【day1】-[4]-(3)
「タオ様、それは――」
「いや、勿論、俺の指示や決断を求めても構わん。云ったろ、総大将、最終責任者は俺ってことでいいんだ、経過も報告してくれ。ただ、今の、CFCとの戦争に関しちゃ、最高司令官としての権限を君に預けるから、宜しく頼むってことだ」
「――し、しかしそれは……私よりも、それこそ……」
サンハルに顔を向けて、テリーインは「サンハル隊長の方が適任では」と云いかけたが、タオはぶるっと首を振って一蹴する。
「さて、そこだ。適任がどうとかいうことじゃあないんだ、テリーイン――勿論、君が不適な訳もないから云っているのだし。そこを説明する前に、サンハル」
タオは軽く眉を寄せて険しい表情を作り、テリーインの顔の前にピッと指を立てて見せた。それから、サンハルの顔を見て続ける。
「これもいきなりだとあんまりだから、俺が風信室でアナウンスしてる間に、ルナールへ告げておいてくれ。内政に関してはルナールに最高権限を預ける。領主代理、とでも云っていいかな」
それを聞いてサンハルは一層目を細め「おまえ、それは……」と呟く。タオは飄々と、「じゃあ、君がやるか?」などと云った。やはりサンハルは、ぎゅっと鼻の頭に皺を寄せる。
今度は、自分より頭半分程度背が高いサンハルの鼻の前辺りで、ピッと指を立ててタオは云った。
「俺もただの思いつきで云ってる訳じゃない。君がやりたいって云っても実のところ、『それは困る』って俺は云う。サンハル、君は君でやってもらいたいことがあるんだ、それは通常通り、君が魔術士隊長の任に着いている方が良い」
「――」
「詳しい話は後だ。ルナールが『絶対やりたくない』ってんなら、彼女に『他に適任と思う者を推薦しろ』って云え」
再びサンハルは「やれやれ」というふうに息を吐いた後で、
「解った」
と頷いて、テリーインに目配せすると、タオから離れて廊下を歩んでいった。その方向は、魔術士隊の詰め所だ。
タオは、「よしよし」と頷き、再び風信室へ歩き始める。テリーインが、
「私に対しても、詳しい話は後ですか」
と少々――おどけてのことなのか――拗ねた口調で云うと、タオは「そうだな」と当たり前のように云う。
「君も、自分には無理だと思うなら、他に推薦をしてくれ」
思いつきでないと云いつつ、思いつきのように唐突だが、――領主は決していい加減な考えで云っている訳では無い……。その声もあっさりしつつ真面目なものだ。
要は――領主本人に抱えるものが増えたから、誰か他の者に代わって貰えるなら――代わって貰えるコトは代わって貰いたい、と、そういうことなのだ。甘えとか責任逃れとかから出てきたことではない――我が領主に限って、そんな馬鹿な――。
自分に出来ること、自分がやるべきこと――それが「他の誰かにも出来ること」であっても「自分一人でも出来そうなこと」だったら、一人で抱えたがる向きがある領主である。先ほどサンハルが指摘したように、民を守るために自分の命を危険に晒すことにも一切の躊躇いが無い。しかも、それを自分で決して口にはしない。口にするのはむしろ誰に対しても「自分のことは自分でやれ」に近いことばかりだ、傍から見れば他人のことも自分でやりたがる割りに。
――だからこそ尊敬されて信頼される領主でもあるのだが、尊敬して信頼している部下や民衆からすれば、それを当然だとは思って欲しくないのだ。タオが己を「楯」にして領と民を守ることを、当然だとは、タオ本人以外の誰も思っていない。タオが領と民を守るなら、領と民もタオを守るつもりなのだ。
だから――戸惑いはしたけれども、タオが「己の荷物を分けてくれようとしている」ことに対して、じわじわと喜びを感じてきて、
「畏まりました。タオ様には及ばぬ器でありますが、最終決断についてはご判断を仰いでも良いとのお言葉に甘えて、その任、私が承ります。他の候補者を挙げるつもりもございません」
テリーインは力強く、そう云って敬礼を見せた。タオがにっこりと笑って、「頼むよ」と頷いた。
「それでは、詳細を伺うためにまた後ほど――、風信が終わる頃を見計らって、私がタオ様の夕食を執務室にご用意しておきます」
うん、宜しく、と云ったタオにぺこりと頭を下げて、テリーインも廊下の向こうへ去った。
一人になったタオは、迷うこと無く〈零番風信室〉へ歩を進める。
〈零番風信室〉に着くと、イムファルと技師が既に広報用の〈装置〉の準備を終えていた。技師にも「有難う」と云って、タオは〈マイク〉が乗っているテーブルに両腕を突っ張り、それに口を近づけた。
一度、後ろに居るイムファルを振り返り、
「飯時なんだよな、聞き逃す人居ないかな」
とタオが云った。イムファルは苦笑して、
「どんなにはしたない音を立てて食事していても、貴方の元気な声が聞こえたらパタッと手も口も止めますよ」
そんなことを云った。
「……聞き逃す者が居ないように、傍受の危険も顧みず〈零番〉をお選びになったんでしょう?」
少しばかり意地悪な声色でイムファルがそう付け加えたので、タオは肩を竦めた。〈零番風信室〉からの広報は、外に居ても内に居ても、〈魔力〉を持った魔術士であろうが持っていない一般市民であろうが、暗号に変換もされないまま、領土全土に「聞こえる」ように装置が設定されている。それこそ、非常時の避難指示等に使うためのものだ。
では宜しいですか、とイムファルが問うてきたので、タオは右手の人差し指と親指で「○」のポーズを作った。
「サウザー領の諸君、タオ・サウザーだ」
――〈広報〉のために閉め切られた室内であっても、少なくとも城に居る者が……職員、避難民問わず「わあ」とどよめいたのが伝わってきた。それが歓喜のどよめきであることも解るので、何だか照れくさいものだ。
私の身を案じてくれた諸君らに、まず礼を云う、有難う、私はこの通り無事だ。
今日一日、君達を脅かした〈核の矢〉は消滅した。CFCより我が領へ放たれた矢の脅威は去った。
よって、核の矢に備えた本日の避難命令は、この広報を以て解除するものとする。――が、既に日没を過ぎた故に、これから帰宅することは勧めない。灯火を持たぬのであればなお一層、今夜は現在地に待機し、帰宅は明朝以降とするよう勧めるものである。
さて、本日の脅威は去ったとは云え、もしや、〈核の矢〉よりも厄介な脅威が発生したのかもしれないことは、諸君らの中にも目撃した者は多いのだろう。
――そこでまた、どよめきが伝わってきた。
今後、CFCとの戦とはまた別の脅威に対して、準備、対策をとる必要が出てくる。
そこでまず、サウザー領直轄地城下市民諸君らに告げる。核の矢に対しての避難命令は解除したが、今しばらく、城内と軍設備に継続して避難所を設けることとする。郊外に住まう皆には、急の事態に備えて仮の住宅を城下近辺に都合する策をとろうと思うので、希望者、特にご年配の方や介添を必要とする傷病人をご家族に持つ世帯主は、自治区長か城へ直接、申し出て頂きたい。また、避難形態に関する要望や提案も歓迎する。
さて、となれば、それなりの役職についている者達に、領主として指示せねばならない。
本日の報告と今後の対策について、明日、臨時首長会議を行う。分類は「特級」だ、故に、主要国首長のみならず、郡部町長、都市自治区長、民間主要団体の長にもご出席を願う。場所はサウザー城本会議場、あるいは魔術士隊棟の大講義室だ。時刻についてはこれから調整して伝える、〈伝信〉ツールを携帯しておくように。議場へ赴かれぬ者は、ツールによる間接的出席、または代理人の出席を許可する。
――今度はどよめきというより、慌ただしい雰囲気が伝わってきた。
タオ・サウザーより、現段階では以上である。皆の衆――お休み。
広報を終えて風信室を出ると、案の定、職員が数名近寄ってきた。タオの後ろにイムファルが控えていたが、彼に用事がある者も居るようだ。
だが、誰もいきなり指示を求めてきたりはせず、まず最初に
「タオ様、お帰りなさいませ、ご無事で良かった…」
と嘆息混じりに領主の帰還を喜んだ。タオが「有難う」と笑って返す。
それに――先ほどの〈広報〉を聞いて、直ぐに「自分のやるべきこと」が判断出来ているらしいことに、タオも喜んだ。
「タオ様、特級分類の首長会議となりますと、魔術士隊棟の講義室のみでは狭うございます、本会議場と決定して構いませんか。傍聴人は受け入れずの会議であれば講義室でも大丈夫かもしれませんが」
「時刻はタオ様のご都合を第一に調整します、御休息が必要でありましょうから、少し遅らせましょうか」
「イムファル部長、遠隔会議用の装置について〈魔術〉仕様と〈電荷〉仕様の配分を打ち合わせたいので、情報部の何方かを今会議の担当者に任じて頂けますか」
「明日の会議に全首長を招集となると、交通や警備の混乱も予想されます。そちらについても、イムファル部長、情報整理と伝令の、機器と担当者を都合して頂けますか」
タオが無事に帰ってきて、そして己が領のため自分のやるべきことを出来ることに、彼らも喜び、張り切っているのだ、タオの傍らでイムファルもそれを感じとった。ただ、最終権限が無い職員達であるから、さぞかし疲労しているだろうタオへ、結局は判断を仰がねばならないことに、心苦しさも感じているかもしれない。
「傍聴は許可の方向で進めてくれ、時間的に可能であるなら中継も入れろ。時刻については参加者側の要望も聞いて調整しろ、俺の方は明日がどうとか以前に、しばらく忙しくなるとは分かってたから、明日とりわけ寝坊したいってこともないよ。決定したら、首長達に知らせるのと同様に俺にも知らせるっていう感じでいい。あと、会議の調整もそうだけど、明日の朝、帰宅する市民が居るようなら、混乱が起きないように誘導とかちゃんとやってくれ。俺はそっちには携われないからな」
「はいっ、それはもう」
張り切った様子も顕わに大きく頷いた職員は、ぺこりと頭を下げて慌ただしく去って行った。
イムファルも懐から手帳を取り出して、即席の「命令書」を作る。さらさらと文字を書き付け、「多分、機械室に居るから、トマス技師とレスリー技師に渡してくれ」と云いつつ、ページを破って渡す。
イムファルと二人、そんな職員の背中を微笑ましく見送ってから、タオは「じゃ、俺は執務室に戻る」と云った。
「テリーインがそっちでメシを準備しといてくれるっていうんでな。イムファル、君は夕飯済んでるのか?」
「いえ、これからです」
「じゃ、一緒にどうだ? 書類積んでたろ、傍で補足説明でもしてくれたら有り難いが」
「――ああ、それは、済みません。私もまだまとめるべきことが残っておりますので……」
「そうなのか。それじゃあ、そっちを宜しく頼む」
軽く手を挙げて廊下の向こうに去って行く。イムファルは、領主に見えていないのは分かっているがその背中に敬礼を捧げながら、「本当に、ご無事で良かった」と今更ながら胸を熱くした。




