【day1】-[4]-(1)
チョウは三名をおろして、先に軍用車を然るべき庫へ納めに行った。タオとアサギ、リオンの三人が城に入ると、既にイムファルと、テリーイン、そして魔術士隊長のサンハルが待ち構えていた。
――サンハルの背丈はチョウより少し低い。だが、同じくらい筋肉質ではある、そして〈火〉のマスターである。
サンハル本人に偉そうな態度が見えるわけではないが、〈風〉のリオンは彼に突然遭遇すると、いつも鼓動が跳ねる。光沢ある赤みの強い金髪と立派に蓄えた顎髭が目に入ると、「うわっ」というより「熱っ」という悲鳴を上げそうになってしまう。戦時下の現在は特に……、〈軍〉元帥の一人でもあるサンハルは、魔術士が好むゆったりとした長衣でなく、詰め襟の軍服を身につけているので威圧感が増している。
アサギの方は〈水〉の友である分、リオンほどの緊張は無いのだろうが、そもそもの性格がある。若者二人は年長者である幹部三人に対して、ほぼ反射的に、ぺこっと大きく頭を下げた。
とはいえ、大人達本人が「偉そう」にしているのではない証拠に、三人の幹部は領主へ「お帰りなさいませ」とまず云った後、若者二人にも、「怪我は無いかね、お疲れ様」とねぎらいの言葉を投げた。
他の職員の目に映らぬうちにということなのか――別にやましいことがある訳ではないが、今は城内に一般市民も避難している、目に映ってはまた領主へ向かって「おかえりなさい」の雑踏が生じる可能性がある――、彼らの姿を隠すように周りを固め、「こちらへ」と道を選びながら領主室へ連れて行った。
領主室に入り、タオがやっとローブを脱いで、応接用ソファの片方に掛けた。執務用の椅子にどっかり腰を下ろすと、脇に杖を立て掛けタイを緩めながら、アサギとリオンにも「掛けていいよ」と、ローブを掛けたのと反対側のソファをすすめた。
サンハル魔術士隊長、テリーイン参謀長、イムファル情報部長はタオの机の周りに立つ。……意図してのことかどうかは分からないが、丁度背の順になっていた、タオは机に両手で頬杖をつくと、三人の顔を見上げながら軽く笑いつつ
「俺は後で良いが、そっちの若者の夕飯を手配しといてやってくれないか」
そう云った。するとサンハルがまずタオへ、
「避難民への炊き出し準備がそろそろ終わる頃なんだ。そちらと一緒でも構わなければ――」
と告げた後、ソファの若者二人を振り返り、
「大広間と正面ロビィで配給が始まるが、どうする、少し休んでからの方がいいか? それとも、君達はもうそちらに向かって食事にするか?」
そう云うと、リオンだけでなく今度はアサギの腹からも「くるるっ」と音が聞こえた。湯気が上がりそうなほど、アサギの頬が赤く染まる。
タオだけでなく三人の幹部も微笑み、
「掛けるよう勧めたばかりだが、いいよ、行きなさい」
とタオが手を振った。
失礼します、とリオンとアサギの二人が頭を下げ、領主室を出て行く。
ドアが閉まるのを見て、
「さて、誰からだ?」
タオが改めて、部下三人を見上げた。別に人払いが必要だから若者二人を出した訳では無いけれども、二人にとっては用の無い退屈な話になるだろうことも判っている。
机と応接セットのテーブルには、ある程度の量の書類が積まれているが「これを読んで指示をくれ」とは三人の内誰も云わないから、先に直接口頭で行うべきことが、当然あるのだろう――。
三人の幹部は互いに譲り合うような視線を交わしたが、その中では「一番偉い」ということになるサンハルが、テリーインに対して手の平を差し出した。君から、という意味の仕草だ。
テリーインが「では」と頷いて領主へ口を開く。
「チョウ君より伝わっているかと思いますが。サウバーの隊は、現在も壕で待機としています」
「うん、聞いた。その理由は」
「CFCの陸上戦隊が、完全に停止してしまっているからです。サウバー山系麓、旧トートン村境となるライヴ川西岸にて隊列が揃い始めていたのを確認しているのですが、その後全く動く気配がありません、まるで、自分たちが何をしているのか解らなくなったんじゃないかと思うほどピタリと」
「トートン……。――ウェシュタイン共和国が降伏した後、駐屯地が置かれたんだったな…」
独り言のような口調でタオが云い、テリーインが軽く眉を寄せて重々しく「はい…」と応じた。
「隊列を編成しかけてからピタリと止まった?」
「はい、占領下のウェシュタイン首都に設けた臨時基地に戻るでもなく、正規東部基地まで退却する訳でもなく、かと云って、サウバー山脈を越えるどころかライヴ川を渡る気配すらも無く……。下がるに下がれず進むにも進めない、という風情で――勝手に『膠着』してしまったかのようです。よって、こちらとしては良い休息の機会と考え、それを兼ねて待機としました。レーダーや結界に異常があれば、直ぐに警戒態勢へ戻るようには云っております」
それを聞いてタオは苦笑を浮かべ、「そうか」とだけ云った。――サンハル魔術士隊長が、
「CFCの隊が何故停止しているのか、については、君も想像出来ているのだろうが」
などと云う。見下ろしてくる彼の顔を見上げて、タオは片方の口角だけを軽く上げたが、無言のままだ。
次にイムファル情報部長が、
「私からは――今は、状況報告と云うより、タオ様にお尋ねしたいことの方が多いのですが、宜しいですか」
と首を傾げてくる。タオは、薄笑いを浮かべて、
「構わないが、優先順位はある。それは今訊くな、っていうことには答えない、答えが分からないことにも答えない、今、答えるべきこと、答えられることにだけ答えるよ」
飄々とそんなことを云った。イムファルは微かに戸惑いの表情を浮かべたが、「では」と口を開く。
「タオ様や、チョウ君達も、『核の矢』が消えたと認識したそうですが」
「――ああ、それは確定としていいと思う」
「ですが、その後の――。タオ様はご覧になりましたか、あの、得体のしれない『黒い筋』と、不気味な……」
イムファルの言葉に、タオが苦笑して小首を傾げ、「不気味」という表現に今度は言及しないまま答えた――チョウと違い、イムファルの言葉は「偏り」を含まない、単なる形容詞だと判断が付いたからなのだろう――。
「君達が見た『黒い筋』と『不気味な何某』は、俺達が見たものと、もしかして違うのかもしれないんだけどな」
「……は?」
今度はイムファルが首を傾げる。
「イムファル、君が云ってるのは、城の南、あるいは東……城市壁の直ぐ外あたりに生じた『筋』のことか? そっちなら、俺は帰り道で見たよ」
「……」
タオの言葉にイムファルは相変わらず首を傾げた後、ひくっと息を飲んだ。少しばかり声が震える。
「あ、あの、まさか……。あの『筋』が一つだけでは無いとでも?」
「あ~……。そうだよなあ、君はずっと纏め役やってたんだろうし外にも出てないか……。情報の全部を確認出来てもいないだろうしなあ。もしかして、俺達がそうだったみたいに、君は、チョウからの話を、城下のと勘違いしたのかな? あのな、北――そういや、城に入ってからは方角を確認してないな、もしかしたら西……。俺達はグロスの丘から北の空に『筋』があるのを見た。そこから、そりゃまあグロテスクな何かがワラワラ出てきたのを見たよ」
あっさりとタオは答える。イムファルは狼狽の表情も顕わに、手を額に当てて首を振った。タオは苦笑し、
「そっちは今はいい。一つ出てきただけで大変なものが二つって知ったんで『大変』が二倍になった気がしてるんだろうが、『大変』の『種類』は取りあえず一つなんだから。君は今更狼狽えてるが、二つ出てるのを、もう知ってる市民や部員も実は居るだろうさ、そっちの方が『大変が一種類』だって判ってるから、君よりも、既に冷静だよ。ひとまず君も落ち着け。――で、それを踏まえて、何が訊きたかった訳だ?」
クルマの中で若者達に言い聞かせたことをさらりと繰り返す。領主の言葉にイムファル情報部長は唖然として、その後、領主と同じように苦笑した。――部下としては、タオ領主のこういう軽い感じの口調に対して「威厳を損なうので控えて欲しい」と思うこともあるのだが、今は自分の気を楽にしてくれたことで有り難かった。
「はい――、それで……、タオ様に、あの『筋』や『化け物』の正体について、見解を伺いたいのですが」
「それは分からない」
タオがキッパリと答える。イムファルはそれを想像していたのか、サンハルに顔を向けた後、小さく頷いた。恐らくイムファルは、魔術士隊長であるサンハルにも既に意見を求めていたのだろう。そして、サンハルの意見とタオの言葉が同じであったから、「納得」の意味で頷いたのだ。
「では、あれについて――サンハル隊長より、検証のために目撃者の証言を漏れなく集めろ、という指示を受けておるのですが、タオ様も同意見ですか?」
「同意見だ。サンハル、グッジョブ」
タオが大きく頷いてから、サンハルに向けて親指を立てて見せた。サンハルもイムファルも苦笑を交わす。
「『化け物』『筋』の正体についてはさておきまして……、となると、『核の矢』に備えての避難指示を領民に出してた訳ですから、それが消えたというなら、どういう広報をすべきなのかと……」
「ああ――」
タオはイムファルの言葉に頭を抱えるような形で頬杖をつき直し、「う~む…」と口を尖らせた。
「『核の矢』に対しての避難指示だったから、それが消えた以上解除しても本来なら構わないんだが……、あんなものがワラワラ出てきたってのに、家に帰れってのもなあ……。今んとこ城内や町も落ち着いてる雰囲気だが、本当は皆不安でしょうがなかろうしな。かと云って、強制的な避難指示を継続するのは…」
「はい。まず現段階では、それを最優先して指示を頂きたく――」
「……」
タオは頭を抱えたまま、しばらく無言で思索に耽った。よって、三人の部下も無言で領主の反応を待っている。
タオがぴくりと顔を上げて、イムファルに対し「おい」と声を掛けた――何だか、咎めるような響きがある。




