【day1】-[6]-(2)
「それが理解して貰えてるなら、テリーインの言葉じゃないが、部下としても嬉しいな。――領主が一人で荷を抱えたがるのは、云い替えれば『部下を信用していない』ことに繋がるからな」
「無論、そんな訳ないよ」
タオが笑って首を振り、腕を伸ばして同級生の肩をポンと叩いた。
それから、がらっと声色も表情も変えて、サンハルの顔を覗き込み、ピッと彼を指さした。
「今度はこっちの番だ、サンハル。本当に、君が今来てくれて丁度良かった」
「何だ」
「まず先に、些末なことだが、確認はしておかんと気持ち悪いこと」
「一」を表すように、タオがサンハルに向けていた指を立てる。
「ルォーバンとミンジュリーの海上戦とやらは、一体どうなった? それについては、まだ報告書の中に――俺が読んだ分には出てきてないんだが」
それを聞いて、サンハルが思わず苦笑を浮かべる。
「それは、そこまで些事でも無いだろう」
するとタオは軽く肩を竦めた。
「まあ、正確には、些事で終わるかどうか内容次第、だな」
「……読んだ分の報告書にまだ無かったって? だったら、多分まだイムファルが出してないんだ、今読んでないってことは」
サンハルの答えに、タオが「ん?」と首を傾げてみせる。
「報告する必要はあるが、何と報告すれば良いのかが悩ましい、ってところだろうな。だから多分、もう少し情報収集と解析を進めてからってことだろう。――俺から結論を云ってしまうなら、大事にはなってない。それだけだ」
「……まあ、だったら、今のところ『些事』と思ってても良い。……そういうことか?」
語りながらサンハルが、薄い、何か含んだような笑みを見せていたので、タオはそれに首を傾げつつ聞き返した。
今度はサンハルが軽く肩を竦める。
「俺としてはこれ以上云いたくないんだがな……、俺はおまえに『とっとと寝ろ』って云いたいんだから」
「そんな煮え切らないこと云われたんじゃ、逆に安眠出来る訳が無いだろう。何だ」
「つまりだな……」
サンハルがそこで一つ、大きな溜息をついてから、先を続けた。
「ルォーバンとミンジュリーが展開を始めていた海域でも、突然、消えたんだ」
「うんっ?」
タオは目を見開き、ぐっと首を突き出す。
「何が」
「サウザーとしては、『戦況』というより、〈核〉が……特にその兵器が使用されるか否かが重要案件だった訳だから、主にそれを監視していた。知ってるだろうに、領主殿よ」
再びサンハルが肩を竦め、軽くからかうような口調を使った。そこでタオは――案の定、目をキラキラさせた。
「ほう、成る程……そうか、そういうことか、――『消えた』、だが、『何故?』『何が起きた?』、それは全く解らないから、情報部は、まだ俺に報告書を出すような段階じゃないと判断した訳だな? そうかそうか」
腕を組んで何度もこくこくと頷き、クククッと喉まで鳴らしながら独りごつタオであった。
「ふん、ならばやはり、今のところ些事と思ってて良いってことだ、俺にとっちゃ。ルォーバンとミンジュリーがぶつかって『だから何だ』。問題はそこで何が起きたのか――ああ、報告書が楽しみだな」
「……」
「さて、じゃあ、ここからが本題だ。サンハル」
ニヤニヤしていた顔を引き締め、タオが再びピッと指を立てた。
サンハルは、やれやれと軽く首を振りつつ、「何だ」と応じる。
「チョウからも聞いたんだろう。君が〈遠視〉か〈遠覚〉もしていたというなら尚良かった。――サンハル、君はあの『火の玉』をどう思う」
真面目な声でタオが聞く。
「――熱心だな。だから、俺としては、『今日はもう寝ろ』って結論を云いたいんだが」
「聞いてなかったのか、俺は『無理』してるつもりはない。テリーインとルナールの前でも云っただろう、俺は今すぐにでもあの『筋』の解明に集中したいと。――この書類見てたのだって、どこかに『あれ』と関係するようなものは無いかと考えてのことなんだぞ」
まず先に溜息をついたサンハルだったが、呆れたような声の後で真摯に云った領主へ、魔術士隊長も表情を引き締めた。一度口をへの字にして、――ゆるゆると首を振る。
その仕草がどういう意味なのか、ハッキリ伝わらない。
「――君にも『解らない』と云うことか?」
〈火〉の〈マスター〉たるサンハルであっても解らない……ということなのだろうか。
タオの質問に、今度は、曖昧な首の傾げ方をするサンハルであった。否定とも肯定とも受け取れない――その仕草にタオが訝しむ。
「どういう意味だ、それは」
「タオよ、実は俺も、チョウから話を聞いて戸惑ったんだよ」
「うん?」
「おまえは、『あの火の玉』と云ったが――、『あの』という代名詞が使えるほど、俺とおまえでは同じ情報――感覚を、共有出来ていないと思う」
「……」
タオが目を細める。サンハルは声を沈ませて、真剣な顔で、タオに語りかけた。
「恐らく『視覚』だけで云えば――その時〈回路〉を閉じていなければだけども――余程ケンの方がチョウと同様の情報を共有出来ていたのかもしれない。――俺が〈感〉じたのは、核の矢と、恐らくおまえの禁術の力が、ほぼ同時に『消えた』という現象だ。機械では、核の矢が『消えた』ことが感知された。それだけなんだ」
「……それだけ?」
「そうだ。俺は、核の矢のエネルギーとおまえの力、それを消したエネルギーは、感知していなかった。だから、『何があった』としか思えなかったんだ」
それを聞いてタオが顎髭を扱きながら「うーむ…」と唸る。同じようにサンハルも悩ましげに、腕を組んでぐるりと首を回した。
「だから――チョウから話を聞いて、俺も随分戸惑った。〈火〉の玉なのだとしたら、どうして俺が感知できなかったんだ、と。それに君らも、熱風を感じたりはしなかったんだろう? 草原が炙られた様子も無かったとか」
「ああ…。――そうなのか……サンハル、君は、何なのか判らないというより、感知していなかった……」
「本当に〈火〉の玉であったのなら――それも、そんな巨大だと云うなら尚のことだ、グロスの丘くらいの距離で、俺に分からない筈はない。だから、君達が見たものは、〈火〉ではなかったのかもしれない――俺に云えるのは、その程度かもしれん」
「……リオンは、別の〝層〟の『鬼火』とかの方がまだ近いかもしれない、と云っていたんだが、君はどう思う」
「うーん、どうだろうな……。俺は元々〝層〟を移るのがあまり得意じゃないからなあ……。ただ、そうだとしても、全く何も感じなかったってのは、違和感が残る」
「ううむ……」
少々落胆した様子が見える表情を見せて小さく俯いた後で、タオは上目遣いにサンハルへ問う。
「――クルマの中で若者達にも云ったんだが、君にも一応確認しておくか。『しかし、俺達が見たのだろうモノは、幻ではない』。それは確信してもいいだろうか? ――『俺達四人が同時に経験した、サヴァナやフリュスでも同じようなことが起きた、よってそんな筈は無い』という、消極的な判断は抜きにしてだ」
若者達にはそれを根拠に判断して良いだろうと云ったが――、サンハルに対しては「それを抜きにして」どう思うかと、タオは訊いた。
サンハルは、タオの言葉に対して力強く、こっくりと頷いた。――と、その直後に軽く手を振る仕草も見せたので、タオが「どっちだよ」と苦笑した。
サンハルが一度「すまん」と、振った手を目の前で立てる。
「いや、『火の玉』に関しては俺が見てないし感じてないから、何とも云えないって意味だ。が、その後だ。『化け物』は、幻ではない。――これも、素人の領民や職員達も見てるんだから、って消極的な判断じゃないぞ」
「『化け物』に関しちゃ、確実にこの世界に現れたということか?」
タオが目を剥いて身を乗り出す。今度こそサンハルは頷くだけで、曖昧な態度は取らなかった。
「避難民の間でパニックが起きたのは、あのグロテスクな見た目に依るところが大きいんだろうが、俺は別の意味で、――周りに職員や隊員が居なかったら、目眩を起こして倒れていたかもしれんな。そこは、君の痩せ我慢と同じだ」
ふ、とサンハルが笑うと、タオも軽く口角を上げた。が、二人ともすぐに真剣なまなざしに戻る。
「あの『群れ』には、〝熱量〟が、ある。ただ、それは、俺が今まで感じたことが無いモノだった、それで――卒倒しそうになった」
「それは、量にあてられたのか。それとも、質か」
「両方――かな。いや、質……と云えばそっちなのか」
サンハルが記憶を辿るように眉間に指を当てる。タオが声を沈ませて確認するように問う。
「〝核兵器〟に対しても、既に君は『今まで感じたことが無い』とは表現しない筈だよな…」
するとサンハルもコクッと頷いてから「あれとも違う」と首を振る。
「それに――厳密に云えば、『今は』熱量がある……ということになるのか…」
独り言のような口調でサンハルが呟くと、タオがぴくりと眉を上げた。
「今は、だって?」
「食いついた」というふうに身を乗り出すタオに、サンハルが「あんまり興奮するな」と苦笑を見せて続ける。
「俺にもちゃんとした判断は下せないから、俺が城内で体験した流れだけを云うぞ? ――まず、俺は城内、レーダーのある情報本部に居たから、『筋』が出てきた瞬間や化け物が出てくるところを目で見た訳では無い。多分、その瞬間は俺に限らず――結界や治癒、〈識〉に集中していた魔術士よりも、外を見ていた市民の方が、余程早く気付いただろう。だから、俺は『目撃者の情報を集めろ』と指示した」
「ふむ……」
そうか、とタオが頷いた。己がグロスの丘に居た時のことを思い出してみても、その通りだ。〝火の玉〟は「何も感じさせずに」唐突に目の前に現れた。そして、リオンが気付いてそちらを指さすまで、「筋」にも気付かなかった――それが生じる瞬間を見てはいないのだ。




