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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day1】終わりが始まった日
26/93

【day1】-[6]-(1)



 戦争中だとは思えない静かな夜だ。窓の外を見ると、藍色の空に星が瞬いているのがハッキリ分かる。サウバー山系の友軍に休息を指示したように、今夜はその必要が無いとテリーインかイムファルが判断したのか、「サーチライト」を使っていないらしい。

 明日の会議の準備に追われている職員達がまだ廊下を行き来したり書類を纏めていたりという気配はあるが、避難所が消灯を迎えたからか、城内の慌ただしさはかなり収まった。

 廊下の壁の照明も最低限――階段の手前や踊り場、渡り廊下の交差点になる場所等だけとなり、手持ちのランプを使う時間帯に入っている。

 よって、誰かがまだ居て活動している部屋があれば、ドアの隙間から廊下に細い光が差す。

 サンハルが廊下を歩いて行くと、領主室のドアからも細い光が漏れていた。

 そのドアを開けると、領主は応接セットのソファの一つに寝そべっていた。ローブを毛布代わりに腹に掛け、背もたれ側にある手で書類の束を握って顔の上に掲げており、もう片方の手には愛用の杖を握っている。

 ソファの座面に肘をつきつつ、のっそりと半身を起こしてタオは来訪者の顔を見ると、

「つい数時間前、君の声で『ノックして返事があるまで人の部屋に入ってはいけない』と聞いた気がするんだが、幻聴だったのかな」

 そんなことを云った。

 サンハルは「ふん」と微かに笑い、

「それを諭さなきゃいけない若造が、今周囲に居ないのでな」

 平然とそんなことを嘯く。

 図々しいなあ、と呆れた声で云った後、

「――だらしないところを見られてしまった。君でまだ良かった」

 等と呟きながらソファにまともに座り直そうとするタオへ、「いや、いい」とサンハルが手を翳しながら近づく。

「横になってて構わん」

「何でだ。何か話があるって云ってたじゃないか。今も顔に書いてる」

 今度はローブを膝掛けのようにしてちゃんと座り、向かいに腰を下ろしたサンハルへタオは首を傾げた。

「というか、もう寝室に戻って休めばいい」

「だから、君は話があるんじゃなかったのか。――そうはいかんよ、ある程度、書類(これ)に目を通しておかないと、どっちにしても気になって眠れない」

「――本当は、寝室(ベッド)というより、裏の森に飛び込んで、苔の絨毯に飛び込みたい気分だろう?」

 タオを見ないまま、取りあえず自分が持っていたランプの灯を消し、テーブルに置きながらサンハルがそう云う。

 タオは怪訝そうに目を細めた。会話になっていないな、と云いたそうな、呆れた雰囲気もあった。

 だが、サンハルは構わず、独り言のように続ける。

「我が弟子ながら、情けないな。すぐ傍に居ながら分からんかったのかね。自分の方が膝をついてしまったとか云っていたし」

 チョウのことだ。タオはサウザー領の魔術士()()の大師匠と云うべき存在である。規範・模範としての「象徴的」な師匠とも云えるだろう。実践的な〈術〉についての直接の師は、チョウにとってサンハルなのだ。

「君は一体何を云っているのだ。チョウはやるべきことをやったよ、直接の師匠とは云え、それこそ現場に居なかった君が、そんな厳しいことを云う資格なんか無いぞ」

 タオが若干、苦々しい声色を使って云うと、今度はサンハルが目を細め、眉間に皺も寄せた。

「では訊くが。タオ、君、体調は問題無いのか」

「――」

 タオは一度サンハルから目を逸らして首を傾げ、わざとらしく肩を揉んだ。

「そりゃ、疲れてはいるよ。君の目には、俺が()()()ことになってると映っているのか?」

「イマイチ伝わっては来てないから、()()()()()()訊いてるんじゃないか」

 頭を下げ、開いた膝の間に大きな溜息を吐いて、サンハルが云う。

 膝に肘をつき、まるで因縁をつけてでもいるかのように前のめりになって、大げさに顔を傾けながら領主へ詰め寄る。

「チョウからも直接、具体的な場景を聞いたが、巨大な火の玉が『核の矢を食った』って?」

「ああ、そうだが――具体的な場景……? そうか、君は遠隔で『見た』か『感知した』のか? 機械(レーダー)との合わせ技か?」

 タオが訊くと、サンハルが「ふん」と鼻を鳴らした。

「そうさ。――だから、()()()()()()()()()()()()()()。その火の玉とやらが食ったのは、()()()()()()()()()()

「――」

「君の禁術も――その〈力〉も一緒に食ったろう、違うか」

 相変わらず険しく――真摯な目と声で、サンハルが同級生でもある領主へ問う。

 ――タオは、曖昧に苦笑を浮かべただけだった。

 そんなタオに、サンハルはいよいよ顔をしかめる。

「タオ。『筋』がサヴァナとフリュスにも出たってことだけじゃなく、そっちから入った情報で俺が止めてるのが、まだあるんだがな」

「……何だと?」

 今度はタオも眉を寄せた。

「フリュスの大司祭(スオウ)は、恐らく過呼吸を起こして祭壇に突っ伏してたって云うし、流優(リュー)は助けが向かった時には鐘楼でへたり込んでて、自力では立ち上がれなかったらしいぞ」

「――おい……」

「サヴァナでは、直接の作戦に携わった年配の親方(マイスター)が一人、ほんの僅かの時間だが、心肺停止に陥ったとも云う」

「おまえっ、そんな大事なことを」

 リオンやアサギもそんなことは云っていなかった。それは恐らく、サヴァナやフリュスが若い二人に余計な心配を掛けまいと考えてのことだろう――だが、サンハルが領主(じぶん)にすら情報を入れなかった……今まで後回しにしていたのは()()だ。

 タオが思わず腰を浮かせ、サンハルに掴みかかろうとしたが、サンハルは領主の顔の前にグッと手を翳して制した。

()()()、おまえは何ともないってのか?」

「……」

「もし本当にそうなら、俺は悔しくて、妬みに囚われそうだ。おまえとそんなにも〈力〉の差が生じていたのかと」

 サンハルの方が余程に責める目をしてタオを睨みつけている。タオは、そんな彼の眼光を数秒受け止めてから、――ふっと、苦笑を漏らした。

 そして、どさりとソファに腰を落とし、背もたれに両腕を載せ、顔を天井に向けて大きく息を吐いた。

「――悔しがる必要は無いさ、バレてるんじゃあ仕方ねえ」

 やけに芝居がかった口調を使って、タオはまた大きな溜息をついた。

「……じゃあ、『食われた』自覚はあるんだな?」

 サンハルが静かにそう問うと、タオは顔を上に向けたまま下目遣いに彼の顔を見て「まあな」と肯んじた。

 今度は軽く首を振り、苦笑混じりにサンハルが云う。

「それにしたって、随分元気そうだ。それはそれで悔しいな、フリュスとサヴァナの〈マスター〉達は、人事不省に陥ったようなのに、君はぴんぴんしてる」

「俺が一番『運が良かった』ってことだろうと思うぞ、実力の問題じゃなくて」

 タオが姿勢を戻して、サンハルに苦笑を返す。

「サヴァナはご年配の方だったんだろう? 『ギーチ』さんか?」

「いや、そうは聞いていない」

「何にせよ、ご老体にはキツかったってことだろう。フリュスはその逆、スオウ君と流優はまだ若いからな。()()()()の対応に、経験の差が出たのかもしれない」

 首を左右に傾けてタオが云い、「それに」と続けた。

「フリュスに出たのが『土塊』だったのは、君も知ってるんだろう? フリュスの方で()()じゃあ、影響は大だ。――って待てよ、となると、やっぱり……、俺達の理屈が全く通じない、って訳じゃあないんだろうか?」

 ふと、何か思い出した顔をして独りごちたタオに、サンハルが苦笑する。

「自己完結で話逸らしてごまかすな」

「俺は何もごまかしちゃいないよ。だから、俺は年齢と経験が丁度良くて、()()も、良いわけじゃないが悪くはなかった――『火の玉』だったからな――、それに、場所も、草原だった」

「ふん……?」

 サンハルが目を細めると、タオがやはり苦笑いを浮かべた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()が揃ってたっていう『運』さ。――今、『苔のベッド』に飛び込まなくて大丈夫なのは、――チョウ達にそれは気付かれずに済んだが――現場で『草のベッド』には横になれたからだよ」

「ああ――」

 サンハルが頷く。そういえばチョウが、領主(タオ)()()()()()()()()()()()()()()「他の層」から化け物の移動ルートを聞き込んでいたようだ、と云っていた。――その時、回復もある程度出来たということか。

「チョウは、そこまで君の体調を不安視していた様子じゃなかったぞ。そりゃ、部下として気にはしていたが」

「だから、痩せ我慢だよ。それが通用したのは年の功」

 タオが肩を竦める。

「……領主の『荷物』を分ける気になったのも、『筋』や『化け物』に集中する時間だけでなく、健康上の理由も考えてのことだったんだな」

「そりゃあそうさ!」

 しみじみとした声でサンハルが云うと、タオはやけに驚いたような声を出して目を見開き、大げさに腕を広げた。

 サンハルの方が少し驚いて瞬きをする。するとタオが、ニッと笑った。

「俺が出陣したら心配するが、政務で体壊す分には全然心配しないってんなら、酷いじゃないか、君達」

 その言葉にサンハルも、「そりゃそうだな」と苦笑いを浮かべて首を振った。

「俺は、自分の命と()()()()()民を守るつもりで出てった訳ではないよ、結果的にそうなっても悔やまないだろうことにも偽りは無いが。そりゃあ実際、テリーインの云ったような、俺には一人で荷を抱える向きがあるってのも、傍から見ればそうなのかもしれないけどさ――年長者の見栄で痩せ我慢くらいならすることがあってもね、それで命を落とすような一線まで越えるつもりは無いよ。自分一人で抱えるのが無理な荷物を一人で抱えることは()()()だと、そのくらい理解してるさ」

 領主(タオ)の言葉にサンハルが「安心した」というふうに息を吐いた。


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