#8 急げや急げ!
「よし! そうと決まれば、さっそくマリリンに会いに行くぜ、ミケ!……眼鏡クイッ!」
「マリリンの病状は深刻だ! 一秒だってムダには出来ない! 彼女の病院まで全速力で向かうぜ!……眼鏡クイクイッ!」
「了解ニャ!」
一悶着あったものの、一応意気投合したミケとジミーは、二人揃ってバッと片足を上げ、ググッと両腕と共に上半身を捻って、アニメキャラがダッシュする前の例のポーズをとった。
が、その瞬間、二人同時に、足元のバケツに気がついた。
そこには、なぜかバケツが置かれており、水を張った中にはたくさんのエビが入れられていた。
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二度あることは三度ある。
もはや言うまでもないが、このエビは『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』の大会運営が何かの手違いでうっかり選手登録した『ブラックタイガー』だった。
しかし、『ブラックタイガー』選手(初代)は、そうとは知らないジミーによりアヒージョにされて食べられてしまった。
忽然と居なくなった選手に慌てた運営は、急遽新たに二匹のエビを用意する。
二匹なら一匹居なくなっても大丈夫だろうと思った運営だったが、この『ブラックタイガー』選手(二代目)も、二匹とも、またもや何も知らないミケによってボイルされサラダにされて美味しくいただかれてしまった。
またまたどこかに消えた選手に気づいた運営は、やけくそ気味に「これだけ用意すれば、一匹二匹居なくなっても平気だろう」と大量のエビを慌てて用意したのだったが……。
「クソッ! なんでこんな忙しい時にエビがっ!」
「文句を言ってないで、せっせと手を動かすニャよー!」
ミケは、フワフワの前脚に竹串を持って、繊細かつ迅速に、シュルッとエビの背わたを取り出し、隣のジミーにパスをする。
受け取ったジミーは、スポーンとエビの頭を抜き、パリパリと殻を剥いていった。
そうして丁寧に下処理を施したエビを、片栗粉をまぶして、カラッと揚げた。
ミケとジミーの二人は、大会施設の調理場をお借りして、息の合った流れ作業の元、バケツの中のエビが空になるまで次々とフリッターを作っていったのだった。
「うんまっ! 揚げたてのエビ、うんまっ! 熱っ熱っ!」
「美味しいニャねー! やっぱり、さばきたては鮮度が違うニャねー!」
こうして、『ブラックタイガー』選手(三代目)も、ケチャップソースと共にミケとジミーの胃袋に収まったのだった。
二人が食べ切れない分は、食堂に居た人達に惜しみなく振舞われ、外はサクッと中はプリプリジューシーなエビのフリッターに、皆ほっぺたを押さえて幸せな笑顔を浮かべていた。
結局、三度どこかに姿を消した『ブラックタイガー』選手は棄権と見なされて失格となった。
「なんか強そうな名前」として注目を浴びた『ブラックタイガー』選手は、ミケとジミーと一部の人々の心に「エビ、マジ美味い!」という鮮烈な感動を残したものの、一度もリングに登る事なく終わったのだった。
□
「病院まではどうやって行くニャ?」
「えーと、バス停まで行って、バスで駅まで行って、その後、各停に乗って三駅行った所で降りて、またバスに乗って、最寄りのバス停からは徒歩だな。……眼鏡クイッ」
「時間がないなら、いっその事タクシーで行った方がいいニャね。君、お金いくら持ってるニャか?」
ミケとジミーの二人は、会場の出口まで走りながら「いっせえのせ!」で、前脚の肉球の上に乗せた所持金を見せ合ったが……
ミケは百六十円、ジミーは二十円しか持っていなかった。
ちなみにジミーの所持金の半分にあたる十円は、先程自販機に残っていた釣り銭の取り忘れを拾ったものである。
二人とも子猫なので、お小遣いとしては妥当と言えば妥当なのだが、一気に絶望感に包まれていた。
しかし、ミケは、すぐにそのつぶらな瞳に強い光を宿してグッと顔を上げた。
「仕方がないニャね。こうなったら、病院まで走って行くニャ!」
「え? 走っ? え?」
「ニャハッ! 今日は大会を失格になっちゃって筋肉を動かし足りなかったから、ちょうどいいニャよ!」
ミケは背負っていたバックパックから、なぜか持っていた荷造り用のビニール紐を取り出すと、いつも持ち歩いている100kgのバーベル二つを素早く紐の先端に結びつけ、残った紐を自分のバキバキに割れた腹に巻きつけた。
「……い、いや、ちょ、ちょっと待って! ぼ、僕は、頭脳労働専門で、主に室内でネットサーフィンしながら自宅警備する毎日で、だ、だから、正直体力にはあんまり自信が……」
「だーいじょうぶニャよー! 僕がバッチリフォローしてあげるニャから、ハーレーダビッドソンに乗った気持ちでいるニャ!」
「ニャハッ! ほら、手を出すニャ!」
「……う、うん……」
ミケに爽やかなジェントルマンスマイルでサッと前脚を差し出され、生まれてこの方ほぼほぼぼっち生活だったジミーは、モジモジしながらソロソロと前脚を重ねたが……
その瞬間、ミケにグッと物凄い力で握りしめられていた。
「いくニャよー……よーい、ドンニャッ!!」
「……ぶおぇっ!?……」
ジミーの手を掴んだミケは、猛然と走り出していた。
ゴン、ゴゴン、ゴン、と、100kgのバーベル二つが、重い音を立てて地面にバウンドし、バーベルより遥かに軽いジミーの身体は、完全に宙を舞っていた。
身体にくくりつけたバーベル二つを引きずりながら、ジミーの手を引いて時速60kmで爆走するミケの姿は、その様子を目撃した人々に、ハネムーンに行くオープンカーを彷彿とさせたとかさせなかったとか。
「……ぼぼぶ!……ちょ、ちょっと待って! いや、マジで待って、ミケ! 嫌あぁ、浮いてる浮いてる! 僕の身体、浮いてるぅ! ブランブランしてるぅ! ミケ、マジ大型バイクぅー!……」
「……ぶぶぶ、ぶぶ!……ふ、風圧凄い! ほっぺの肉がブルブルするぅ!……ハッ! そうだ! 時速60kmで走る車の窓から手を伸ばすと、その手に感じる風圧はおっぱいを揉んだ時のような感触だって聞いた事が……って、無理ー! これ、無理ー! そんな余裕全然ないよー! エア眼鏡が飛ばされるぅー!……ぶべべべべべ!……」
ジミーは、喋ろうとするたび口の中に入ってくる大量の空気により、ハムスターのようにほっぺたを膨らませる事になった。
一方、一度走り出したミケはすっかりゾーンに入ってしまった様子で、そんなジミーの叫びが全く耳に入っておらず、「ニャハッ! ニャハッ! ニャハッ! ニャハッ!」と規則正しい掛け声と共に鋭く腕を振り上げ、黙々と走り続けた。
こうして、バスと電車を乗り継いでも余裕で一時間はかかる所を、最短の直線距離を行った事もあって、わずか三十分で目的の病院にたどり着いたミケとジミーだった。
もっともその後、ジミーが目を回して倒れ込んでしまい、復活するまで三十分以上かかったので、合計ではあまり変わらない結果となったのだったが。