【day1】-[6]-(4)
しばらくその様を眺めていたサンハルだったが、大きく「はあ」と溜息をつくと、向かいに立てかけてあった領主の装置を手にとって、彼の背後に近寄り、頭を軽く小突いた。
タオが立ち止まって振り返り、
「痛いな。他人の装置に断り無く触ったばかりか、それで持ち主を小突くなんて、乱暴すぎるぞ」
「そうでもしないと止まらんだろう。落ち着け、檻の中の猛獣じゃあるまいし」
口を尖らせて睨んでくるタオに、再び大げさな溜息をついて、サンハルが「ほら」と杖を渡す。
「無理してるつもりは無くても、今は、明らかにおまえ、疲れでハイになってるぞ」
「――」
そして自分でそれに気付いていない。
タオ本人は無理などしていない、自分の健康上のことはちゃんと考えているなどと云ったが、傍からはそう見えていない。今のタオは、リオンのような若人と同様に、己の「均衡」が解っていない状態だ――。
「さっき、リオンの〈風〉を少し燃してやったんだが、君にもやってやろうか?」
今のタオを詩的に表現するなら、好奇心の翼が大地を蹴って離れ、空を舞っている――というところだろうか。
魔術士としての目で見れば、先ほどのリオンと、同じではないが良く似ている。〈風〉に煽られて「魂」の火が燃え上がっている――これは魔術士でない者が見ても理解出来そうなほど露骨だ――。リオンと違って「生命」の火がそこまで小さくなっている訳ではないのだが、それを内包している「肉体」の方が風化に晒されている……そんな状態である。
云われてやっと、己の「均衡」の悪さに気付いたのか、タオはバツが悪そうに頭を掻き、「その必要は無い」と首を振った。
「テリーインとルナールに代理を命じたことで、少し荷を下ろした気分になってるんだろうが、まだ明日の会議が残ってるんだぞ。それが終わるまではまだ、君がただ一人の領主として振る舞わねばならんのだ。寝室に戻れとはもう云わんが、せめて其処で横になれ」
サンハルがソファを指さして云うと、タオは「……そうだな」と頷いた。
「――じゃあ、サンハル、もう一つだけ教えてくれ。そういえば単純なことを聞きそびれていた」
「……。何だ」
「城の前に出た『筋』、あれから現れた『化け物』は、どの方向へ移動したんだ? 『あれ』からは『化け物』だけが出てきて、火の玉や土塊のような『要素』が引き連れていく形ではなかったのだろう?」
やれやれ…と溜息をついてからサンハルが答える。
「南東の上空だ。――だから、幸いにしてパニックの沈静が早かったと云えるだろう…。もし西――君が居る筈の方向だったら、本当に君が無事に戻ってくるまで混乱が続いていたかもしれない」
「ん? となると、市民は俺達が見た方――グロス方面の筋と化け物は見てないのか? ふむ、ではあっちは城からだと西でなく今も、北に見えてるんだろうか……。それとも、距離があるから、市民にはそこまでハッキリ『何か』が見えたって訳じゃないと、単にそういうことだろうか」
「……。それは俺には判らんな、俺が東塔に登って視認した分は、城に近い方だったから。何にせよ魔術士でない者にとって、目に見えてショッキングだったのは城に近い方だろうことに疑いの余地は無い。もしかしてグロス側の『筋』が見えた者であっても、こっちの『筋』も見た段階でもっと『うわー!』ってなっただろうしさ」
「……南東……南東ねえ。一直線に?」
「だから……。何度も云うが、目に見える分はな、『列を成して』いた。視認出来た分だけで云えば、それは魔術士でない者から聞いたとしても明らかだ。ただし、それは全くの水平方向ではなく、どちらかと云えば上空に――角度を付けて高く舞い上がった。それと、俺が感じた分も付け加えた方が良いんなら云うけども、見えなくなったくらいのところで、『ばらけた』分もある……気がする」
「ふむ……。南東……。その後ばらけた分がある……? 『要素』のようなものが無く…そんな感じ…」
「だから! 休めって云うのに」
またブツブツと考察に沈み始めた領主へ呆れた声を出し、サンハルは二回指を鳴らした――部屋の灯りが消え、彼の持参したランプが灯る。
ランプが仄かに照らしたソファを、「ほら!」とサンハルが指さす。タオがまたバツの悪そうな顔をして、しかしふて腐れた声を出しながらソファに近づく。
「……〈魔法〉を、そんなリモコンみたいな使い方するものだと思っちゃいけない、ってのは、小学生が習うことだぞ…」
「眠いのにまだ遊びたいって愚図ってる。どっちが子供だ」
また溜息をついて、サンハルもテーブルに近づきランプを取った。
「しかし、本当の子供と違って、体は若くない」
「それを偉そうに云うなよ、同級生が」
むすっとふて腐れて口を尖らせる領主へ、サンハルはしみじみと云って聞かせる。
「部下から心配されて説教されてるうちが華だって知ってるだろう。精霊が自らの意志でおまえを救おうとするほどになれば――」
「分かってるよ、分かってます」
サンハルの言葉を遮り、焦った声でタオは云って、己の装置を胸に抱えてソファに横たわった。
――精霊が直接〈マスター〉を救おうとするほどになる……というのは、つまり「死にかけ」だ。本来、ガイアに於いて最も根源的であり、全ての生命と物質と現象に対して平等に慈悲と無慈悲をもたらす「精霊」が、友であり主とみなした〈マスター〉を積極的に助けようとするのは、その魔術士が完全に居なくなりそうになっている時、「死にかけている」時なのだ。そして、本当に助けられてしまえば、それは人としての死を迎える時、と云われている――
神経・精神力をすり減らすのが仕事とも云える〈魔術士〉であるが、それは〈魔法〉、技術にのみ焦点を当てた場合だ。
神経をすり減らす技術を駆使したとしても、その後適切な回復を行い心身共に健康である日々に努めていれば、星・世界の「元素」たる精霊の友・主であるが故に特別な加護を受ける魔術士は、本来なら一般人よりも長寿であり得る。
有事にはその「回復」が危うくなるため、交代要員として質・数の確保が重要となり、――サウザーの場合――為政者であっても魔術士は〈軍〉に所属してそれなりの役に就く。となれば精神と寿命を同時にすり減らすことになり、「有事の方が普通の人間と同様の人生を生きられる」と云うことも出来る訳だが――CFC等〈敵側〉に属する魔術士の絶対数が少なくなるのは、これも理由としてあるのだろう。そちらでは魔術士は「特殊兵」「兵器」に過ぎない扱いを受けるため、むしろ「魔術士は短命」と思われているかもしれない――。
魔術士が本来なら一般人よりも長寿――というのも、健やかな日々を送るよう努めていればこそである。最期の瞬間の「精霊の助け」を、己で拒むことが出来る健全な精神を保っていればこそ。しかし、それを拒むことが出来ない状態――例えば、己の命を粗末にしようとした結果の事故や病で「死にかけ」の状態になった時、魔術士は真っ当に死ぬことが出来ない可能性があるのだ。
大抵の場合であれば、ただ単に魔術士でなくなって――精霊から見放されて、「ただの人」になって死ぬ、ということになるだろうが、余程に「精霊」との結びつきが強い、精霊からの敬愛が極端に強い魔術士だと、精霊側から「死なせてはいけない」「死なせたくない」、そんな欲求、衝動が生じる可能性がある。それは、全てに平等たるべき精霊の「暴走」と云える。――そうした、精霊側からの積極的な「救護」が行われたとき……魔術士は、同胞が埋葬をすべきと判断するような死を迎えることはない、と伝えられている。
肉体は朽ちず老いない。精神も「死にかける」前と同様に回復する。つまり、「生き返る」と云っても良い。
しかし、それ以上死なず、輪廻の輪から外れて永遠に――星が消滅するときまで精霊と寄り添うことになる……とか。
実際にそんな魔術士が過去に居たのかどうか記録は残っていないし、「己がそうだ」と云う魔術士に出会った者の記録も無い。精霊はそんな己の暴走の結果など現役の魔術士に教えはしないから、それが真実だという証は無く、「魔術士の間だけの伝説」に過ぎないとも云えるのだが……、「その覚悟が無い魔術士は、命を粗末にするような真似をしてはいけない」という戒めになっているのだ。
よって――、魔術士ではない職員や民は心の底からタオの無事を祈っていただろうが、サンハルは、実のところタオが「命を捨てるつもりで」出て行った訳ではないことを、感傷ではなく信じていた――無論、友人や部下、一人の人間としてタオを案じていたのは真であるが、そちらがタオの指摘した「何の役にも立たない感傷」の方になる――。
しかし、今、得体の知れない「筋」や「化け物」を理解したい好奇心に囚われているタオは、余りにも自分の「肉体」に頓着していない。サンハルが云い聞かせたのはそこなのだ。「おまえには永遠を受け入れる覚悟が既に出来ているのか?」ということである。
やはり、「早く寝ないとお化けが来るよ」と云われた子供のように大げさな仕草で、タオはローブを鼻まで引き上げて被せ、わざとらしくぎゅっと目を閉じた。
サンハルが苦笑する。
「『お休み』を云っていいんだな?」
「ああ、お休み」
「――お休み」
本当にちゃんと休んでくれるだろうかな、と案じながらサンハルは廊下を歩いて行ったが、――この時、タオの「好奇心の翼」は瞼に宿ってでもいたのか、一度目を閉じれば直ぐに、杖を抱えたまま領主は眠りについた。
【day1】終わりが始まった日
-over-
/2014.6.18




