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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day1】終わりが始まった日 /2014.6.18
12/19

【day1】-[3]-(1)



 ぴくりともせずに領主、師匠が草の上に伏している。

 タオはどれくらいの時間が過ぎたのか知らない。

 若者達は自分が「やりたいこと」を終えたので、しばらくはタオの寝姿をただ眺めていたが、流石に、体調が案じられたし、チョウは城からも「ある程度の情報が書面にまとまり、城内も落ち着いた」という報告を受けたので、

「タオ様!」

 少し離れた場所に居るから、声を張り上げて領主(あるじ)を呼んだ。

 目を閉じていたタオはパチリと瞼を上げ、ゆっくりと腕を突っ張って起き上がった。

 振り返って若者達の心配そうな顔を見、タオが苦笑する。さっきと同様、「大丈夫だよ」というふうに手を振る。

 よっこらせ、と立ち上がってチョウに近寄り、杖を受け取った。

「やれやれ、もしかして俺の方が時間を食ってしまったか。君達はいつから待っていた?」

 苦笑して小首を傾げるタオに、チョウが首を振ってみせ、それほどでもない、と太陽の位置を指さした。ああ……とタオは頷いて、「帰城して構わんのかな?」と再びチョウに訊く。チョウが頷いたので、では戻ろう、とクルマを指して三人の若者を促した。

 幌を張った荷台の前に、四人までは何とか乗られるシートがある――軍備としての物資運搬車であるから警護兵が控えておくためのものだ。クッションなどは張っていない、向かい合う形で設えた簡素なベンチである。〈運転席〉とベンチの間に仕切なども無いので、チョウとの会話も可能だ。

 往路は急いでいたので急峻だったり狭かったりの近道を選びもしたが、帰りは――夕食の時刻だけを気にして――()()()()を心がけノンビリと、遠回りながら石畳で舗装された広い街道を選んで行く。

 タオが、「じゃあ、チョウから頼むか」と呟いたが、「ああ…」と何か思いついた声を出した。

「そのまえに、チョウ。どこかの段階で、取りあえず『核の脅威』は去った、ってことは城に伝えたか?」

「はい。食事の前に兄者(ケン)へ伝えました。その情報をどう扱うかは、イムファル部長やサンハル隊長にお任せすると申しておりました」

「そうか、だったら良い。もう必要無いのに『矢』に怯えるのは相当ストレスだものな……」

 タオが安心したように息を吐き、「では、改めて報告を頼む」と促す。〈運転〉をしているので、後ろに居る領主へ視線を向けることは出来ないが、「はい」と大きく頷いて冷静を心がけつつ話し始める。

「まず、城は無傷です。結界も綻びておりません。ただ、城からもあの――黒い筋と化け物を目にした者が居り、流石にパニックが生じたため、深刻な事態には至ってませんが、昏倒者や転倒等で怪我人も出たと」

「……ああ、見ちゃったんならそうなるわな、あれは」

 タオが「それは仕方ない」というふうに溜息をつく。が、その後で首を捻り、

「しかし、城からアレが見えたってことは、やっぱり訳が解らん『もの』だなあ。一人二人が見たくらいじゃ、パニックにはならないよな――本来なら、城からだと、あのグロテスクな形態が誰にでもはっきり判るほど大きくは見えないだろうに…」

 そう云うと、リオンが同調するように頷いて、

「あの黒い筋自体も、遠近感が全然無かったもんな。あの筋はすぐ目の前にあるような感じもしたし、でも『化け物』はもっと高いとこから『下りて』きた感じだった」

「うむ……」

 タオが独り言を云い、それに対してリオンも口を挟んだ。それで一旦口を噤んでいたチョウへ、タオが「ああ、済まん、続けてくれ」と苦笑混じりに云った。

 チョウは「済まん」と云ってきた領主に対して、いいえ、と首を振った後で続ける。

「――サウバー山系の友軍は、テリーイン参謀の判断と指示により、現在も壕で待機しています」

「ん? 『核』の危険が去ったことは云ったんだよな? テリーインにイムファルかサンハルが黙っているとは思わないが……『レーダー』からも消えたと云ってたよな……。――それでいて、迎撃態勢や警戒態勢に戻る必要も無い、という判断なのか?」

 タオが首を傾げると、チョウが「そのようです」と頷く。

「焚き火が可能な広さの壕に入った隊はそのまま明朝まで待機、不可能な隊は、その壕を確保しつつ野営、ということに。――詳細はタオ様が帰城されてから、ご報告を差し上げるとのことです」

「ふーん……」

「それと……」

 口数が多くはないが、曖昧に口ごもるということはあんまり無いチョウが、首を捻って云い淀んだ。

「どうした」

「今申し上げる必要があるのかどうか、判りませんが」

 やはり――端的な物言いが常であるチョウが、そんな前置きをわざわざした。

「CFCの幹部より相当に取り乱した罵倒が、直接の〈超指向性通信〉で飛んできたのだそうです」

 何を云ってるのか自分でも判らない、という声色でチョウが云った。チョウは城からの〈情報〉を間接的に口にしているのだから、城で本当のところ何が起きたのかは知らない。自分が口にしている内容の「意味が分からない」のは、口にしているチョウ本人もそうだ。

 タオが苦笑して、

「〈核〉の矢は消えたが、罵りの矢は()()()のか。――で、その内容は? 君が今、迷いながらも『云うべきだろう』と判断したのだから、俺にも必要なのかもしれないんだろ」

 そういう云い方でタオが先を促すと、チョウは小さく顎を引き、

「『同じ暗殺するにしてももう少し人の尊厳というものを考えてはどうだ』『この世にあらざる悪魔の手先どもが、どんな外法を使って地獄の怪物を呼び出した』」

 伝わってきた言葉そのものを、そのままなぞっただけ、という風情で、抑揚無く口にした。

 聞いたタオも――リオンやアサギも――、訝しげに目を細めて首を傾げた。

「怪物はまあいいわ、多分、あの火の巨人と『百鬼夜行』のことを云ってるんだろう」

 タオが独り言の口調でそう云うと、向かいに座っているリオンが少し身を乗り出して「追尾出来たのか」と訊ねた。

 タオは肩を竦め、

「俺が追尾出来た訳じゃないんだがな、どうも本当に、矢が飛んできた軌跡をなぞってったのかもしれないことは、妖精やら亡霊やらへの聞き込みで伝わった」

「はあ……――あんた、そんなことが、杖――〈装置〉無しに出来るのか……」

 リオンが、今は何だか悔しそうな色も滲ませて溜息と共に云うと、タオがお世辞口調で無くあっさりと、「ちゃんと修練すれば、リオンにも出来る。というか出来ないはずが無い」と云った。

()()、出来なきゃおかしい。それは俺が教えることじゃないから教えてないし、サヴァナの親方達は手取り足取り、あるいは口頭で説明してくれる人達じゃないから分からないんだろうが――ちゃんと『技を盗む』つもりで師匠の挙動を見ろ、そんな悔しそうに羨む前に」

 口調はあっさりしているが、そのまま聞けば最終的に説教に聞こえる。それでリオンは「うっ」と息を飲んだが、奥にあるのは「君になら出来る」という激励だと伝わってくるので、次には照れたふうに頭を掻いた。

 そんなリオンへ軽く肩を竦めてみせてから、タオは先を続けた。

「炎の巨人と化け物たちが〈矢〉の飛んできた方向にそのまんま、引き返すように向かってったってのは、まあ、そうらしい。となると、CFC――果たして発射台や、それがある基地までは行ったのかと、そりゃ思うだろう」

「それはそうですね……。では、『あれ』を()()()が送り込んだのだと、誤解して?」

 アサギが云うと、タオは、「()()()()()んだけども」と首を捻った。

「暗殺って何だ?」

「さあ、それは……」

 チョウも首を傾げる。

「聞き捨てならない話ですから、サンハル隊長も同席してイムファル情報部長が返電を試みたのですが、それが今のところ叶っていないと」

「……。云いたいこと云って聞く耳は持たず妨害電波?」

「そうとは限らないようです。向こうが意図的に遮断しているのではない可能性もあると。それこそ、『化け物』の影響かもしれませんし」

「ああ……成る程」

 考えられる、とタオは腕組みをして大きく頷く。それから首を後ろに曲げて、背後の開口部、今はガラスや(スクリーン)など張っていない枠だけの〈窓〉から外を見た。――「空の避け目」がまだ、()()。「あれ」が()()()にしろ()()()にしろ、何らかの「影響」をどこかに及ぼしていないとは、全く思えない。

「――取りあえずはそうしたところで、細々としたことは書面にも纏めているそうです」

「分かった」

 タオは大きく頷いた後で、「では」とアサギとリオンの二人に視線を巡らせた。

「じゃ、サヴァナとフリュスの方はどうなってるか、聞くか。一刻も早く耳に入れた方が良い情報を持ってる気がするのは、どっちだい?」

 アサギは隣のリオンに「お先どうぞ」と云うふうに手を差し出した。するとリオンがからかうような顔をして、

「さっき云われたばかりだろう、アサギさんよ。こういう時に『はいはーい』って手を挙げる練習しなよ。もしかしてあんたの方が余程大事な情報持ってるようなら、タオから『何でそんなこと先に云わない』って叱られるぜ」

 そんなことを云った。タオがくすりと笑う。

「そう云う君は、そんな重要な情報を持ってる気がしないのか、リオン?」

 一応、それをリオンに確認すると、リオンは表情を引き締め、

「――多分、アサギと俺の持ってる情報、どっちもどっちで似てるんじゃないかって、そんな予感がするんだ」

「……」

「だったらアサギにハッパ掛ける方が、『修行』でもあるだろ? 本当に雑談かってくらい大したこと無いんだったら、遠慮無く割り込むよ」

 引き締めていた顔を、また笑顔に緩めてリオンが云うと、タオが「そうだな」と頷いて見せた。

「じゃ、アサギ」

 と促すと、アサギは「は、はい」と応じて、懐から巻物を取り出した。しかし、広げることは無く胸に抱える。

「まず――タオ師匠(せんせい)、きっと凄く大事なことです」

 アサギは、緊張が高まりすぎてしまったのか、そこまで云うと一度言葉を区切り、大きく深呼吸をした。そんなアサギにタオは苦笑していたが、その様子は引っ込み思案とかいう性格上の緊張では無く、()()()()からの緊張だったのだと、タオも続きを聞いて分かった。リオンも「だったら尚のこと手を挙げて良いのに」と心の中でからかっていたのだが、すぐに表情を引き締める。


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