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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day2】学習の日(1)午前:討論、講義、説諭
30/97

【day2】(1)-[1]-(1)



 朝の寝覚めはさほど悪くなかった。長椅子で転た寝したわりに、体の何処も痛くないし気分も悪くない。

 ただし、時刻としては少し寝坊をしたらしい。普段ならば、寝室で目を覚まし、洗顔をして朝食と着替えを済ませ、その後執務室へ移ってから聞こえる筈の鐘の音が――

「うぅん……」

 のっそりと起き上がってソファに改めて腰掛け、背伸びをしたときに聞こえてきた。

 前のめりに、膝へ肘をつき、耳を澄ます。――()()()時報としての鐘の音だ。それ以外、聞こえてこない。

 念のため執務机にも近寄って、右端に置いてある「黒表紙の手帳」を開く。()()()()()

 ふう…と息を吐き、タオが、顔を洗いに行こうと執務室のドアを開けると――普段なら総務部所属の領主秘書三名のうち誰かが書斎兼寝室へ持って来てくれる筈の朝食、そのワゴンの持ち手を握ったルナールが居た。急にドアが開いたからか、驚いた顔をしている。

「おはようございます」

 ぺこりと頭を下げてルナールが云い、タオは少々寝癖のついた髪を撫でながら

「おはよう、――皆の衆」

 と云った。ルナールの横には外務部長のフーコーと情報部長のイムファル、その後ろに総務部の職員が一人と、アサギ、リオンが居た。

 取りあえず身を引いてタオは、まず彼らを執務室の中に招き入れる。

「ええと、今日は〝サト〟秘書(くん)が朝食を持って来てくれる日だと思うが、この状況はアレか、何か臨時か?」

 ルナールがワゴンを執務机に近づけ、イムファルとフーコーは配膳を手伝うべく机の上の書類を簡単に纏め始めた。タオが彼らの誰にともなく問うと、イムファルが「はい」と頷いた。

「サンハル隊長よりタオ様が執務室でお休みだと伺いましたので。お疲れのところ申し訳ありませんが――」

 他の者も何か話したそうな顔をしてタオの顔を見ている。

「いや、それなら寝坊してこっちも悪かった。ちょっくら顔を洗って目を覚ましてくるから、待っててくれるか」

 苦笑してそう云ったタオに、皆「はい」と頷いた。


 執務室に戻り、タオは机についた。既に朝食の配膳が終わっているから、一先ずそうして当たり前だ。

 このメンツだと、職務上の話が先になる――チラリとタオが、ドアの近くに突っ立っているアサギとリオンに目を向けると、ルナールが領主に先んじて二人へ、

「アサギ君とリオン君は、どうぞ、掛けてて」

 とソファを勧めた。若人二人は戸惑って顔を見合わせたが、タオと総務部の職員も「どうぞ」と頷いたので、それでは、と並んで腰掛けて待つことにする。

 タオは食卓となった机の上に視線を巡らし、

「俺は食いながらでも構わんのかな」

 と云うと、総務部職員が、「ええ」と代表して答えて手を差し出した。

「普段なら――本来なら今日はサトがやっている筈のことです、まず私から本日のご予定を申し上げますから、どうぞ、召し上がりながらで」

「じゃ、そうさせてもらう」

 タオは遠慮無く、まずミルクを一口ぐびりと飲み込んだ。

「まず、今日の大きな行事と致しまして何より領内全体会議でございますが、開始は午後、一応、二時と予定しております。急でしたから、遠方からの出席者に合わせ、昼食を召し上がって頂いた後に、という段取りに致しました。よって、状況によりましては多少、前後はするかと」

「ああ――そりゃ済まなかったな」

「いえ、タオ様が遠隔参加も可能と仰ったにも関わらず、直接参加を切望される方が多かったのです。それに、避難民の間にも傍聴希望者が多く、午前中ですと帰宅を予定していた者達も残りそうな雰囲気でございまして……城内の混乱を避けるためという理由もございます」

 職員は苦笑混じりにそう云った。タオは肩を竦め、フォークを取ってピクルスをつつく。

「よって、議場は本会議場でございます。現在、遠隔参加用の機材や傍聴席の準備中です。――で、議題と進行についてですが……、議長はどなたが。草稿の用意も承っておりませんけれども」

「ああ――。まず『スピーチ』原稿は必要無い。参加する方だって何の会議するんだか知らないんだから、そんな段取りしてないだろうし」

 こりこりとニンジンの漬け物を囓り、タオがフォークを持ったのと別の手を振った。

「ええ、まあ……タオ様は殆どそうですけども……」

会議(はなしあい)っていうか、昨日の報告と今後のことについて、まずは俺の所信表明みたいなことやろうと思って招集したんでな。議題とか議長ってのも、まあ、()()()()()要らん。万が一無茶苦茶揉めるようなことになった時に備えて、『静粛に』って云うのが一人居た方がいいってくらいだ。参加する首長が揃い出したら、誰か議長やりたい奴って訊けばそれでいいよ。書記だけは数人、確実に控えておくように」

「……。はあ……」

 職員は曖昧に頷きつつも戸惑いの表情をイムファルとルナールに向けた。二人とも肩を竦め、一番近くに居たイムファルが

「取りあえず準備は定例議会と同様にやっとけば良いんじゃないか」

と耳打ちした。そうします、と職員はイムファルに囁いてから領主へ

「では本日のタオ様のご予定は会議のみとなりますが、宜しいでしょうか。タオ様の方より何か伝達や指令等は……」

と確認した。パンを千切って口元に持っていったタオが目をぱちくりとさせ、

「それだけ? おいおい、そんなこと無いだろう」

「総務部が時刻を把握、調整して申し上げるべき予定、という意味でございます」

 苦笑しつつ職員は手にしていた紙を一枚捲った。ふん?とタオはパンを口に放り込んでから耳を傾ける。

「開戦時より定例となっておりました参謀長と情報部長の報告については、この通り、今の段階でイムファル部長が同行されてますし、テリーイン参謀長も昨晩より現在までで特に――こちらまで伺って申し上げるべき事柄は無いそうで。午後、全体会議が終了した後に、サンハル隊長が〈軍〉で幹部会議を持ちたいと申し出られてますが、それは時刻が読めませんので随時で良いとのこと、明日以降となるなら総務(こちら)で調整して欲しいと」

「ああ……」

 ――テリーインが今朝やってこないのは、動きが無いからという理由だけで無く、昨夜の()()のためもあるのだろう……タオとルナールはそれを想像した。

「また、昨日――〈核の矢〉の準備情報が出ました時より、ポーラ市国大使、オル=リス・ギルド代表等々、各国各団体より()()の申請が相次いでおりましたが、タオ様ご自身が無事に御帰城され会議の招集をなされましたので、それがあるのならばと昨夜から今朝にかけて一旦キャンセルの連絡が入っております。――会議が無ければ、朝食の直後からご面会の予定がひっきりなしになっていたでしょう」

 苦笑を浮かべたまま職員は小首を傾げ、タオは「はは、そういうことか」と軽く笑った。それから焼いたハムを囓る。

「会議の内容に依っては、また個別の会談を申し込まれる方が出てくるかもしれませんが――そちらはまた、サンハル隊長にも優先度をお伺いしまして、明日以降の予定として調整の後、お伝え致します」

「そうか。――有難う、君達も大変だが宜しく頼むよ」

 一旦フォークを置いてテーブルに手をつき、タオが改めて頭を下げる。職員は慌てた顔をして「いえいえ、そんな」と手を振り「恐れ入ります」と頭を垂れた。それから情報部長(イムファル)と外務部長にも会釈を見せ、ドアの前で再度ぺこりと頭を下げて「それでは」と執務室を出て行った。

 タオは再びフォークを取る前に、「さて、君達はどっちから」と云うふうにイムファルとフーコーの二人へ目を向けたが、……フーコーがタオの正面に回り込み、トン、と軽く音をさせて執務机に両手をついた。

「本題に入る前に、その会議について、私からちょっと文句を云わせて頂きますわよ、タオ()()

 机に手をついたままグッと顔を突き出して領主の顔を覗き込む。――領主(タオ)は反射的に身を引いて、執務椅子の背もたれに背中を押しつけた。

 タオの向かって左側、スカートの前に手を重ねて真っ直ぐに立っているルナールと、右側に立って書類を抱えたイムファルが苦笑している。

 外務部長のフーコーはルナールと同じくらいの長身だが、他の見た目は殆ど「正反対」と云って良いだろう、〈風〉のマスターでもある女性だ。

 白く透き通るような肌に真っ黒で真っ直ぐな長髪のルナールに対し、張りと艶のあるチョコレート色の肌と茶色く短い曲毛(くせげ)のフーコー。

 スレンダーな長身をゆったりとしたロングのワンピースに包んでいるルナールに対し、よく体を鍛えて筋肉を付けたフーコーは肩幅が広くがっしりとして――しかし女性としての輪郭はまるで「お手本」のよう、大きな胸と細い腰と丸い尻をした砂時計のような体を、ちゃんと職人に(フルオーダー)注文して誂えた(メイドの)パンツスーツに包んでいる。

 〈風〉のマスターであり外務部長――見た目からしてもそれを表しているかのような「フットワーク」と「バイタリティ」が持ち味である。

「……おい、目の毒だ、そう乗り出すんじゃないよ、フーコー」

 スーツの下には白の開襟シャツを合わせていたから、大きな乳房の谷間がタオの目の前にやってくる。大げさに顔をのけぞらせて手を振るタオに、フーコーは「あら、私のような小母さんには随分な褒め言葉、嬉しいこと」と嘯いた。

 ルナールがぱちぱちと瞬きをし、イムファルも「やれやれ」と苦笑混じりに首を振った。()()からそんなことを云われたら「叱られた」と思って姿勢を変えても良い筈なのに、フーコーは一層、しかめっ面をタオの前に突き出した――それは恐らくサンハルと同様、タオに対して「師」や「あるじ」だと思う感覚が、若手と比べて薄いだろうことにも起因している。


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