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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day1】終わりが始まった日 /2014.6.18
20/26

【day1】-[4]-(2)

「今そんなこと訊いてくるってことは、まだ領民に『矢が消えた』こと自体は広報し(云っ)てないわけか?」

 タオはイムファルだけでなく、他の二人にも視線を巡らして眉を寄せた。

 イムファルはたじろいで「は、はあ……」と呟き、サンハルは堂々と「そうだ」と頷いた。テリーインは曖昧に小首を傾げている。

 領主が一層顔をしかめて、堂々と答えた魔術士隊長に顔を向ける。

「何故。〈核〉の脅威が去ったってだけでも取りあえず伝えてりゃ、少しは気が楽だろうに」

「少しくらい気を楽にしてどうなるっていうんだ。()()()()()()()()のこと広報(アナウンス)したって、それ以上に訳分かんないことが増えたじゃないか、今は」

 ――年齢と学舎、魔術士としての経歴がタオと全く同じ……、所謂「同級生」というものである魔術士隊長は、領主に対して全く悪びれる様子も見せず、「ふん」と鼻を鳴らしさえしてそう云った。

「あの化け物達については、一体どう備えをしたら良いものか全く判らないが、俺達の知識の範囲でなら、今のところの『身を守るための備え』とは『〈核〉に対しての備え』だ。それがマックスでありベスト、いや、()()()()だろ」

「……」

「だったら今んとこは、それに備えた状態になってる方が、民衆の()()()()のためには一番良い。少しくらい気は揉ませてろ。どうせ、皆もある程度の期間は避難生活になるんだろうって想像できてるんだ、むしろ、朝に避難命令出して夕方には終わりって方が、『人騒がせな』って不満が出てくるぞ」

 腕を組んで領主を見下ろし、逆に窘めるような口調でサンハルは云う。タオは一層――まるで()()()()()かのような――渋面を作り、「随分な()()()()だな、君は」と呆れた息を吐いた。

「隊員なら兎も角、一般市民にまでそんな精神修行、させる必要はあるまいが」

「あ、あの……タオ様」

 領主と魔術士隊長の間に軽く漂った不穏な空気に戸惑いつつ、イムファルがおずおずと口を挟む。

 何だね、とタオが彼に顔を向けた。

「『化け物』にどう備えるべきか判らないのはそうなんですが――現実的な問題としてですね」

「うん?」

「チョウ君に〈通信〉はしたのですが、お聞き及びでしょうか。CFCより妙なメッセージが飛んできましたのは……」

「ああ、聞いてる」

 タオが頷くのを見て、イムファルが「ほっ」と一度息を吐く。

「随分取り乱した罵倒、だと聞いたが――? チョウはただ文章を読むみたいに内容だけ伝えてきたから、『取り乱した』ってのはちょっと実感が無い」

「左様ですか――。はい、それはもう……。内容については何を云っているのか全く我々が理解出来ないものでしたから、それはさておいたとしても……あれは、憤怒、憎悪、恐慌、そういう取り乱し方であります。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです――チョウ君が文章を読むみたいだったと仰るなら、それは我々が何とか文章にしてそれを伝えたからです、元々はまだ支離滅裂でした――。内容は理解出来ずとも、最早『呪詛』と云って良い程の、感情的な罵りでした」

「……。外交辞令には全く聞こえない、って意味か」

「政治的外交には、それ相応の『辞書』というものがありますが、それを何処かに捨てて、代わりに『卑語・俗語辞典』でも拾ってきたのかと思うような」

 呆れた口調で問うてくる領主にイムファルは首肯してから続けた。

「それを考えますと――、『核の脅威』が去ったとは云えど、また、今のところサウバー山系の陸上戦線は停止していると云えど、何時『やけくそのやぶれかぶれ』に走らぬとも限らない……と思われるのです」

 そう云うと、イムファルはテリーイン参謀長に顔を向けた。タオがその視線を追いかけると、彼もこっくりと頷く。

「まさか、一国のあるじが、『おまえを殺して己も死ぬ』みたいな()()で最終決戦に臨むとは思わないのですけどね――」

「何だそりゃ。本気でそこまで感情的か」

 タオが再び呆れた口調で云い、テリーインは肩を竦めてみせた。

「そりゃあ、トップ同士、一対一の決闘で決着(ケリ)をつけようぜ、ってんなら俺は応じてもいいけど、総力戦をそんなノリでやられたんじゃ堪らんな」

「ご冗談でもそんなことを仰いますな。CFCの市長はその決闘の舞台に兵士を潜ませて貴方を捕らえ、そのまま処刑するでしょうよ」

 大げさに眉を寄せ、先ほどのサンハル同様叱責するような声色でテリーインが云うと、今度はタオが肩を竦めた。

 イムファルが逸れかけた話を戻すために、一度咳払いをした。

「ですが、そういう()()で攻め込んでくるんじゃないかと思ってしまうほどの、『外交』もへったくれもない通信内容だった訳です。つくづく、『謎の化け物』は置いとくとしても、現実問題としてその通信のことを考慮するなら――私としては、領民の側にもある程度の『緊張感』は残しておくのが良いと思うのです」

「ふん……」

 イムファルの言葉に、タオは腕を組んで唸った。テリーインもイムファルに引き続き、

「私も、『核の脅威は去ったから()()()()』という広報はしてはいけないと思います。実際、戦が終わった訳ではないのですし、『もう大丈夫』という錯覚をもたらしてはいけないと……。単に『今日の』〈核〉は取りあえず大丈夫だった、ってだけです」

「だから、『今日の』〈核〉は取りあえず大丈夫だって、そのくらい云っといてもいいじゃんか、って俺は云ったんだよ。それでもう戦争が終わったって思うほど、()()の領民は脳天気じゃなかろうが」

 再びタオはふて腐れた顔をして、子供のように口を尖らせ、それを蒸し返した。

 イムファルとテリーインが顔を見合わせる。――民衆のことを第一に考えてそれに寄り添い、きさくな領主であることは構わないのだが……、今度はイムファルも、さっきとは逆に「『威厳』というものを意識して欲しいなあ」と考えていた。

 そんなタオへ、サンハルが静かにしみじみとした声で云う。

「あのなあ、タオ。――チョウから報告を受けた段階で、今日の核の脅威は取りあえず大丈夫でした、ってアナウンスしておくことが、民衆にとって本当に気が楽になることだと思うか?」

「あ?」

 さほど説教口調でも無かったのだが、タオには「同級生」から随分と「諭す」声色を使われたように思われ、眉を寄せてサンハルを睨んだ。

「どういう意味だ。そりゃそうだろうに」

「違うね。『今日の核の脅威は取りあえず去りました』って聞いた民衆は、『それで領主(タオ)は無事なのか』って絶対に思うね」

 サンハルは腕を組み、腰を曲げて身を乗り出しながら、タオの顔を覗き込む。「おまえ馬鹿じゃないの」とでも云うように下唇を突き出しながら、大げさに呆れた口調でそう云った。――イムファルとテリーインは顔を俯かせ、「小学生の口諍いじゃないんだから…」と今度は笑いを堪えている。

 うっ、とたじろいだタオに、サンハルは苦笑を見せ、背を伸ばした。

「おまえが『出陣』したことを知ってる以上、おまえの無事を確認出来るまでは、いくら〈核〉から身を守れても民衆の『安心』にはなりゃしないんだよ。代わりにおまえが殉死したとなりゃあ、それは民衆の『悲歎』だ。領民がそこまで脳天気じゃないと云いつつ、おまえ、それは知らないんだろう、そうだよ、()()()()()()()()()()()。俺達はそっちが解ってるから、まだ云ってない。おまえが帰ってくるまでは、()()()()()()()民衆の不安(ストレス)は解消されないんだ」

「――」

「だから」

 そこでサンハルが一つ息を吐く。

「おまえが無事に帰ってきて良かった。まず何より、それだ。解ったか」

「――解った」

 大きく息を吐きながら、タオは椅子から立ち上がった。そして

「まず、君達に云っておこう。心配をかけて済まなかった、それに、有難う」

 机に手をついて三人に深々と頭を下げた。テリーインとイムファルは焦った顔をして首を振ったが、サンハルは苦笑しているだけだ。

 こういうことは、それこそ「同級生」――サンハルのように、「まるで小学生の口諍い」が出来る友人しか云えない、云ってくれないことだ。「部下」には無理だ。だから、サンハルがこの場に居なければ、自分は「知らないまま」であった可能性がある。しみじみと、タオは感謝の弁を述べた。

 顔を上げたタオに、サンハルが続ける。

「納得出来たら、話を戻して。――イムファルが訊いたろう、それを踏まえて、避難指示は解除するのか継続するのか。現段階の民衆への広報内容はどうするのか、今後のことはどうするのか」

 タオは再び椅子に腰を下ろす。前のめりになり、再び頬杖ついて目を閉じた。何か考えている顔だと部下の三人とも判断がついたので、黙って待っている。

 領主がパチリと目を開けて、立ち上がった。

 ――朝もそうだったが、何らかの決断をしてそれを宣う時の領主(タオ)であれば、威厳に充ち満ちている。

「長期的に今後どうするか、詳しくはまた後ほど、ということにする。だが、しばらく『核』という非常事態に対応するつもりであったのだから、君らも、職員達も、イレギュラーな状態に右往左往して寝不足になる覚悟はしているだろうな」

 タオの言葉に、三人は顔を見合わせた後で「それは勿論」と頷いた。

「良いだろう。では、ここで君達へ個別に指示を与えるのは時間の無駄だから、今んとこは止す」

 そう云うと、タオは机から離れてドアに近づいた。「おい、何処へ行く」とサンハルが焦った声を出した。イムファルとテリーインも慌てた顔をしている。

 くるりとタオが振り返り、ニッと笑った。

「俺が無事に帰るのがまず何よりだっていうんなら、俺自身が『()()()核の脅威にはもう怯えなくて良い』とアナウンスすればいい話だよな」

「――」

「イムファル、『(ゼロ)番風信室』を使うぞ、先に行って準備してくれ」

 拳を作ってコンッと扉を叩き、タオが云う。イムファルは、俯いて「ふう…」と溜息をついた後、領主に苦笑を見せて「畏まりました」と云った。そして、領主の前を横切ることに「失礼します」と云って執務室を出て行った。

 サンハルが「やれやれ」というふうに首を振った。

「風信室に行くまでの道のりで出来るような、俺達への指示は無いのか?」

 直ぐには答えず、タオは薄笑いを浮かべたまま扉を開いて廊下に出る。

 〈零番風信室〉に向かって脚を踏み出し、追いかけてきたサンハルとテリーインへ、タオは暢気な声色で云った。

「取りあえず、『忙しくなるから体調管理はしっかりと』ってくらいか」

 タオの隣に並んで歩きながら、サンハルが「何云ってんだ」というふうに溜息をついた。

「……そんなことは今じゃなくても、それぞれいつも考えてる。自分が体調に気をつけてても突然爆弾が落ッこちてくるような状況だから、緊張してストレス溜めてるんだろうが、皆」

「まあ、それはそうだがな。――じゃあまあ、ちょっと、役職の配置換えみたいなこともやるかもしれんから、心の準備しておけ」

 廊下を歩きながら()()()と随分なことを云う。サンハルは眉を寄せ、テリーインは戸惑いの表情を浮かべた。

「配置換えって、そんなことを突然全土に宣言するのか。零番を使うとCFCやらも、やろうと思えば傍受が可能だ」

「いやいや、そんなことアナウンスはせんよ、一般市民には今んとこどうでもいいことじゃないか。――んじゃ、心の準備しててもらおうか。テリーイン」

「はいっ?」

 苦笑して云った後、タオは立ち止まってまず参謀長へ顔を向けた。

「軍の()()()は相変わらず俺だ。――が、明日から、実質……実務としての最高司令官は、貴兄に任ずる」

「は、はっ!?」

 参謀長の声が裏返る。サンハルが目を細めてタオの横顔を見つめた。


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