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#6 最後の一葉が落ちる前に


「ニャハハ。失格になっちゃったニャねー。」


「まあ、仕方ないニャ。いつまでも落ち込んでても筋肉に良くないし、気分切り替えていくニャよー。試合には出られなかったけど、今日はいっぱいいい筋肉が見れたから、いい日だったニャー。ニャハハッ!」


 残念ながら一度も試合に出る事なく失格になったミケだったが、すぐにカラッと立ち直った。

 可愛らしい子猫フェイスに反して内面は爽やかイケメンナイスガイなミケなので、全く引きずったり恨んだりしていなかった。


「帰りの交通費がないから、匍匐前進で帰ろうかニャー。でも、ちょっとお腹が空いたから、その前に何か食べたいニャー。……ん?」


 と、その時、ミケは足元にバケツが置かれているのに気づいた。

 のぞいてみると、水を張った中にエビが二匹泳いでいる。


「なんでこんな所にエビが居るニャ? この辺は人が多いから、誰かが引っ掛かって転んだら危ないニャねー。パパッと片づけておくニャー。」


 ミケはバケツを片づけるついでに、大会施設の料理場をお借りして、エビをボイルし、アボガドと一緒にチーズクリームソースであえて、モリモリ美味しくいただいたのだった。

 そのエビが、大会運営が何かの手違いでうっかり選手登録していた『ブラックタイガー』選手だとは、知るよしもないミケだった。


 実は、その一時間ほど前、『ブラックタイガー』選手は、ジミーによりアヒージョにされて食されていた。

 『ブラックタイガー』選手が忽然と消えた事に驚いた運営が、慌てて代わりの選手エビを用意した際、「またいきなり居なくなると困るから」と予備でもう一匹追加し、二匹になっていたという事情であった。


「ニャハハッ! 美味しいニャねー。僕の筋肉もピクピク震えて喜んでいるニャー。」

「うおぉぉー!! ミケぇーー!!」


 食堂の椅子にピシッと背筋を伸ばして座り、ナプキンを首に巻いて、ナイフとフォークで上品にエビ料理を堪能していたミケに、何かが物凄い勢いで突っ込んできた。

 が、ミケの鍛え抜かれた岩のような肉体にぶち当たると、ボヨーンとあっけなく跳ね飛ばされる。

 一方でミケは、微動だにせずエビを口に運んでいた。


「た、助けてくれ、ミケぇー! もう、僕には、お前しか頼れる相手が居ないんだぁー!」


 ゴロゴロゴロと床を転がり、食堂の端の自動販売機にドーンとぶつかってようやく止まったのは、なんとジミーだった。


「あ、釣り銭の取り忘れがある! ラッキー!……眼鏡キララーン!」


 ジミーは自販機のコイン返却口に誰かが取り忘れていった十円玉があるのを見つけると、エア眼鏡を今日一喜びに輝かせてシュバッと高速で自分のポケットに突っ込んでから、改めてミケに向き直った。

 ちょうどエビとアボガドのクリームチーズソースあえを食べ終えた所だったミケは、首にしていたナプキンを外し、口元を綺麗に拭いながら、ジミーをジッと見つめて言った。


「え? 誰?」

「もうぅぅー! 親友の顔を忘れてんじゃねぇぞ、ゴラぁ、ミケぇー!」

「親友?」

「そう、親友、いや、心の友と書いて『心友』だろうが、僕達はぁー!」

「悪いんニャけど、僕には君のような親友、って言うか、友達は居ないニャー。君には一度も会った事ないニャよー?」

「今日! ついさっき! 会っただろうが! あの運命的な出会いを忘れたって言うのかよ、テメぇー!」

「ああ、ニャるほどニャるほど、ついさっき会ったばっかりの人だったのニャね?」


 会ったばかりのはずなのに当然のように「心友」呼ばわりしてくるジミーの異常な距離の詰め方に内心ちょっと警戒しながらも、ミケは紳士的にジミーの話に耳を傾けた。


「だから、お前がクルッと振り返ったら、その時振り回した腕が、パーン!って! こう、思いっきりパーン!って! それで、僕がゴロゴロゴローッて! そんでもって、ドカーン!ってさぁ!」

「フムフムニャー。」


 ジミーは身振り手振りをまじえつつ、つい先程あったミケとの「運命の出会い」を一生懸命説明し、ミケもウンウンうなずいて聞いていたが……


「ごめんニャ。全然思い出せないニャ。本当にそんな事あったのかニャ?」

「んもううぅぅー!! なんでだよぅーー!!」

「うーん、もうちょっと覚えやすい筋肉だったら良かったんだけどニャー。君の筋肉はこれといった特徴がないニャねー。」

「覚えやすい筋肉ってなんだよ! ホーリーシーーット!……眼鏡バリーン!」


 ミケにより、ジミーはただの地味で特徴のない子猫なだけでなく、その筋肉さえも特徴がないという衝撃の事実が明らかになった。

 ジミーは大いに憤慨して、エア眼鏡を地面に叩きつけて粉々に割るという暴挙に出たが、やがて気を取り直して、本日三本目のエア眼鏡をポケットから取り出し、「スチャッ」と口で言いながら顔に装着した。


「ま、まあ、いい。ぶっちゃけメチャクチャ腹が立ってるが、今はそれどころじゃねぇんだよ! もう時間がない! 僕と一緒に来てくれ、ミケ!……眼鏡クイッ!」

「え?……ぼ、僕は、まだ子猫だから、知らない人についていっちゃいけないって、パパとママに言われてるニャー。」

「おまっ、そんな筋肉ムッキムキの体つきで、何今更子猫ムーブかましてんだよ! 後、僕はお前の親友だって、何度も言ってんだろ!……眼鏡クイクイッ!」

「……う、うーん……」


 微妙な表情で腕組みをしているミケに、ジミーは当社比2.5倍の身振り手振りをまじえて、足りない語彙力と表現力を必死に補いつつ語りかけた。


「ぼ、僕だって、本当はお前なんか頼りたくないんだよ!」

「あ、そうなのニャ? じゃあ、バイバーイニャー……」

「待てぇ!! 待て待て待てぇ、ゴラぁ! その手は二度と桑名の焼きハマグリだっつーの!……まあ、とにかく俺の話を聞けぇ!」


「いいか、僕にはどうしても助けたい人が居るんだ!……えっと、写真写真……ほら、これぇ! マリリンって言うんだよ! 凄い美人だろ!……あ、いや、待てよ、こっち写真の方が良く撮れてるかな? いや、やっぱりこっち、いや、こっちの方が……」

「……」

「あ、写真に指紋つけんなよ! 僕のお宝なんだからなぁ!」


 ジミーはポケットから次々写真を取り出して、ミケに手渡してきた。

 それらの写真は、太陽光や天気の様子から、日時は違いそうだったが、どれもどこかの高台から超望遠レンズで撮られた全く同じアングルの写真だったため、ミケはプリティーフェイスの眉間にムムッとシワを寄せていた。

 白い建物の窓越しに、ベッドに横たわっている女性が写っていた。


「確かにとっても綺麗な人ニャね。……これは、どこかの病院なのかニャ?」

「そう! マリリンはとっても重い病気なんだよ! でも、現代の高度な医療をもって手術をすれば必ず助かる! ところがだ、彼女はその手術をする勇気がどうしても出ないんだ!」

「そ、それは大変ニャねぇ。一体なんて言う病気なのかニャ?」

「さあ? そんなの僕が知る訳ないだろう? お前には僕が医者に見えるのか? あん?……眼鏡クイッ……まあ、確かに、僕は天才的な頭脳を持っていて、周りから『国家の至宝』と評されているからな。お前みたいな凡人には、僕が雲の上の偉人に見えるのも無理はない。……眼鏡クイクイッ……でも、世界は広い。この僕にだって分からない事はまだまだたくさんあるんだよ。」

「ああ、要するに、何も知らないニャね。……それで、このマリリンさんとは、君はどんな関係なのかニャ?」

「マ、マリリンは……そ、そのぅ、僕の初恋の人と言うか、恋人と言うか、未来のワイフと言うか……あ、違うな! 僕の初恋は、幼稚園のヒマワリ組の担任のデイジー先生だったっけな。こう、ボン、キュ、ボン、のセクシーレディーで、今よりももっと子猫だった僕も、その悩殺ボディーに一瞬でメロメロになったんだよ。でも、デイジー先生は、僕が年長さんの時やって来た新任の保育士の男にコロッといって、結婚退職しちまったんだ! しかもデキ婚! 今よりもっと子猫だったピュアな僕のハートは、ボロ雑巾のようにズタズタに傷ついたんだ! クソッ! 滅べイケメン!」

「……うーん、本当かニャー?」

「はあ? 本当に決まってんだろ! デイジー先生のバストは、僕のこの魔眼の力で見抜いたステータスによると、Eカップは下らなかったよ!」

「いや、僕が言ってるのはそこじゃないのニャ。この写真のマリリンさんは本当に君の……まあ、いいニャ。」


 いろいろ追求するとジミーがまたうるさそうだったので、ミケは話を切ると共に、ジミーに渡されていた写真を返した。


「と、とにかく、マリリンが大変なんだよぅ! 助けてくれよぅ、ミケぇ!」


「タイムリミットは、彼女の病室の外のカエデの木の葉が全て落ち切るまでなんだ! その葉っぱももう一枚しか残ってなくってさぁ! あの最後の一枚が落ちたら、マリリンは、僕のマリリンはぁ!……う、うわあぁぁーーん!」


 もはや身振り手振りと言うより、下手なロボットダンスのようにジタバタジタバタ手足を動かした後、ジミーはドッと地面に倒れ伏し堰を切ったようにワンワン泣き出していた。

 ジミーの泣きっぷりは凄まじく、周囲の地面には彼の流した涙により小さな水溜まりが出来て蟻が溺れるほどだった。


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