【day1】-[3]-(5)
「――今の話で、また一つ整理がついたな。……といっても、謎も増えたが」
誰に目を向けることも無く、流れる景色を見ながらタオが呟く。アサギとリオンは顔を見合わせた後で、「整理って」とリオンが云った。
肘を窓枠に掛けたまま、タオが二人に顔を向ける。
「イー・ルの兵と装備を竜巻が巻き上げるのを〈録画〉とは云え、君が見たということは、俺達が見た火の玉も恐らく、幻では無かった」
「――」
「『矢』を消したんだから、本当に夢まぼろしだと思っていたわけではないが――俺達自身は、あの火の玉から熱風を感じたわけじゃないし、俺もチョウも『アレは何なのか』って理解が全然出来てないんだ。ほぼゼロに近い可能性ではあるが、『俺達は同時に同じ幻を見た』というのも、一応頭の隅っこに置いとくべきなのかと、思い始めてたんだ」
「それは無ェだろう」
リオンが呆れたような声を出すと、アサギも、
「物こそ違えど、僕達と同じような状況を、フリュスでもほぼ同時に体験しています。兄様や母様、流優様も同時に幻を見たなんてことは……」
「うん。そこに持って来てリオンが、『竜巻がイー・ルの後方基地で人や物を巻き上げた』のを見た訳だろ。――だから、『幻かもしれない』のほうを、潰して良い、という整理が付いた訳さ」
不満げな、あるいは狼狽えた、そんな表情の若者二人に、タオは苦笑を見せて頷いた。
「――その分、謎も増えた。俺達が知っている――リオンが友としている〈風〉なのかどうかも解らない竜巻だが、確実に、この世の人や物を巻き上げられるようなエネルギーは持っているんだな……。俺達はあの炎から熱――『高温』を感じなかったのになあ…」
「……」
ゆるゆると首を振ってタオが呟くと、若者も再び顔を見合わせ「そうか…」と溜息をついた。結局、「アレが何なのか解らない」という確認をして、謎は深まったということだ。
「リオンの話からすると、どうも意志を持っているようにも思えるしな……」
「――そうですね」
人や物を「選んで巻き上げているように見えた」ということは、「竜巻に意志があるように感じられた」ということにもなる――だからこそイー・ル側は、その竜巻を「サヴァナの悪魔の仕業」だと確信するだろう。ただの自然現象としての竜巻が「選んで」被害をもたらす訳が無いのだから、自分たちに理解の出来ない〈魔術〉によるものだと、きっと考える――。
炎は巨人の形になったし、土塊は獣の形になったらしい。それがあったために――炎の巨人に関しては「笑い声」すら聞いた――、既に「生物のよう」に受け止めている、そんな感覚になっていたが――もっと冷静に考えると、それは「先入観」でもある。炎・土塊を「明確な意志を持った存在」だとは、本来なら考えるべきでは無い。タオは一度それを、自省した。
が、自省した上で改めて、リオンから「竜巻」の話を聞き「意志を持っているかのよう」だと、それを体験や情報として――疑問を氷解するための判断材料として考えて良いのだ、と確認した。そういう「整理」もついたということだ――。
「――水が気になる」
竜巻のことを考えつつもアサギの声が聞こえたからなのか、タオが不意にそう呟いた。
えっ?とアサギが首を傾げると、タオが彼の顔を見て、
「火の玉、土塊、竜巻が出てきた。もう一つ、水――」
と云うと、アサギが「ああ……!」と目を見開いた。それから「はっ」と息を吸い込み狼狽の表情を見せる。
「先生……。ルォーバンとミンジュリーの海上戦は……」
タオが眉を寄せ、「そうか」と唸った。――既に想像が出来ていて、アサギに「試験」をした訳では無いらしい。タオもそれは思いついておらず、ただ思い浮かんだ疑問を口にしただけだったようだ。
「見てみますか?」
とアサギが懐に手を入れたが、タオは手の平を翳して「いや、今は良いだろう」と止める。
「――気にはなるが、城に戻った後、今日は無いとしても明日以降でも、色々と情報は入るだろうさ。ここまでの俺達の体験からして、今のところは楽観していよう。そうじゃなきゃ眠れなくなっちまう」
「楽観って……」
「即ち、ルォーバンとミンジュリーの『核』も、『水』が消してくれたんじゃないか、そういう希望的観測を今は持っていよう、ってことさ」
タオはそう云って微笑を浮かべた。アサギが戸惑いの表情を浮かべてリオンを見ると、リオンも苦笑いを浮かべながら肩を竦め――軽く頷いた。
「俺も、今はそれでいいんじゃないかと思うけどな。――さっきチョウさんは全然そっちの話してなかったろ? だったら大事にはなってない、ってことなんじゃねーかな。お城ではそっちもずっと監視してたんだろうから、何かあったならチョウさんに情報来てると思うよ。それが無いんだから、てことは、今、あんたがそっちの海域を見たって、何か分かるとも思えないし、余計なストレス溜めるよりは、気楽に構えてた方がいいんじゃないか?」
リオンは声でもそう云い、アサギの肩にポンと手を置いた。〈水〉の友たるアサギには、心配と煩悶の原因になるであろうが――今、それに気を揉むのは、ただ気力をすり減らすだけだ。
アサギはこくりと頷き、ふう、と息を吐いた。
空の裂け目や化け物といった謎の要素に気をとられていたが、本来自分達が最優先して意識すべきだったのは「核」だ。リオンの云う通り、自分よりも集中してそちらを監視していたのだろう城からはチョウを通して情報が入っておらず、「ディテールの違い」はあれど自分が既に知っている状況――謎の事象ではあるが、炎・土塊・竜巻が「〈核兵器〉を消失させた」事実を思い出してみれば、ルォーバンとミンジュリーの海上戦に於いても、〈核〉はその威力を発揮するまえに消滅したのかもしれない……。そう推測している方が確かに気が楽だし、感情的なことをさておいても、「そう考えて良い」ような気がする。炎・土塊・竜巻ときて、「水」の要素だけが欠けたと思う方が、魔術士である彼らにとっては余程違和感をもたらすものだ。
再びタオは枠に肘を掛けて外を見た――城に戻るための最後の長い登り坂に入っている。この街道を選んで西から東へ旅をしてきた者は、この坂を登りきった時「サウザーに着いた」と思うのだ。頂上に至って足下には、再び長く緩やかな下り坂、その両脇にはぽつぽつと、穀物畑や畜舎を備えた住宅が見え始め、先に進むにつれ家が増えてきて城下町に入っていく――。
その登り坂を「安全運転」故なのか、随分ゆっくりと登っていたクルマが、急にぴたりと止まった。
アサギとリオンが「えっ?」という顔をして前方に顔を向ける。タオも、「どうしたんだ、チョウ」と云いながら、顔をチョウの隣りに突き出し、彼の横顔を見た。
――チョウの表情は凍り付いて、色も悪い。引き締めた唇が小刻みに震えている。急に気分でも悪くなったのかと思い、タオが「おい、大丈夫か」と云いかけた時、チョウは、舵に左手を載せたまま、右手の人差し指を前に突き出した。
「タオ様――、あ、あれを……」
本当に彼らしくない、震えて掠れた声でチョウが云った。タオは彼の指さす方向――クルマの真正面をフロント越しに見て、目を見開く。アサギとリオンも窓から顔を出してチョウの指さす方向を見た。そして、「あッ」「えぇっ!」と声を上げる。
チョウの顔の隣りに身を乗り出していたタオは、素早くその身を翻し、先ほどまで自分が座っていたベンチ脇の窓から顔を出して外を――北の方角の空を見た。そして、ぎゅっと眉を寄せる。
チョウが指さしたのは〈クルマ〉の真正面――。その指の先、坂の頂上から見える空と地平線の際に、見覚えのある黒い筋があった。
星が見え始める藍色の空に――なお黒い筋……「裂け目」。垂直に、まるで定規を使ったかのように真っ直ぐに……。
あの「黒」を見てしまった以上、この世の「闇夜」とは本当の闇などではないのだ、と思えてくる。あの筋の向こう側にこそ、本当の闇、――虚無があるのではないか、そんなことを思わせる風景だ。
そしてタオはすぐさま確認した――北の空にも、黒い筋が、まだあった。




