【day1】-[3]-(6)
アサギとリオンがベンチに座り直してタオを振り返り、狼狽、あるいは恐怖の表情を見せている。
タオもベンチに座り、眉を寄せた。
クルマを止めているので、チョウも振り返ってタオに顔を向けた。
「タオ様、――どうしますか」
先ほど説教されたばかりだが、いくら何でも、自分で考えて「やるべきこと」「やりたいこと」など今は絞り出せず、チョウは領主の判断を仰いだ。タオも、ここでそれを甘えと思うほど酷い上司でも無いので、冷静に若者へ告げた。
「ひとまず、三人とも深呼吸しろ。――そして、己が友へ、守護と抱擁を頼め。……チョウ、装置は必要か、槍……はちょっと大きいな、何か他に、要るなら取るぞ」
「いえ――恐らく、大丈夫です。〈内燃機〉から、何とか」
チョウは領主からの申し出に首を振り、目を閉じて〈舵〉を握りしめ、その手の上に額を押しつけた。アサギとリオンも、動悸が激しくなっている胸に、各々「水晶玉」や「凧」を当てて深呼吸をしている。
タオは若者達が落ち着くまでの間、窓から身を乗り出して背後に顔を向けた。オレンジ色が段々遠くなっている西の空――そちらには、黒い筋が無い。
タオは小首を傾げて口元に拳を当て、「……ということは…」と小さく呟いた。
ふーっ、という息の音の後、チョウが再び「タオ様」と声を掛けてきた。
「如何――いたしますか」
帰城途中に現れた、二つめの筋――「空の裂け目」。それは、クルマの真正面にあるのだ。
〈運転〉していたチョウは、それを最初に見た――相当驚いたことだろう。彼からしたら、このままクルマを進めては「飲み込まれる」、そんな気分になった……なっているのかもしれない。もしかして、登坂中がやけにノロノロ運転だったのは、既に端っこでも見えていて「もしや」と思いつつのことだったからなのだろうか。
タオはその質問に無言のまま思案げな顔をしている。
「も……もしかして、お城でパニックが起きたっていうのは……僕達が見たほうじゃなくて、こっち……のせい、なんでしょうか」
アサギが震える声でそう云うと、チョウが彼に顔を向け、「そうかもしれない」という意味なのか、曖昧に顎を引いてみせた。
「そりゃ……これからも化け物が出てきたってんなら、フツウの人達は……卒倒もするだろうさ…」
リオンもそう呟く。グロスの丘に出たものが「遠いのに大きく見えた」のではなく、「近くに出たものを見た」から――パニックは当然のことだったのだ。
タオは若者達に相づちを打つこと無く、杖を握って目を閉じていた。
若者達の不安げな視線がサウザー領主に集まったところで、タオはパチリと目を開き、厳かに口を開いた。
「――俺達の疑問を晴らすための判断材料を、僅かなりとも、得る機会なのかもしれないぞ」
「え……ッ?」
不安げな若者三人が首を傾げると、タオはニッ……と、まるで悪巧みを思いついた子供のように笑ってみせた。若者達が呆れて、あるいは狼狽えて、ぽかんと口を開く。
「そ――それは、一体?」
アサギが問うと、それに直接の答えを返さず、リオンに目を向けた。
「リオン、体力と精神力は、残っているか。君に頼みたいことがある。――ただし、俺は君の一応師であるが、上司や君主ではない、命令ではないから断っても良い」
「俺、頼みたいことの内容より先に、そういう前置きする年寄りって『卑怯』だと思う性格なんだけど」
大げさに口を尖らせて――恐らく道化てのことなのだろう――リオンが云う。タオが笑って肩を竦めた。
「一応、〈力〉は残ってるよ。〈魔法〉使った分、そっちで疲れはあるけど、体は全然動かしてないから――」
軽口の後、リオンが真面目に答えると、タオは「そうか」と頷いた。
「じゃあ、技師でもある君に頼みたい。リオン――あの、正面の〝筋〟との距離――高度を、計測できないか」
「――」
リオンは目を細めた。が、直ぐに大きく開いて、その眼光は鋭くなった。
「今、俺達が直面している問題は何か、解るか?」
タオが三人の若者に視線を巡らせて問う。
「――グロスの丘で見たような『裂け目』がもう一つ、お城の近くにあって――そこからも化け物が出てくるのかもしれない……こと?」
アサギが不安げな声で答えると、チョウが
「『裂け目』が目の前にあることだ」
と首を振りながら云った。するとタオが、こっくりと頷く。
「そうだ。俺達の目の前にあることだ。アサギ、君の云ったことが間違いではないが、俺達が直面している問題の主眼は、『このままクルマを走らせて城に戻ることは可能なのか』、そこだ」
「……」
アサギは困った顔をして、タオとチョウの二人を交互に見た後、ゆるゆると俯いた。タオが微笑んで、
「完璧な正解ではなかったが、ちゃんと考えて、真っ先に答えを口にしたんだ。アサギ、その調子だ、もう少し積極的になれ」
やはり、今の状況にはそぐわない――師匠の「評価」に、再びアサギは戸惑いの表情を見せた後で、小さく頷く。
「となれば、あの『筋』の高度、距離が問題だ。あれは、どこにあるのか」
タオが前方に顔を向け、「筋」の方へ指を向ける。
「遠近感もへったくれもない、塗りつぶしたような『黒』――一応、空に浮かんでいるように見えてはいるが、本当に俺達が『空』と呼ぶ高度にあるのかどうかは、解りゃしない」
そう云うと、今度は振り返って、北側の空を指さした。
「そもそも、アレが『何』なんだかも解らないんだから、極めて脆弱、頼りない材料しか得られないのだろうけども――見ろ、こっち」
領主、師匠からそう云われ、若者三人は身を乗り出して、クルマの左、北側の窓から空を見上げた。
そちらにも――そちらは横一文字の――「筋」がある。
「確認したところ、西――グロス平原の方角には無い。つまり、こっちのは、俺達が最初に見た筋――だと思って良いのだと思う。俺達がグロスの丘で見た筋を、この位置に見ている――、ということは、だよ?」
タオは振り返って、ベンチにちゃんと座った。若者達もそれにつられて姿勢を戻す。
「あくまで俺達の常識の範囲で考えた場合の話だが――、まるで月や太陽が己についてくるように……どんなに自分が移動しても見える位置を変えないように、北に見えてる筋は、ちゃんと『空』に、衛星軌道やそれよりも高い位置にあるのかもしれない、とは思えるだろう?」
「それは……まあ、云える」
あくまでも、この世界での常識の範囲でだが。リオンが真摯な目の光をしたままで一度は頷く。しかし次には首を傾げた。
「だけど、北側――俺達が見たあの『筋』が、本当についてきてた、移動してきたって可能性も無くはないぜ」
この「筋」が仮に衛星軌道上にあると仮定してみると、今度は、化け物の群れが出現したときの風景に矛盾が感じられる。本当にそうだったら、最初に見えた群れはもっと小さな、芥子粒の固まりみたく見えてたろうし、速度だってもっと「猛スピード」で良かったんじゃないだろうか。だが、そうではなかった。あの化け物達は、そんな高い場所から出てきたように見えなかった。――と云っても……化け物がこちらへ向かってくる遠近感の変化や速度も、この世界の常識で考えての判断ではあるが――。
「ああ、それもそうだ。こっちも、遠近感が全く無い『黒筋』だからな。だが、移動の可能性を云い出すと、もしかしたら俺達がグロスで見た筋はずっと西へ移動していて今は見えない、コレは俺達が今まで全く気付いてなかった新しい三つ目、ということも考えられてしまう」
リオンの反論に対して、タオが頷きながらもそう云うと、リオンだけでなくアサギやチョウも息を飲んだ。そんな若者にタオは苦笑を見せ、
「だから、取りあえず北側のは、『俺達がグロスで見た筋で、それが衛星軌道上にある』と仮定して話を進めてみよう。移動してきたにせよ高い位置にあるにせよ、今は『敵じゃない』、俺達に向かって化け物が出てきた訳じゃないし、害を加えてきた訳でも無い、あの時以降、追加で出てきてもいないんだからな。取りあえず、そう思って、さて置いとこうじゃないか」
「……はあ」
「だが、前――こっちは、話が別だ」
タオがクルマの前側へ、再び指を振った。
「あの筋自体が俺達に危害を加えようとしなくたって……進路にある以上、俺達はどうなるんだか判らん。あの筋に飲み込まれて、あの化け物達がうじゃうじゃしてる場所に飛び込んでしまうのかもしれないし、あるいは、あの全い黒に塗りつぶされて『無くなって』しまうのかもしれない」
「そうはなりたくないから、あの正面の『筋』が『何処』にあるのか把握するのが、今、俺達に出来ることって訳だな――」
リオンが云うと、タオが「そうだ」と頷いた後、
「あるいは、俺達が向かって行く間に、また新しい連中がこっちに向かって出てくることだってあるかもしれない」
そう云った。それを聞いていたアサギが「ひくっ」と息を飲む。そんな彼にタオがやはり、「ニッ」と笑みを見せる。
「だが、それはそれで『情報』になり得るのかもしれんのだから、アサギ、恐怖心を今は抑えろ。魔術士として、好奇心を最大限に膨らませなさい」
「は、はぁ…?」
「……」
アサギが戸惑いの表情を浮かべ、チョウもどういう意味だと思ったのか、軽く目を細めている。リオンだけは、タオのように薄く口元をほころばせていた。




