【day1】-[5]-(1)
執務室の少し手前で、ワゴンを押すテリーインと出くわした。
「ほんとにタイミング良いな」
「機を見ることが出来ずに参謀は名乗れない、というところでしょうか」
大げさに感心口調でタオが云うので、テリーインもおどけてそんなことを云った。
そして執務室前に着くと、ある程度想像は出来ていたことだが、狼狽の表情も顕わなルナールと、口をへの字にしたサンハルがドアの前に居た。
「案の定だな。入って待ってても良かったのに」
「俺がそれをしたんじゃ、若い者に示しが付かん。俺は『ノックして返事があるまで人の部屋に入ってはいけない』と教える立場だ」
タオが苦笑して云うと、サンハルがそう返した。
「そんじゃ、部屋の主が帰ってきたことだし、皆入んなさい」
領主がドアを開けて全員入るように促す。タオは真っ直ぐに机に向かい、椅子にどっかり腰を下ろした。
当然だが、テリーインがワゴンから領主の前に配膳を始める。
「俺は食いながら喋るぞ、君らは済んでるのか」
頂きます、と宣言した後、タオは木匙を手にしてシチューを掬った。テリーインは「私は簡単に済ませてます。区切りが付いたら改めて自室で頂きます」と云った。ルナールとサンハルも「魔術士隊の夕飯は先に終わった」と答えた。
タオが「そうか」と頷いて、シチューにごろりと入っていた芋を頬張り、パンを千切る。
領主の食事も避難民への炊き出しと同じだ。シチューとパン、それだけ。その代わりシチューはそれなりに具沢山である。ここで、領主様だからと一品二品増やしたりなどしたら、タオは相当怒る。
ルナールが食事中の領主を戸惑いの表情で見つめ、一度サンハルに顔を向けた。サンハルは、
「食いながら喋るって本人が云ったんだから、遠慮しなくていい」
と肩を竦めた。
ルナールは「はあ…」と頷いた後、それでもタオに「お食事中に失礼しますが」と断ってから云った。
「タオ様、私に内政権限を――領主代理を任ずると、サンハル隊長から伺ったのですが、ご冗談でしょう」
「冗談云える情勢じゃなかろう、今は」
パンを口に放り込み、モグモグとほっぺたを動かしながら、あっさりとタオは返す。ルナールは一瞬口を噤み、
「で、でも……でしたら他に、総務部長ですとか、普段の職務が主に内政である方が居られますのに……、私は魔術士隊の副隊長で…」
「『ルナールが自分で無理だと思うなら、他に候補を挙げるように云え』って、俺、サンハルに云っといたんだが、伝わってるか? それは『総務部長を推薦する』って君が云ってると思っていいのか」
タオがピッと副隊長を指さして問う。ルナールはハッと口元に手をやり、「い、いいえ……」と小さく首を振った。そんなつもりはない、ただ単に自分に自信が無くて戸惑っているだけの状態から、「例えば」で出てきただけだ。なりゆきから「領主代理」なんて重責を他人に任せようなどと、そんなつもりは全く無い。
「サンハル、テリーインはさっきの任務を受けたから、各隊長・元帥各位にも云っとけ」
ルナールはひとまず置いておき、皿を見下ろしてとろみのある汁を縁からかき集めつつタオは云った。
「異議のある者が居るようなら、ルナールと同様、他に候補・推薦を持って来いってのもな」
水差しから冷たい紅茶をコップに注いでタオの前に置くテリーインへ、サンハルとルナールが視線を向ける。
テリーインは二人に、小首を傾げてみせた後で頷いた。
サンハルは「分かった」と頷き返し、ルナールは相変わらず困った顔でサンハルとタオの顔を交互に見ている。
「タオ師、しかし、私は……政に関しては――」
「『分からない』やら『素人』とでも云おうとしてるんなら、俺は怒鳴るぞ、ラルナーラ。ユイ・モニエ・ルナール」
「……」
上目遣いに険しい視線をルナールに投げ、タオがきっぱりと云った。
「おまえも、ルナール公国の大公様だろうが。ずぶの素人じゃないだろう。ていうか、口が裂けても政の素人だとは云っちゃいかん立場だ。戦してるから、公国のことは取りあえず摂政に任せて、サウザーの本部で、『魔術士部隊の副隊長』という責任と権限で済んでるんだ。不謹慎な甘え方してんな」
――「サウザー領」は、国家形態としては「連邦」に近いかもしれない。あるいは、「連合」とでも云うべきだろうか。
ただ、それを断言出来るだけの――憲法のような「明文化された定義」のもとに小国家が集まっている訳では無く……。
サヴァナ・ギルドが「職人気質」を軸に「個人」が集まって形成された集団であるように、しかしサヴァナと違って個人では無く小国家や少数民族等の「集団」単位が、タオよりずっと昔に現れた彼の先祖、「サウザー」という魔術士の「理念」「精神」に共感して集まり寄り添って形成された「領土」なのだ。最終的には「サウザー」、現在はタオ・サウザー領主一人に最高権力が集中するという点で、連邦と云うより帝国とも云えるのかもしれないが、当主たる「サウザー」の者が「帝王・皇帝・国王」なんて柄じゃないと嫌がるし、民衆も、敬意はあれども「サウザー当主は『王様』とか『皇帝』とかではないのだよなあ」と首を捻ることになるので、結局、何となく、「サウザー領」という「範囲」と、「領主」という「権力者」が存在することになったのである。
そうした由来を持つ「サウザー領」であるから、「サウザーの理念」に対する共感という点で、フリュス村も〈同盟〉というより、サウザー領の一部と思ってもいいのかもしれない――少なくとも当のフリュス村は「そういうことにしてもいい」と思っている――が、フリュス村は「セイント・ヴィレ・フリュス」という「一族」が軸にある。「聖家族」とでも云うべき「教会のおうち」を軸とした――民の全てが血縁という意味では無いけれども――村そのものが「家族」のような集まりであるから、サウザー領内の諸国とは少々性格が異なる。それを「領」という名前に入れてしまっては――地理的に隔たりがあるということもあり――まるで属国支配であるかのようにも見えてしまうから、フリュス村はフリュス村として独立しているというわけだ。
恐らく、CFCをはじめとする五大国等の国家主義者からすれば、こんなあやふやで曖昧な、国とも云いがたい集団形態の存在が許せない――その上、そんないい加減な成り立ちの国家が「貧しくない」どころか「豊かである」ことが納得出来ない、ということもあって、出来ればその領土を自分の物とした上で「きっちり線を引きたい」が故に、戦をしかけてきたというのもあるのかもしれない――人んちのことはつくづく放っておいて欲しいものだが、世の中そうは行かないもののようである――。
サウザー領魔術士部隊の副隊長ユイ・モニエ・ルナールは本来、サウザー領内の小国「ルナール公国」はルナール公爵家の当主、女大公である。
イムファルのようにサウザー城にて「大臣」や「官僚」と云えそうな実務に就いている者は「サウザー領直轄地・本部」の役人・職員であるが、〈軍〉については有事の際、サウザー領の内側にまた存在する自治体からも兵や隊が派遣されて再編されるという伝統、慣例がある。特に魔術士隊はその数、質、バランスが重要となるため、ルナールのような「魔術士でもある権力者・為政者」の場合、本国の政は官僚や宰相に代理を任せ、国主本人は魔術士隊員としてサウザー城で働くこともあるのだ。それは決して「特殊」なことではない――とはいえ、それが隊員や自国の民にとって「誇らしい」ことは確かだが、「有事」のことなのであるから「望ましい」ことではない――。
「おまえ、何か勘違いしてるだろう。副隊長の立場の方が『臨時』だぞ」
「……」
尊敬する師匠でもある領主からピシャリと云われて、ルナールは二の句が継げない。その通りだ。ルナールはスカートの布をもじもじと弄りながら小さく俯いてしまった。
そうした態度を見て、タオが「ふう…」と鼻から息を吐き、一度匙を置く。
「どうしても、勤め上げる自信が無いってんなら聞くから、他に推薦しろって先に云った。ただし、サンハルは他にやって貰いたいことがあるから、本人が手を挙げたって、俺が『無理』って云う。それも先に云った。推薦も出来ずに自分には出来ないっていうんなら、『自信が無い』以外の理由――自信が無い理由としての『出来ない根拠』を具体的に云え」
「――」
上司から叱られている部下、というより、やはり、師から諭されている弟子、という風情で、ルナールは言葉を返せず「あのその」と小さな声でもじもじしているばかりだ――そんなに幼い女性でもないから、本来ならそんな態度そのものも叱責の対象となり得るのだが、この状況では仕方ないと思うのだろう。隊長であるサンハルはその態度を咎めたりせず、溜息をついてタオに顔を向けた。
「どっちがスパルタなんだかな。ある日突然に最高権力預けられて、戸惑わない人間が居るか。居たらそっちの方が余程ド素人だろう」
「じゃあ訊くがな。――無事を祈られて心配されて嬉しいのは本心だし、俺だって命を賭けてたつもりはなく、自分も領も完全に守るつもりで出てったんだが――そうじゃなけりゃリオンとアサギを連れて行かないさ――、それでも、万が一の時の対応はおまえら、全く考えてなかったのか? もし着弾してたら、俺なんか今頃跡形も無いってことくらい想像ついてたろう? 『領主を信じていた』なんてのは何の価値も無い感傷でしかないぞ」
「……」
ルナールとテリーインの二人は、「ぞっとした」と云うふうに肩を震わせた後で、バツが悪そうにタオから視線を逸らした。サンハルだけが堂々と、
「俺は、『その時はその時』と思ってたね。万が一のことは万が一、その時の自分の判断力と行動力の方を信頼して、『万のうち九九九九』に集中してたよ、俺は」
と答えたので、タオは苦笑した。随分自信満々に云っているが、つまりは「そんなこと全く考えていなかった」という宣言じゃないか。
――しかしサンハルも、その「例え話」はもっともだと思ったのか、腕を組んで何か考える顔をしつつ、ルナールに目を向けた。ルナールも小首を傾げて思案げである。
タオは再び匙をとる前にパンを千切って口に放り込んだ。




