#5 勝負には意外な結末が待っていた
しかし、当然と言えば当然だが……
ジミーの妨害工作は全く効果がなかった。
ジミーはあっさり一回戦で敗退した。
試合開始のゴング直後、対戦相手のアッパーがジミーのアゴにクリーンヒット、ジミーは快晴の空高く舞い上がった後、ヒュルルルーッと落ちてきて、ドゴォッ! とリングの外の地面に頭から突き刺さった。
その時、電光掲示板は、なんと0.3秒を示していた。
こうして、圧倒的な力の差により一瞬で決着のついたジミーの試合は、なんの盛り上がりもないまま終了し、観客はその後0.03秒で、その試合内容と共にジミーの存在を脳内から「要らん記憶」として消去したのだった。
「くそうっ!」
地面に頭から突き刺さって窒息寸前の所を、運営のアルバイト君達に引っこ抜かれて事無きを得たジミーは、地面を拳で叩きながら悔し涙を落とした。
「僕の大事なエア眼鏡が割れちゃったじゃないかよ! どうしたらいいんだ! このままじゃ、必死に築き上げてきた僕の『インテリ眼鏡キャラ』が崩壊してしまう!」
「……こんな、こんな壊れた眼鏡なんて、もう要らない! てぇい!」
ジミーは大きく振りかぶって何かを投げる仕草をした後、ポケットをゴソゴソと探り、「スチャッ」と口で言いながら新たなエア眼鏡を顔に装着したのだった。
「フッフッフッ! 実は眼鏡はまだまだあるのだよ!……眼鏡クイッ!」
そりゃあ、エア眼鏡なので、ジミーが望む限りいくらでもどこからか湧いてくるに決まっていた。
ついでに言うなら、ジミーは正確には「インテリ眼鏡キャラ」ではなく「エセインテリエア眼鏡キャラ」である。
「フー、やれやれ、負けてしまったか。……しかし、何も問題はない。ここまでは僕の予想の範疇だ。」
「僕は弱かった。だから、負けた。至極当然の論理の帰結だ。……フフフ、フハハハハ、ハーッハッハッハッハッ!」
ジミーは、装着したばかりのニューエア眼鏡を一旦外して、エアハンカチで拭き拭きしながら悟ったような顔でひとりごちていたが、実はその手はブルブル震えていた。
そして、そんなジミーの強がりが崩壊するのに、一分とかからなかった。
「うわあぁぁーーん! どうしよう、負けちゃったよぅー! 誰か助けてぇー! お母ちゃーん!」
地面にへたりこみ、ゴルフボール大の大粒の涙をボロボロ零しながら泣き続けるジミー。
引きこもり陰キャぼっちで頭も性格も悪いジミーだが、やはりまだまだ子猫のなのである。
ちなみにその頃、彼の母親は、息子がどこかで号泣している事など全く知らず、家事の合間におせんべいを齧り午後のワイドショーに夢中になっていた。
「あらあらー、こんなに若くて綺麗な女優さんなのに、不倫しちゃったのー? まあ、大変ねぇ、あらあらあらー。」
□
そんなジミーをよそに、『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』は着々と進行した。
一日中快晴というお天気に恵まれ、手抜き&突貫工事で出来上がった屋根のないリングも観客席も問題なく機能していた。
大会運営が、「雨天順延だから、みんなで買って晴天祈願してね」と売り出した、大会公式マーク入り、期間限定、数量限定、プレミアム価格のてるてる坊主のおかげかどうかは定かではない。
強者が順調に勝ち上がってきた大会後半は、リングサイドの観客数はますます膨れ上がり、大いに盛り上がった。
まずは、西の王者「ヒョットシテ・レオン」が、その子猫とは思えぬ巨体で暴れ狂った。
「え? ね、猫?……ライオン、じゃない?」
「デケェー! でも、可愛いー!」
次に、東の王者「ビョウブ・ノ・トラー」が、しなやかに黄色と黒の身体でリング上を疾走した。
「まさに絵に描いたような、虎ー!」
「こっちもデケェー! もう、ネコ科ならなんでも可愛いー!」
この西と東の王者の一騎打ちになると思われたが、なんと予想に反して優勝をさらったのは、ノーマークのダークホース、ならぬ、ダークウルフ「ロンリー・ハーレム・ウルフ」だった。
「強ぇぇー! カッケェー!」
「デケェー! もはやネコ科でもなんでもないー! でも、イヌ科も可愛いー!」
「一匹狼がハーレム作ってんじゃねーぞ、ゴラァ!」
大番狂わせの「ロンリー・ハーレム・ウルフ」の優勝に、さすがに観客からちょいちょい苦情が出た。
これを受けて、大会本部は……
「事態を深刻に受け止め、慎重に協議いたします」
との声明を発表。
その三分後に……
「盛り上がったので、良し」
との回答を出した。
それを聞いた観客達は「まあ、確かに」と納得して、公式ショップで記念にお土産をたんまり買って帰路についたのだった。
こうして『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』第二百二十二回目の大会は、大盛況の内の幕を閉じたのだったが……
□
ところで、ミケはと言うと……
少し時間はさかのぼって、まだトーナメント戦の第一回戦が行われていた時の事。
「ミケさん、残念ですが、『失格』です。」
「え?」
ミケは、ごく当たり前のように両手に持って歩いていたバーベルを、思わず取り落としていた。
ドスンドスン、と重い音を立てて100kgのバーベルが二つ、地面にめり込む。
「僕、何かやっちゃいましたかニャ?」
「……んん! 可愛いっ!……」
コテンと首をかしげて、つぶらな瞳でジッと見つめるミケに、運営スタッフの女性は思わず身をよじってうなったが、必死に背を正してキリッと表情を整えた。
「申し訳ないんですが、開会式でお伝えした通り、当大会にはルールがいくつかございまして、ミケさんはそのルールに違反しています。」
「大会に参加する選手の皆さんは、公平を期すため、全ての試合が終わるまで会場の敷地内を出てはいけないという決まりだったのですが、ミケさんはつい先程までどこかに行ってしまっていましたよね?」
「あ! そう言えば、そんな事言われた気がするニャけど、すっかり忘れてたニャー。……」
ミケは、鍛えた筋肉が岩のように盛り上がっている肩をガックリと落としてシュンとしょげた。
会場にリングは一つきり、トーナメント制の試合形式だったため、自分の順番が回ってくるまでかなり時間がかかる事を予想したミケは、待ち時間に更なる筋肉のビルドアップを目指そうと、さっさと会場を後にし、郊外の森までランニングで向かった。
そして、腕立て、腹筋、スクワット、それぞれ500回といういつものノルマをサラッとこなして、再びランニングで大会会場に帰ってきたのだったが……
そこを運営スタッフのお姉さんに見つかって注意を受けてしまったのだった。
ちなみに、ジミーも何回も大会会場を出入りしていたのだが、あまりにも地味で目立たなかったため、スタッフは誰も気づいていなかった。
運営スタッフの女性は、落ち込んでいるミケに同情しつつも、毅然とした態度で言った。
「私どもといたしましても、ミケさんを失格にしなければならないのは、本当に残念に思います。しかし、やはり大会の結果は厳正で公平なものでなくてはいけませんので、今回はどうかご理解下さい。」
「そうニャねぇ、ルールを守るのはとっても大事な事だと僕も思うニャよ。そのルールをコロッと忘れてしまっていたのは、僕の落ち度ニャから、失格処分になるのは仕方のない事ニャね。こちらこそ、本当にごめんなさいニャ。」
「いえいえ、ミケさんが話の分かる方で良かったです。」
ミケはスタッフの説明に終始真剣に耳を傾けたのち、クキッと綺麗な45度の角度で頭を下げて極めて紳士的に謝罪した。
が、その時ちょうど、リング上では、ミケが失格になった事で「やったー! 不戦勝だぜー!」と喜んでいた子猫の試合が引き続き始まり……
子猫は、開始早々どう見ても狼の子供である「ロンリー・ハーレム・ウルフ」にブウンと強烈な右フックを食らって吹っ飛んでいた。
「……」
「……」
そんな様子を、ミケとミケに失格を言い渡した女性スタッフはしばらく真顔かつ無言で見つめていた。
「……本当にルールは大事ニャねー。」
「……え、ええ、そうですね。」