【day1】-[3]-(2)
「――あの『火の玉』と同じような『何か』が、フリュスにも、ええと……『出た』そうなのです」
「何……?」
タオが眉を寄せる。本当か、と確認するような目をしていたので、アサギはこっくりと頷く。
「それも、顕れたタイミングと状況も――ほぼ『火の玉』と同じような感じで……。動きと形態からして無人機だったようですが、それが、村の上空に見え鐘楼の真上に辿り着かんとした、その時。恐らく、タオ師が何かなさろうとしたように、流優様が何かなさろうとしたとき、だったらしいのです」
「――」
タオはクルマの床に杖をつき、前傾して額をそれに付けた。何か思慮に沈み始めたように見えたので、アサギは口を噤んだが、タオが「それで」と促した。
「フリュスにも火の玉が顕れて、――戦闘機なり爆弾なりを『食った』のか?」
「いえ、フリュスに顕れたのは、火の玉ではなく――、喩えるなら隕石……のような巨大な『土塊』だったそうです」
杖に額を付けたまま、タオはぶるっと肩を震わせた。
この震えは何だろう。タオは自分でも良く分からなかった。得体の知れないモノ・コトへの、恐怖による寒気か。それとも――好奇心がもたらす興奮……武者震いに似たようなものか?
アサギが「大丈夫ですか」と訊ねたが、大丈夫だよ、とタオは笑って答えた。
「続けて」
「はい――。それで……爆弾を落とす直前か、もう『ハッチを開けていた』のかどうかは誰にも確認出来ていないようなのですが、『食った』――戦闘機ごと消したのは、あの火の玉と同様、みたいです」
「……」
「その土塊は、火の玉と違って、最終的には――何か獣の形になったとか」
「獣?」
リオンがぴくりと耳をそばだてる。
「どんな? それはあんたに入ってないか」
何故それが気になるのか、軽い疑問は生じたが、アサギは素直に答えた。
「ええと……、犬よりは、猫に似た大きな獣……、火の玉が巨人になったのと同じように、土塊がそういう形になった、という感じらしいから、ガイアの生き物のどれ、ってはっきりとは喩えられないけど……――何せ、戦闘機と同じ高度にありながらその形がはっきり分かるくらいだったのですから、そんな大きな獣、ガイアには居ませんものね。でも……形だけなら、『豹』が一番近いみたいです。獅子や虎よりは細くてしなやかな感じって…」
「…そうか」
リオンも何だか思案げな顔をして腕を組んだ。
「そして、気付いた時には空に裂け目が出来ていて、同じくその『土の獣』の後ろに、得体の知れない化け物のようなものが付き従い、飛んで――いえ、本当に獣と同じように四本脚を動かして空を走り、姿を消したと」
「それで、消えた方角も、あの火の巨人と同様――フリュスの方は、エグメリークだったんだろうかな?」
タオが質問と云うよりも呟く口調で云うと、アサギが「そのようです」と頷いた。
「こちらの『矢』と違って、軌道をなぞるように分かりやすくはなかったようですが。方角としては」
「勿論、流優も……君の兄上や母上達も、『あの土塊は何だったのだ』と頭を悩ませているのだろうな。フリュスに顕れたのが土塊だったんだから、俺の前に火が出たのよりは相当の恐怖でもあったろう……」
「はい――」
ふ、とアサギは一度辛そうに目を伏せて頷いた。
気を取り直して、と頭を振り、続ける。
「こちらと同じく『核の脅威』は避けられたようですから、それには安心しているようですが。僕はタオ師に付いていたので、取りあえずこういう概要だけ知りましたけれど、お城の方へ情報交換のための〈通信〉も始めているそうです。――ただ……それが、なかなか順調ではないらしくて」
「ふむ。さっきチョウが云っていた、CFCの罵倒と返電の話が思い出されるな」
そうですね、というふうにアサギが頷き、〈運転手〉のチョウも頷いた。
CFC――敵側が通信を拒絶しているとは限らず、「何なのか分からない何かの影響」が出ているのかもしれない、その可能性の話。
ひとまず僕からはこのくらい、ということか、胸に抱えていた巻物をアサギは懐に戻した。
では君だ、というふうにタオがリオンに目を向けると、彼は肩を竦めた。
「想像通り、似たような話だった。もう俺の話は必要無いんじゃないかってくらい」
道化た軽口に聞こえるが、それはホントにそうなんだよ、と云いたそうに、リオンは苦笑していた。
タオも軽く口角を上げ、
「じゃあ、ディテールの違いくらいは云っておきたまえよ。アサギの話じゃ、火の玉が土塊になり、巨人が獣になった。CFCとエグメリークがイー・ルになるんだろうことは云わなくても分かるが」
そう云うと、リオンは再び肩を竦めて、「そうだな」と頷いた。
「出発の前にあんた、ルナールさんに、『矢を避けた結界を張れ』と云っていたろう」
――「あんた」という物言いにチョウは軽く眉をひそめ、アサギは戸惑いの表情を浮かべていたが、タオ本人はそれを咎めること無く、「云ったね」と頷いた。
「サヴァナはそれと逆。親方達が、核弾頭を完全に隔離して固めるっていう作戦にしてたみたいだ――その方法と固めた後どうすんだってのは、若造にはオフレコってことらしいけど」
「ふん……」
ふて腐れた口調のリオンに、タオが鼻を鳴らして小さく笑い、独り言の口調で呟く。
「そっちの作戦を採ったのか……」
「結界ってことになったら、俺達の場合、じゃあ何処から何処まで?って、基準が無いもんだからな」
「ああ……、そうか」
サヴァナ・アルチザン・ギルドは、はっきりとした「国土」や「国境」を持たない「集団」の名称だ。サウザー領から東――無論、西側にぐるっと回っても途中で海を渡って辿り着くが、陸路のみで近い方を云うならばそちら側――へ向かい続けると、乾燥地帯、彼らの名の通りの平原と砂漠が広がっている。平原に点在している岩山を拠点として一定期間ごとに移動をしつつ、放牧による畜産、野生植物からの採集、岩山・平原での鉱物採掘――そうして得た物を素材として技術の開発と研鑽を生業としているのがサヴァナ・ギルドの民だ。リオン本人も云ったとおり、遊牧民と云ってもいいだろう、一所に腰を据えての農業は殆ど行なっていない。
彼らの〈敵〉になっているイー・ルは、より東の砂漠側にある緑地に「国土」を構えた「国家」である。歴史的に見るとサヴァナのギルドは、イー・ルにて反乱を起こして敗北・追放された罪人達の子孫が漂泊しているということらしいが、それはイー・ルの側が声高に云っていたコトが世界中で認知されただけで、ギルドの民は自分たちをそうは思っていない。というより、それが本当であれ嘘であれ「どうでもいい」らしい。今の自分たちが今の生活を不満に思っていないし、今の戦はイー・ルが仕掛けてきたからあっちを〈敵〉として戦っているわけだけども、もともとはイー・ルを憎んだり恨んだりもせず、敵だと見なしてもいなかった――相手をしていなかったのだ。イー・ル側がサヴァナの民を目の敵にしていただけなのである――サヴァナ・ギルドからすれば――。
――仮にイー・ルの追放者から始まったのが歴史的真実だったとしても、現在の、実際のサヴァナ・アルチザン・ギルドはあらゆるジャンルの「職人気質」を持った者達が、己の技術を相互に研鑽するために引き寄せられて世界中から集まり、長い時間を掛けて形成された「集団」であるから、既に「人種」やら「民族」やらの表現も似つかわしくない。世界中から集まって時間を経て形成された以上、混血も相当成っているため、個人――個体を見ただけで「サヴァナの民」だと分かるような、遺伝的・身体的特徴も無いのだ。生まれ素性と呼ばれるような部分は彼らにとって「二の次」なのである。
勿論、「己の先祖が何処から来たのか」という意味で出自を大事にしている者は、サヴァナにも当然存在するが、それは、己が「サヴァナ・アルチザン・ギルドの一員」であることとは無関係である。所属と出自は、サヴァナの民にとって同一ではないのだ。
よって、世界中に広まってしまったイー・ルの主張への否定の大声など挙げる必要も無い。「遊牧民」として存在している分は大体平原に居るというだけで、本来なら世界中の何処に何人と名乗って暮らそうと一向に頓着しないのがサヴァナ・アルチザン・ギルドの民なのである――そうした「精神性」に於いても「遊牧民」であることに疑義は無い――。
――サヴァナ・アルチザン・ギルドとは、そういう単なる「集まり」の通称であるから、サウザーのように「領地」の境界線を基準として結界を設けるのが難しかったのだ。よって、サウザーでは避けられた「〈核弾頭〉を隔離する」作戦の方が採用されたという次第――それをタオは納得した。
「で、その……隔離する瞬間だよ、もう自分の目でも見たし、アサギも云った――」
「『何か』が『食った』んだな」
「あ、サヴァナは『食った』って表現じゃあ、ちょっと違うなあ」
リオンが笑いながら肩を竦めた。じゃあ何だ?とタオも笑みを浮かべる。
「『吸った』。巨大な竜巻だ、そいつが、吸って、『飲み込んだ』」
「……。見てきたように。随分断定口調で云うもんだな」
「見たからな」
タオが苦笑して云うと、リオンはあっさり答えた。アサギが隣で「えっ」と目を見開く。
リオンは己のデヴァイスである「板」を軽く掴んだ。
「チョウさんがランプでやったみたいな、コレに『一旦保管』ってことは出来ないから、今はあんた達に見せることが出来ないんだけど。諜報隊だかが弾道の記録採るために録画してたらしい、『説明するより見せた方が早ぇ』つって見せてきたよ、どうも職人はペシャリに関しちゃ『めんどくさがり』が多くてね」
小首を傾げて肩を竦めたリオンに、アサギも「ああ、そういうことか」と息を吐いた後で、小さく口元を綻ばせた。




