【day1】-[5]-(3)
――サンハルは既に、CFCになだれ込んでいった「化け物」の群れが、CFCで「何かした」ことを、感じ取っているか、知っているかしているのかもしれない。「放っておいて良いモノなのかもしれない」という領主の言葉にサンハルは承服しがたく、タオもサンハルの考えを感じ取り、しかし、今はテリーインやルナール、他の隊員や職員達に「余計なことは云うな」と首を振ったのだ。
サンハルを手で指して、
「つまり、サンハルには、魔術士として俺に付き合って欲しいから、相変わらず魔術士隊長のままで異動はやらない、と、そういう訳だ――最高司令官の役をテリーインに預けたと云っても、〈軍〉の元帥には残らせるし、他隊に配置された魔術士なら兎も角『魔術士隊』自体を率いるのは専ら魔術士じゃなきゃ無理だからね、サンハルだって『荷』は増えるのさ。サンハル、君の方で〈軍〉の元帥役を誰か他の隊の将校に預けたいというなら、それは提案してくれ」
タオがそう云うと、サンハルが小首を傾げて、「今のところは、取りあえずやってみよう」と云った。
「体壊しそうな頃には早めに誰かに代わって貰えるよう、他の将軍や隊長に話はしておく」
「うん。それがいい」
タオはサンハルに頷いて見せて、再びルナールとテリーインにそれぞれ目を向けた。
「しかし、戦争はこの世の理しか知らない連中とやっていて、政もそれだけでやっていける。この世の理屈だけでも代替が可能な職については、代われる者に代わって欲しい。そういうことだ。――テリーインには、ちょっと不愉快な話だったかな?」
タオがそう云うと、テリーインは「いいえ」と首を振って「解りました」と微苦笑を浮かべつつ頷いた。タオの考えは理解出来た。サウザー領の民は、正式に魔術士に「なる」ことは叶わなくても、その理念に関しては、皆心得ている。「魔術士」にはなれなかった己は直接領主の手助けになれないと思うと寂しいが、それでも荷を分けて貰えることは、喜ばしい。
――テリーインは納得出来たが、ルナールはまだ、少しばかり不満そうに眉を寄せた後でタオに云った。
「では、私がそちらを――『筋』と『化け物』の解明に携わることは出来ないのですか? 今となっては領主代理の任を避けたいから云っているのではありません――魔術士としての自負なら私にもあります、〈マスター〉の号を得た誇りがあります。隊長は上司ですけど、これに関しては譲れません、謎の解明にお役に立てず、サンハル隊長には及ばぬ実力だと思われてますなら、それが心外です」
ルナールは再び机に手をつき、熱っぽく領主へ、いや、師匠へ訴えかけた。タオは苦笑してサンハルの顔を見上げたが、サンハルは肩を竦めて無言だ。――ルナールの言葉に反論する気はないらしい。
タオが、落ち着けよ、というふうに手の平をルナールへ翳す。
「君の実力を侮っている訳では無いよ。バランスの問題さ。これでサンハルが〈風〉〈土〉あるいは〈水〉のマスターであれば、それこそテリーインや君に権限を預けず、最高司令官も領主代理も纏めてサンハルに頼んでたかもしれない」
「――では、サンハル隊長が〈火〉のマスターであればこそだと?」
「そうさ。それだけ。決して君を侮っているのじゃない、残念ながら、君は〈水〉だからね」
「……」
「サヴァナとフリュスにも出てるって云ったろ? ――〈風〉と〈水〉のマスターの助力、そのメインは、そちらに頼もうかと思っている。サウザーの隊だけでやるより、その方が情報も交換出来て良い。で、俺が〈土〉――、となれば〈火〉のマスターも居た方が良いが、どうするか」
タオがサンハルを指さす。
「『ここに居るじゃん』、それだけのことだよ、ラルナーラ。サンハルが『荷物』の重さに耐えかねるというなら、〈火〉のマスターを誰か推薦して欲しい。――うちには、他に誰か居たかな」
「俺直下の弟子と隊に何人か〈火〉の〈友〉は居るが、まだ〈マスター〉は居ないな。諜報か陸上隊に配置された者で誰か居た筈だが……。何にせよ、俺はその役を誰かに譲りたくないね、だったら元帥を誰かに代わって貰うよ」
サンハルがそう云うとタオが「ふ」と笑い、ルナールに顔を向ける。
「そういうわけで、仮にサンハルが無理と云っても、ルナール、君にその役を頼むつもりはない」
これで納得出来なければお手上げだよ、と云いたげに、タオは両手の平を彼女に見せた。――納得出来ない筈はない、魔術士としての自負があるからこそ、納得出来る理屈である。
ルナールは机から手を離し、「よく、解りました」と大きく頷いた。
「領主代理も――お引き受け致します」
「うん。宜しく頼む」
大きく頷き、タオは紅茶を飲み干すと、テリーインにコップを渡した。
これでひとまず、この会合は終わりだ。ルナールはぺこりと頭を下げて「お騒がせしました」と云い踵を返す。テリーインもワゴンを押してドアに近づく。
サンハルもテリーインの後について出て行こうとしたが、タオがふと、彼に声を掛けた。
「ああ、待てよ、サンハル」
「ん?」
サンハルが振り返り、何だ、と首を傾げた。
「そういえば。俺が帰城したときからずっと顔見てるけど、君の方からはまだ何も云ってきてないよな。何か報告とかあるんじゃないのか? 何だか、ずっと誰かの付き添いみたいにして、居るだけだ」
タオが素朴な疑問という口調でそう云った。――サンハルはそれを聞いて、何故か一瞬、ぎゅっと眉を寄せた。
――そこまで気に障るような云い方をしたつもりは無いんだが?とタオが首を傾げると、サンハルの表情は直ぐに平静に戻り、
「報告というか、尋ねたいことがあったんだが――、云う通り結果的に付き添いになって、今のところ、機会を逃している。まあ……――また後で顔を出すよ。これで君も一区切りついたろう、この書類の山にでも目を通していろ」
「ああ……そうなのか? じゃあ、まあ、俺はしばらくここに居るから、いつでもどうぞ」
山という程まだ積み上がっていないが――タオは云われた通り、机の上にあった書類のひと束を素直に掴みながら、もう片方の手を「バイバイ」と云うふうに振った。
サンハルは改めてタオに背中を向け、既にルナールとテリーインが出て行って閉じた扉を再び開けたが、その時にもまた顔をしかめていた。
サンハルが領主室を出ると、テリーインの姿は既に無いが、ルナールが居た。何だか、申し訳なさそうな顔をしている。
「別に俺を待つ必要は無いだろう。どうした」
「……ちょっと、お話が聞こえましたもので」
声も申し訳なさそうに隊長へ云い、ルナールは「すみません」と頭を下げた。
「何が」
「隊長もタオ師に何か御用がおありだったのに、それに割り込むことになってしまったのでしょう? 申し訳ありません」
「……」
サンハルは苦笑して、「戻るぞ」というふうに彼女の背中を叩いた。
「聞こえてたんだろう? だったらそんな謝るようなことじゃないってのも判るだろうに。俺は後でも良い」
「――」
「そういう細かいことを気に病むな。明日からはおまえが領主代理だぞ。まつりごとってやつは、大雑把じゃないと体壊す。――おっ? アサギ君が居たぞ」
並んで廊下を歩んでいると、その先にアサギとリオンが同じく並んで歩いているのが見えた。まだ城内は慌ただしく、右往左往している職員の中に紛れている。
実はルナールはアサギにも用があったのだが、客室に居なかったので領主室へ向かう道すがら探していたのだった。避難民に紛れて夕食を摂っていたため見つけられなかったらしいことは、サンハルから聞いて知った。
サンハルが人差し指を向けている方向に、云う通り銀色のおかっぱ頭を見つけて、ルナールは大きく手を挙げ、「アサギ君」と声を出す。
すると、アサギとリオンの二人ともが、くるりと振り返った。
ルナールとアサギがお互いに小走りになって近づく。
「こんばんは、ルナールさん。何か……?」
小首を傾げる幼い顔に、ルナールも安堵の息を吐いた。怪我は無さそうだ。疲労の色は見えるが、特段の異常は一見したところ無い。追いかけてきたリオンにも顔を向けて、まず「お帰りなさい、無事で良かった」と云った。
「フリュス村のユカリさんから連絡があったの」
「小兄様が?」
「ちょっとごめんなさいね」
ルナールはそう云うと、アサギの頬を両手で柔らかく包み、少し腰を屈めた。サンハルやチョウほどでは勿論無いが、ルナールはすらりと長身のため、小柄なアサギの顔はそうしないと正面から見えない。
ルナールの手は、指先が「とん」と軽く皮膚を叩くようにして、今度は首筋に移った。それから肩や「失礼」と云いつつ腰へ。
アサギは戸惑いの表情を浮かべていたが、ルナールが「健康診断」のようなものをしているのは解っているので、不満は云わない。
「どこか悪くしたようなところには、自分で気がついてる?」
「いいえ、特に――疲れているだけです、よく眠れば大丈夫です」
「若いって良いなあ」
傍でサンハルがそんなことを、大げさに羨ましそうに云った。
ふふ、とルナールが小さく笑って、文句こそ云わないものの戸惑いの様子があるアサギへ云う。
「云う通りね、疲れてはいるけど、それ以外は特に問題無いようだわ。良かった。――ユカリさんから、私がちょっと診てやってくれと云われていたの」
「でも、どうして小兄様がわざわざ……。僕、さっきグロスの丘でフリュスの状況を聞いたんです、その時、診て貰えとも云われなかったんですけど――そりゃ、ユカリ兄様と話した訳ではありませんが……」
「聞いたのは戦況とかって意味の状況でしょ? きっとその後で、貴方もタオ様について行ってたと知ったんでしょうね。ユカリさんは救護や被害確認のような後方支援の責任者になったそうよ、ユカリさんとしては、そういう意味で貴方の状況も把握したかったのでしょう」
ルナールがにっこりと笑ってそう云うと、アサギは何故か照れたふうに俯いた。
――その役に就いた以上、「ユカリ」が、遠方に派遣されている人員の状況も把握したいのは当然だろう、言葉ではそう云っている。が、ルナールの表情には「弟さんを心配するのは当たり前でしょう」という意味が含まれているように感じられたので、アサギは照れくさくなったのだ。
「私からも正式に返答をするけど、アサギ君も後で〈連絡〉を入れておくのが良いわ。――今はちょっと、〈繋がり〉が良くないけれど」
「はい、解りました、ありがとうございます」
〈繋がり〉が良くないというルナールの言葉に、「やっぱり何かの影響が出ているのだろうか」とアサギが軽く眉を寄せた。が、――魔術士隊長・副隊長である年長者の〈マスター〉が敢えてそれを云って来ないのだから、若手が気を揉んでもしょうがないことなのだろう……、そう察してアサギも特に問わず、ぴょこんとただ頭を下げた。




