第六章 王太子の再訪
ある日、ローゼンバッハ邸に王宮から使者がやって来た。
「王太子殿下よりご面会の依頼です」
カルメンは冷笑を返す。
「お断りします」
だが、使者は簡単には引き下がらず言葉を続けた。
「マリエラ様が発熱で倒れました。宮廷魔導師では治せず……殿下は貴方様に助けを求めております」
その言葉にカルメンは眉を顰める。
──マリエラ・クラフト。
カルメンの代わりに王太子と結婚するという、民衆の人気者。
「……彼女が……ですか」
「はい。熱は下がらず意識も朦朧としております」
命が一つ亡くなろうとしている。
その事を放っておけないと感じたカルメンは、バッグに体温計、消毒液、抗菌剤の試作品を入れ、王宮へ向かった。
宮廷魔導師たちは呪文を唱え続けていたが、効果はないようだ。
カルメンは静かにマリエラの脈をとり、舌の状態を確認し、耳を近づけて呼吸音を聞く。
「細菌感染です。喉から肺に広がっています」
「……何の魔術だ? そんな病は聞いた事がない……。まさか呪いの類いか……?」
「呪いでも魔術でもありません。科学……いや、法医学と言うものです」
彼女は抗菌剤をマリエラに飲ませ、清潔な布で体を冷やし、水分を少しずつ与えた。
三日後──マリエラは目を覚ます。
その事に王宮中が騒然とした。
「彼女が……魔術を治した? それも魔法を使わず?」
王太子レオナールはカルメンの前に立ち、複雑な表情で言う。
「なぜ……助けた? 君は恨んでいてもおかしくない筈だ」
カルメンは静かに答えた。
「私は貴方の復讐の為に生きているわけではありません。誰かが苦しんでいるなら助けたい。それが私の信念です。それに……」
彼女は口角を上げて微笑む。
「科学は誰の為でもなく、全ての人の為のものです」