からそうよ。〈地〉のマスターの割りにイマイチどっしりしてなくて、好奇心の赴くままで、色々と『手続き』は後回しにグイグイと前に進んで行くんだから。それが頼もしい場合もありますけどね、一言は云っておいてくれても良いんじゃありませんこと? 何かするんなら『するよ』とだけは云って頂戴、『何を』『何時』『どうして』まで先に云わなくたっていいから。子供が家を飛び出す時だって、『何処に』は忘れても『行って来ます』とは云うよう躾けられるでしょ」
「女史、もうその辺で……」
イムファルが「まあまあ」と、二人の間に腕を伸ばした。小言を云われたタオは大げさに身を竦ませている。
――何故か、ソファに座ってその様子を見ていたリオンも、居心地悪そうに尻をもぞもぞ動かした。地元の親方のお内儀に、フーコーと似たようなタイプの人が居るのだ。決して悪い人では無いのだが、お節介に近く世話焼きで小言が多い……。同じ〈風〉のリオンが居心地悪そうなのだから、タオは余程だろう。そうでなければ、〈風〉〈土〉の相性はもう関係無いのかもしれない。
むうと口を尖らせたフーコーはやっと背を伸ばして立つ。イムファルが苦笑を浮かべ、胸に抱えていた書類をフーコーに向かって「これこれ」と云うふうに小さく揺らした。――「本題」があるのだ。
それを思い出して、フーコー女史も少々バツの悪そうな顔をした後、
「私、ちょっとショックだったのよ、タオさん。ユイちゃんとサンハルさんから、ちゃんと聞きはしたわよ。でも、やっぱりさ、ユイちゃんと同じで――、〈風〉はサヴァナに頼むって、分かるわよ、頭ではね、でもさっ……、あたしだって、〈マスター〉なんだからさ。それに、そこが頭では分かっても、職務――会議のことまで、直接云ってくれないんだもの、何か、忘れられてたみたいでさ」
拗ねた口調でまくし立てた。タオも姿勢を戻して椅子にゆったりと座り、苦笑を浮かべる。
「――悪かったよ。昨日は本当に色々バタバタしたからさ。会議の招集も、君の云う通り思いつきみたいなもんだ、話し合いっていうか、さっき云ったけど、一先ず昨日のことと今後の方針を俺から云っておくってくらいのつもりだったんだよ。まあ……しかし、確かに、君に一言も無いままだったのは済まなかった」
ぺこりと素直に頭を下げたタオに、「こちらこそ分かりましたよ、もう良いです」と口を尖らせたフーコーであった。――ふて腐れてた顔をタオから背けている。肩越しにその表情がちらりと見えて、リオンが「ああ、やっぱり親方のお内儀さんと似た感じだよなあ」と胸の内で笑った。お節介で小言が多いが決して悪い人ではなく可愛いところがある、だから憎めない。
フーコーは一度、自分のほっぺたをパチリと叩いて表情を引き締めた。苦笑しつつ「やれやれ」というふうに息を吐きながらイムファルが手元の書類をザッと目で追った。
本題に入るかな、とタオはイムファルの方へ顔を向ける。書類を持っているのが彼だから、恐らく何か云うメインは彼の方だろうと思い。――が、情報部長の顔を見てタオは「うん?」と首を傾げ、目を細めた。
「イムファル、君の方は随分寝不足みたいだな、大丈夫か?」
目が赤い。タオがそう云うと、イムファルは「恐れ入ります」とほっぺたを擦った。
「でもご心配には及びません、大丈夫です。夜半に仮眠は取っております、徹夜というのではありませんから。午で部長補のマッシオと交代しますので、少し休ませて頂きます」
「そうか、無理はするなよ」
タオが「うん」と頷く。そこでイムファルは唇をキュッと引き締め、フーコーに目配せをした。フーコーも、その視線を受けて表情を険しいものに変えこくっと頷きを見せる。
二人の間に緊張感が見えるので――フォークを取ろうとしていたタオは躊躇っていた。
「俺、食ってても構わんか?」
イムファルとフーコーが「あっ、そうだった」と執務机の上を見てから視線を交わす。領主は朝食中だった。
イムファルが
「えぇ……、私どもは構わないのですが……、どうしましょうか、お食事が終わるまで待たせて頂きましょうか」
タオに小首を傾げて見せた後、フーコーに顔を向けた。フーコーも「そうねえ」と首を捻り、
「今お聞かせするような話じゃなかったかも……」
とタオに云う。それを聞いて苦笑しつつフォークを取った。
「お食事中の方には失礼ってか。何だ、シモの話か?」
「そんな馬鹿な。――殺伐とした話です。食欲が無くなるかもしれません」
フーコーが肩を竦める。タオは「ふむ」と納得した後で、囓りかけのハムにフォークを刺した。
「このご時世に話だけで食欲無くすような繊細な神経してられるか。何なんだ」
そう云って、これ見よがしにタオはハムを囓った。フーコーが軽く笑った後で表情を引き締め、
「CFCからの訳分かんない通信のことは、お聞き及びなんでしょ?」
そう云った。タオは目を細め、「知ってる」と頷いた。フーコーがちらりとイムファルに目を向けた。つられてタオもイムファルに顔を向け、
「進展……というのは変だな、何かあったか?」
「再び来ました。昨日よりはまともな言語ではありましたが、内容はさほど変わりありません。――で、現在は……返電が可能のようです」
ソファに座っていたアサギとリオンもハッと顔を見合わせる。
「でも、昨日と違って今日は領主が居ますもの、一応、どういう返答をすべきか、伺いに参りましたの」
それで外務のフーコーとイムファルが一緒なのか、とタオは納得した頷きを見せた後、
「返電が可能……というのは、どういう意味で? 昨日不可能だった原因は分かったのか?」
「は?」
随分と……子供のように目をキラキラさせて領主が問うてきたので、イムファルが首を傾げた。「そっちが先ですか?」と云いたげだ。
ルナールが笑みを浮かべてイムファルに云う。
「――今のタオ師には其処のところが一番気になるんですよ、イムファルさん。御本人は今すぐにでも『裂け目』と『化け物』の研究に入りたくてうずうずしてらっしゃるの、もしかしたらそれと関係があるのかもしれないと……。領主としての職務に集中して頂くためにも、先にそれを仰ってた方がいいと思いますわ」
するとイムファルも「左様にございますか」と苦笑した。タオが何だかふて腐れた顔をして、
「からかわれたか、皮肉を云われたか、そんな感じがする」
「あら、そう聞こえたなら済みませんでした」
ルナールが大げさに慌てた声を出して頭を下げた。タオも肩を竦めて「そりゃまあ、君は云いたくもなるんだろうし」と同じく苦笑した。
イムファルは「それでは先にそちらを申し上げておきます」と真面目な声で云う。
「実際、それも重要な情報だとは思われますので――。先に結論を申し上げますと、昨日返電が不可能だったのは、CFCが遮断してのことでは無かったようです」
「――」
するとタオがぴくりと眉を上げ、「そうなのか…」と何かを飲み込むように大きく顎を引きつつ云った。
「はい。通信が入ったのはこちらの本日早朝――一般市民であれば通信を行うには『非常識』と思われそうな時間帯でございますが、向こうは夜通しこちらに返答を要求していたらしいのです。繋がったときに、先ずいきなり『どういうつもりだ、隠蔽工作か口裏合わせでもしていたのか』と怒鳴られました」
「……それで?」
「こちらとしても、それは不本意極まりない言葉ですから、キッパリ申し上げましたよ。こちらこそ幾ら応答を要求しても繋がらなかったのだ、一方的に云いたいことを云って遮断していたのはそちらではなかったのか、と。――その辺りは水掛け論になるのが直ぐに分かったのでしょうね、取りあえずお互いに『機器の異常』と納得し合うことにしました」
肩を竦めてイムファルは云い、タオは「ふむ」と鼻を鳴らした――目の光は一層きらきらしている。




