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#7 僕にいい考えがある!


(……うーん、困ったニャンねぇ。どうしたらいいかニャー?……)


 引き続き地面にへたりこんだままワンワン泣き続けているジミーを前に、ミケは、筋肉ムキムキの腕を胸の前で組み、愛くるしい子猫の顔を渋い表情に歪めて、しばらく考え込んでいた。


 ジミーと名乗った子猫について思考を巡らせるミケ。


 ……いかにも盗撮したっぽい写真を大量に所持していた事……

 ……恋人だとか言っているくせに、マリリンという女性の病状を具体的に全く知らない事……

 ……見た目が地味な事……運動嫌いのひょろガリである事……インテリ眼鏡キャラを気取っているが、実際はエセインテリエア眼鏡キャラである事……引きこもり陰キャぼっちで性格も頭も悪い事……

 ……後、とにかく筋肉が地味な事……


 そういった様々な要素が、脳筋と思われがちなミケの見かけによらず聡明な頭脳の中で複雑に絡みあい、ピカピカピカーン! と一つの推理を導き出していた。


(……うん! たぶん、この子猫、ただのストーカーだと思うニャー!……)


(……こういう不審者には関わらない方がいいニャね。パパとママも「怪しい人についていっちゃダメよ!」っていつも言ってるしニャ。……)


(……でもニャー、マリリンって人が重い病気だっていうのは、気のなるニャねー。本当だったら、無視するのは心が痛むニャンねー。……)


 100%善意で動いているぐう聖人のミケは、コクリとうなずいて心を決めた。


「ニャハッ! 分かったニャ! 君と一緒にそのマリリンって人の居る病院に行くニャよ。」

「ホ、ホントか、ミケぇ! やっぱ、お前は友達だよ! 正直ムカツク嫌なヤツで、僕の中の『滅んでほしい猫リスト』第三位に堂々ランクインしてるけど、それでも、お前は僕の大切な親友だよ! 心の友と書いて『心友』だぜ!」

「……一気にやる気が失せるニャンねぇ。……」


「でも、僕が君と一緒に病院に行ったところで、特に何も出来ないニャよ? 僕は、ただの『筋肉ムキムキの可愛い子猫』で、お医者さんじゃないニャ。」

「そ、そんなの僕だってそうだっての! 僕はこの通り……眼鏡クイッ……ワールドワイドに頭がいい子猫だけどな、さすがに手術は出来ない。そういう専門的な事は医者の仕事だ。……だが、僕には秘策があーる!……眼鏡クイクイッ!」

「秘策ニャか?」


 ジミーは、グイと胸を張り、エア眼鏡を盛んにクイクイクイクイやりながら、陰キャコミュ障オタク特有の早口でまくし立てた。


「いいか、僕達がやらなきゃいけないのは、マリリンを勇気づける事だ。彼女が手術を受ける勇気を出してくれたら、後は医者に任せればいい。」


「じゃあ、どうやってマリリンを勇気づけるかって言うと……そこで、ミケ、お前の出番だ!」

「僕の出番? 僕は一体何をしたらいいニャか?」

「お前がマリリンの前で僕に襲いかかるんだよ! いわゆる暴漢ってヤツだ。」


「ミケ、お前は、こう、『キエェェー!』みたいな、『ウッヒャヒャヒャヒャーッ!』みたいな、見るからにヤバイヤツって感じで奇声を上げて、足取りはフラフラ、目はギョロギョロ、よだれをダラダラ垂らしながら、僕に近づいてくるんだよ。そんでもって、いきなり僕に襲いかかってくる。そうだな、僕を襲う理由は、僕が『イケメンでカッコ良過ぎて嫉妬に狂ったニャ!』とか、『世の中の全てが許せないニャ! 滅べニャー!』とかにしとくか。とにかく、イカレてればイカレてるほどいい!」


 ジミーはミケの前で、シャーッと両腕を挙げ、足をフラフラ、目をギョロギョロ、よだれをダラダラさせて、不審者の演技指導をしたが……

 その姿は、まさに不審者そのもので、ミケは圧倒されてゴクリとツバを飲み込んでいた。


「……ぼ、僕にそんな演技が出来るとは、とても思えないニャー……」

「出来るとか出来ないとかじゃねぇ! やるんだよ! お前がやらなきゃマリリンが死んじゃうんだぞ! やるしかねぇんだよ!」

「……う、うう……」

「いいか、ミケ! 病院に着いたら、お前は、マリリンが見ている前で僕に襲いかかる。ここまでオーケーだな?」


「あ、でも、手加減はしろよ? お前に本気で殴られたら、繊細な僕じゃあマジで重傷を負いかねないからな! メチャクチャ手加減しろ! 咲き始めたバラの花に触れるように、ふんわりと羽毛布団のごときソフトタッチで頼むぜ。ここポイント、テストに出ます!……眼鏡クイッ!」


「んで、お前が襲いかかってきたら、僕が、こう『トウッ!』とカッコ良くポーズを決める! そしたら、お前はいい感じにやられて吹っ飛ぶ。」


「……そうだな。僕に倒されたって事が良く分かるように、『やーらーれーたーニャー!』と自分で自分の状況を大袈裟に叫びながら、ゴロン、ドン、バン、グシャッて感じで、10メートル以上は吹っ飛べ! その時、両手の指は、必ず、こう! 親指と小指だけピンと立てて、後は握り込む。この形を両手とも頭の横辺りでしっかり決める事!……まあ、『ちゅどーん!』という効果音と共に謎の爆発で空高く吹っ飛ぶという古典的なオチも捨て難いが、今回はリアル感を大事にしたいから、そっちの案はなしでいくぜ。」


「まあ、とにかく、出来る限りみじめに情けなく頼むぜ、親友! うっかりドブに片足を突っ込んだり、道端の犬のフンを踏んづけたりする演出を挟むと、モアベターだ! 少なくとも、地面を転がり回って泥だらけになれ! 完璧な演技のためには、子猫としてのプライドやアイデンティティーは邪魔なだけだ、全てを捨て去れ! そして、ダメでみっともない本当の自分をさらけ出すんだ!」


「ミケ! お前がダサければダサいほど、みっともなく地に這いつくばれば這いつくばるほど、お前を成敗した僕のカッコ良さがマリリンの前で輝くってもんだ! いいか、分かったな、ミケぇ! 絶対に僕の言う通りにしろよぅ! 裏切ったら承知しねぇからなぁ! ああん?……眼鏡クイクイッ!」

「……とても人にものを頼む態度じゃないニャンねぇ。……」


 ミケはジミーの話の冗長さと退屈さに、いつも持ち歩いている100kgのバーベルを頭の上で指一本でクルクル回しながら、可愛らしいつぶらな目を嫌そうにしかめた。


「……君、美人の前でいい所見せたいだけなんニャないのかニャ?」

「バッ!……ち、ちっげーよ、バカッ! 僕は本当にマリリンのためを思ってだなぁ!……あ! 眼鏡に汗が! 拭き拭き!」

「じゃあ、君が暴漢の役をやるニャ。そこを僕がいい感じで手加減して倒すニャ。その方が、配役が合ってると思うニャよ?」

「確かに。……じゃねーよ、バーカ! うおっ、危ねっ、うっかり騙されるとこだったぜ! ミケ、お前、マリリンの前でいいカッコして、僕の恋人を誘惑する気だったなぁ! 彼女が凄い美人だからってー! ダメだダメだ、彼女は僕にゾッコンラブなんだからな! 指一本んでも僕のマリリンに触ったら、ポリスメンに突き出してむこう十年は臭い飯食わせてやるぞ! チッ、四六時中いやらしい事ばっかり妄想しやがって、このエロ筋肉だるまが!……眼鏡ギラッ!」

「ボランティア精神にのっとって無償で協力しようとしている僕に対して、本当にひどい言い草ニャねぇ。」


 ミケはジミーの話を聞く内にますます気がすすまなくなっていたが、それに気づいたのか、ジミーは慌てて必死に言い募ってきた。


「ほ、ほら、筋肉ムキムキでいかにも強そうなお前がヒョロガリな僕をぶん投げでも、別に凄くも何ともないだろ?」


「だが、しかしだ! 逆に、僕みたいな繊細でスレンダーな見た目の子猫が、ミケのようなムッキムキボディーのゴロツキをポーンと投げ飛ばしてみろ! マリリンは『え? 嘘? スゴーイ!』ってなる訳だ!……『ジミー、やっぱりあなたは最高よ! 世界一カッコいいわ! 結婚して!』『フッ、もちろんだよ、マイスイート』『あーん、イケメン過ぎてとろけちゃいそう!』『そんな君も、たまらなくセクシーで可愛いよ、ブッチュー!』そうして、二人は、寄り添いながら、ネオンの輝く都会の夜に消えていくのであった……って、おっと、ちょっと話がズレたな。」


「ともかく、僕がお前をやっつける! その様子を見て、マリリンは『ジミーがあんなに頑張ってるんだもん、私も勇気を出して手術を受けるわ!』って、なるんだよ!」


「分かるか? 意外性はインパクトになる! 普通に炊き立てホカホカご飯にタマゴをかけたって、ただの『タマゴかけご飯』で『ふーん』ってなるだけだ。しかし! ここで逆に、割り立てピカピカタマゴにご飯をかけてみろ! 同じ『タマゴかけご飯』でも『え? そんなのあり?』って、みんなビックリするだろう? 逆転の発想だよ! これがかの有名なコロンブスのタマゴかけご飯ってヤツだよ! そう、タマゴかけご飯は最高に美味いんだよ! 醤油をかけるのを忘れるな! ソイソース! これ一本あれば世界のどんな食文化でも生きていける万能調味料だ! 薬味に青ネギを散らすのもいい! 彩りが良くなって、かつ味のアクセントにもなるからな!……眼鏡クイクイッ!」


 ミケは、ジミーの話が、ちょっと目を離すとすぐどこかに行ってしまう三歳児並に脱線しまくるのにすっかり辟易して、ものすごく酸っぱい梅干しを食べた時のようなシワクチャな顔になっていた。

 そして、もうなんだか面倒臭いので全部どうでもいい、という諦めの果ての投げやりな気持ちにもなっていた。


「……分かったニャ。君の言う通りにするニャ。」


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