【day1】-[6]-(3)
「で――、『恐ろしい化け物が空中から現れた』ために生じた市民の恐慌と、俺がその『得体の知れない熱量』を感知するまでとの間に、少々のタイムラグがあるのだよ。市民が『見た』のほうが、多分、俺より早いんだな」
「――つまり……?」
「これは確信では無いが、市民が見た――『化け物』が出た瞬間には、もしかすると、『化け物』に熱量が無かったのかもしれない」
「……」
タオは無言で思案げに目を閉じた。サンハルは気にせず続ける。
「タイムラグがあって、俺は『得体の知れない熱量』を、ごく僅かに感じた」
「僅かだと?」
そこでぱちりとタオが目を開ける。そうだ、とサンハルが頷いた。
「俺はその瞬間、暢気に『おや、何だろう?』と呟いたよ。――だが、それが一気に『膨張』した……」
「……」
「倒れそうになる前に、『目撃』とパニック発生の報が入ったから、何とか正気を保って東塔へ登り、それを確認した。いやあ、随分バラエティも豊かにグロテスクだったな」
「君が見た『グロテスク』と俺が見たそれを比べるのは時間の無駄だから、今は止めよう」
大げさに感嘆の声を上げたサンハルに、タオが苦笑しながら手を振って云う。
サンハルは、「おまえが見たのはどんなだったのかって興味もあるんだがな」と肩を竦めた。
「それで俺は、自分が感じている得体のしれない熱量を持っているのが『それ』だと知ったわけだが――、チョウが『百鬼夜行』と表現していたけども」
「最初に云ったのはリオンだけどな」
「そうなのか? まあいい、要は――俺が心から気味悪く感じるのはな。その『行列』が移動を始めて遠くに消えるまでには、『得体の知れな』かったエネルギーの『質』がまた、変化していったからだよ」
「変化?」
「得体の知れなかったものが――俺も知っているものと、混じり始めた、というのか……」
眉間に皺を寄せてサンハルが云う。――それを聞いてタオも、「何だと…」と呟いた。
サンハルはタオを責めるような目つきで見つめた。
「テリーインやルナールに、今のところは『まだ確定していない不安』を植え付けないようにと考えてのことだったんだろうが……。改めて云っておくと、俺は、あの化け物が『放っておいて良いモノかもしれない』とは、全く思ってないからな」
「――」
「チョウにも、『それからまだ何もされていないのに、敵意を持つのは危険だ』と諭したそうだな。チョウはそれを自戒していた。だが、俺にはその説教、通じないぞ」
顔をしかめているサンハルにタオが苦笑する。
「――俺は既に、サヴァナやフリュス、そして、タオ、おまえの〈術〉を『食った』ことを知っているんだから、まだ危害を加えられた訳じゃないという理屈は通じん」
「……俺はつくづく、自分の部下や領民から『疑心暗鬼』を取り除きたいだけさ」
タオが小首を傾げて云った言葉に、サンハルも「それは分かってる」と頷いた。
「あんな『化け物』を敵と思うなってのは無茶な話ではあるが、敵に回しちゃいけないものだった場合が怖いからな。今の段階で『排斥』を考えちゃならんのは、俺も同意見だ。単純に考えても、その『火の玉』とやらが〈核の矢〉を『食った』というなら、その腹の中がどうなってんのか解るまで、迂闊に手を出すべきじゃないんだから――無闇にそれを考えそうになってしまう心理は、持たない方が良い」
「うん」
「だが、おまえも云った通り……、多分、『時間は掛けられない』のかもしれない。火の玉、土塊、竜巻、そうした大きなものだけでなく、グロテスクな化け物だけを見ても……あいつらは恐らく、この世界の――ガイアの、エネルギーを食いながら移動してったんじゃないかと」
「……」
タオが腕を組み、独り言の口調で云う。
「……俺は、〈精霊〉が襲われてるような感覚を、覚えなかったんだがな……」
「それは俺もだ。だが、確実に『少しずつ』ではあるが、得体の知れないものと俺が知ってる熱量が、混じりながら去っていった。俺のその〈感〉に、少なくとも偽りは無い。――俺だって、それこそが『幻覚』であって、本当は食ってなんかいないと思いたいものなんだがね…」
「そうだな……」
「やつらは、俺達と違って相当に『燃費が良い』のかもしれないな。魔術士に分からせないほどの微かさで、ガイアの精霊を食ったのか――」
皮肉な形に唇を歪めてサンハルが独りごちる。ふうむ……と鼻を鳴らし天井を仰ぎ見て、タオは何か考える顔だ。腕を組み、左手の人差し指が軽く右の二の腕を叩いている。
サンハルはタオが何か云い出すのを――出来たら「分かった、お休み」と云い出すのを――待っている。
ふと、タオの手が止まり、サンハルに顔を向けた。
「グロスの丘に出た『行列』は、君も感知していたのか」
「ああ――距離がある分、城の近くに出たのと似たものだと、気付くのには遅れたが」
「それが何処に行ったのかも、君にはもう少し明確に分かったのか? ――俺は、グロスの丘に出たモノが何をしたのかを知っていたから、君が『アレを放っておくわけにはいかない』って考えてるのかと、最初は思ったんだが」
「……。CFCに行って、何をしたのか、って訊きたいのか?」
「やっぱりそうなのか?」
タオが腕組みを解いて、自分の膝を掴みながら身を乗り出した。
やけに目をキラキラさせて訊いてくるので、サンハルが訝しげに目を細める。
「何だ、妙に……嬉しそうだな」
「嬉しいってことは無いよ。ただ、――『火の玉』は兎も角として、『化け物』に関してはやはり、俺達が何の理解も出来ないものではないのだろうことに、……ああ、やっぱり嬉しいのか」
タオは軽く頭を掻いた。
「サンハル、俺には〈火〉を――熱を追いかけて『百鬼夜行』の行方を突き止めることは無理だったんだ。別の〝層〟の、亡霊や妖精に聞き込みをして、〈核の矢〉の軌道をそのまま辿ったらしいと推測しただけだ」
「チョウがそんなことを云っていたな――」
「そう……、だから、あの『筋』や『化け物』に、俺達は何らかの対処を出来るのかどうか、疑問であり不安だった訳だよ。――だが、〈マスター〉たる君は、CFCに行って『何かした』ことを、何の疑いも無く今、云ったじゃないか。少なくとも、――『化け物』に対して、魔術士に出来ることはある」
左手の平に右手の拳を叩きつけて、タオは表情にも歓喜を滲ませていた。――好奇心に満ちた顔が子供のようで、サンハルが微苦笑を浮かべる。
「俺の能力だけを過信されても困るがな。今、あの化け物が何処に居るか探せって云われても、ちょっと無理だぞ。俺も流石に、全世界の熱量を全て〈感〉で把握することなど出来ないし、あいつらの熱量は変化するからな……」
「その変化の仕方等を今から解明するために、俺は荷を減らしたいんだってば。まだ分かんないか」
「分かってるさ。――俺一人の手柄じゃないから先に云っておくが、『化け物』がCFCで何かしたらしいことは、諜報員からも、簡素だが情報入ってるぞ。それに、あっちから来た『取り乱した罵倒』からも匂うってのは、いくら何でも伝わってるな?」
「ああ、チョウから聞いたときに察してたよ。諜報員からってのは初耳だが――どっかにあるのか?」
テーブルの書類をばさばさと漁るタオに、サンハルが「あああ」と焦った声を出す。
「やめろよ、折角時間軸が分かるよう順番に重ねてたんだから。――本当に簡単なもんだよ、俺が云おうか?」
「何だ?」
顔を突き出してタオが云う。サンハルはもう一度微苦笑を浮かべた。
「CFC連合軍東部基地に於いて、施設全般が壊滅的被害。特に武器庫は全滅と思われる。ただし、人的被害は未だ党本部へ報告されておらず。原因は不明」
「――」
サンハルの言葉にタオは目を見開き、ソファから思わず立ち上がった。それから、テーブル越しに、サンハルの肩をぐっと掴む。
サンハルは驚いて「な、何だ」と慌てた声を出した。
「夜も更けてきたので、今は詳細をなぞるのは止しておくが、サンハル! 面白いぞ!」
「……。面白いってのは、いくら何でも不謹慎だと思うが」
「――同じようなことがサヴァナの戦場でも起きているんだ! それはまだ、君、聞いてないんだな!?」
「――何?」
どういうことだ、とサンハルが目を細めると、タオは彼の肩から手を離し腕を大きく広げ、子供が親に何かを訴えかける時と同じように拳を振りつつ語った。
最初はそんな仕草に呆れた顔をしていたサンハルだったが、彼の表情にも次第、驚きと魔術士特有の好奇心の色が滲み始めた。
リオン曰く、サヴァナに生じた「竜巻」は、交戦域からイー・ルの基地へ向かい施設や兵器に相当の被害をもたらした、しかし――
「人的被害が僅少、または未だに確認できていない、ってのが、何と興味深いことじゃないか」
「……うむ、それは……、『共通項』と云えるかもしれないな」
「ということは、『筋』と同様に、それに先んじた『要素』、火の玉・竜巻・土塊も一種類の謎なのだと、考えて良いのだろうか、いや、『一種類』と思うのは危険か、今のところは『カテゴリが同じ』なのかもしれない、と考えるに留めるべきか。無論、人的被害を殆ど出していないという事実を以て、『排除を考えなくても良い』とまで考えるのは、やはり危険だが――こうなると、エグメリークに向かったのかもしれない土塊も、何かしたのか、何をしたのか知りたいところだな――」
タオは最早ソファからも離れて、執務室の中をウロウロと歩き回り始めた。――最初は自分も、恐らくタオと同様の好奇心で色々と考えそうになっていたサンハルだったが、最後にはやはり呆れた顔をして領主の姿を目で追った。
腕を組んで俯き、うろつき回る自分の足を見下ろしながらブツブツ呟いていたかと思えば、「待てよ?」と頭を上げて立ち止まり、今度は空中に指を立ててグルグルと渦を描きつつ、またうろつく。




