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#4 君のためなら僕はなんでもする


「……チッ!……本当は男になんて、僕の名前を教えたくないんだけどな。ってか、世界中の男は僕をのぞいて全員滅べ!……まあ、どうしてもって言うなら、教えてやってもいいぜ。……眼鏡クイッ……」


「……チッ!……僕は『ジミー』だ。……眼鏡クイクイッ……」

「……『チ・ジミー・メガネクイー』? 変わった名前だニャー。」

「ちっげーよ、バカッ! 僕の名前は『ジミー』だっつってんだろ!」


 舌打ちとエア眼鏡をクイクイさせるのを混ぜながら自己紹介したせいで、間違えようもないはずの単純な名前をミケに見事間違えられるジミーだった。


 ジミーの態度は、女性と男性では180度変わる。

 女性の中でも、可愛くて美人な子に対してと、そこそこな子に対してではコロッと変わる。

 男性相手でも、強そうなヤツと割とそうでもないヤツでは全然違う。

 時に媚び、時にイキり、時に卑屈に、時に威張り散らす……相手に対してコロコロ態度を変える裏表の激しいヤツ、それがジミーである。

 ちなみに、ジミーが最高潮にイキるのは、「うっせぇ、ババア!」と自分の部屋を掃除しに来た母親に対して怒鳴っている時であった。


 そんなジミーにとって、筋肉ムキムキなのに子猫特有のプリティーさを合わせ持つ個性派で内面イケメンのミケはまごうことなき『敵』だったが……

 一応、自己紹介はしておいた。

 なぜなら、ジミーは友達がゼロだったので、これを機会にミケが「友達になろうニャ!」とか言ってこないかな、という淡い期待があったのだ。


「じゃ、僕は忙しいからもう行くニャ。」

「オイィィ! あっさり去ろうとしてんじゃねぇぞ! 連絡先とか、住所とか、趣味とか好きなスイーツとか、いろいろ教えろ、ゴラァ!」

「バイバーイニャ!」


 こうして、ミケは、自分の事を多く語る事なくジミーの前から爽やかな笑顔で去っていったのだった。

 いつの時代もヒーローはムダな自分語りをしないものなのである。



「……ハァ、ムダな時間を使ってしまった。……眼鏡クイッ……」


 ミケが立ち去った後、ジミーは肩をすくめ大袈裟なほど大きな溜め息をついた。

 遠ざかっていくミケの背中を人込みにまぎれて見えなくなるまで、いや、見えなくなってもなお十分ほど未練がましい目でジミーがジーッと見つめていた事は、ミケは微塵も知らない。


「いろいろとムカツクヤツだったが、僕にも生まれて初めての友達が出来た、ノンノン、親友だな。あんなヤツでも心からの親友だと認めてやらないでもない。そう、僕には親友が出来た! 心の友と書いて心友! それは素晴らしい事だ!」


「しかし、心友と言えど、構っている暇はないのだ!……眼鏡クイクイッ……」


「なぜなら、僕は、愛するマリリンの命を救わなければならないから! 彼女にはもう残された時間は少ない! 一分一秒もムダには出来ないんだ!……ハッ、眼鏡が曇ってしまった! ハー、拭き拭き、ピカーン、スチャッ、と……」


 一分一秒もムダに出来ない状況でも、冷静にエア眼鏡の曇りを気にして息を吹きかけ、エアハンカチで丹念に拭いた後再び顔に装着するジミーだった、もちろん全て擬音を口に出しながら。


 ジミーは「マリリン……」とつぶやき、ズボンのポケットから写真を取り出した。

 それは先ほど見ていた写真……ではなく、ポケットの中に肌身離さず入れていたまた別の写真だった。

 病院のベッドで上半身を起こした女性を、窓の外、遠く離れた丘の上から超望遠レンズで撮影したものである。

 憂いを含んだ美しい横顔と、長い髪を指で掬い耳に掛けているポーズがジミーのお気に入りの一枚であった。

 似たような写真が、ジミーのポケットにはまだ十枚以上入っていた。

 なんなら、ジミーの部屋には同様に盗撮した写真が壁一面に二百枚以上ビッチリ貼られていたりする。

 日に日に増殖していく彼女の写真を、能天気な母親が掃除の際に剥がして捨てようとし、「何してんだ、ババア!」とジミーが激怒したのは、ほんのつい今朝の出来事だった。


「マリリンは、窓から見える木の葉が全部落ち切ったら、心が弱って死んでしまうんだ! ああ、心配だ!」


 彼女を知った三日前から、何度か勝手に病院の敷地内に侵入し木の葉を接着剤で固定してきたが、それでもジミーの不安は拭えなかった。

 また、ジミーの心配はそれだけではなかった。

 彼女の姿を確認しようと入り込んだ病院の庭で、通りかかった女性の看護師達が噂しているのを聞いたのだ。


「ここ何日か、病院の中で不審者が目撃されてるらしいわよ。怖いわよね!」

「私もチラッと見かけたわ! キジトラの子猫っぽかったけど……でも、これと言った特徴がないどこにでも居る感じの見た目だったから、どこの誰か全然分かんなくって。」


 女性の看護師達は、「嫌ぁね!」「気をつけなくっちゃ!」と恐怖に青ざめた顔で立ち去っていったが、それを植木の影に隠れて盗み聞いていたジミーは、内心大いに憤慨したのだった。


(……本当にもっと気をつけろよなぁ! 僕の大事なマリリンに何かあったらどうしてくれるんだよ! どうなってんだ、この病院の警備は! ザルか? ザルなのか?……)


(……ったく、どこの誰だよ、その不審者ってのはぁ!……)


 どう考えてもジミーであった。



「よし! 計画をすみやかに実行するぞ!……眼鏡クイーッ!」


 ここで、ジミーの目的を確認しておこう。

 まず、ジミーは、病気の美女を助けるために、彼女に手術に踏み切る勇気を与えるべく、この『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』で優勝していい所をバッチリ見せたかった。

 ところが、参加者は強そうな者ばかり。

 日がな一日自分の部屋にこもって、ゲームしたり、アニメ見たり、SNSで匿名で煽り合戦ばかりしているヒョロガリなジミーには、このままでは勝機はない。

 そこで……


「レッツ妨害工作! 大会を勝ち上がってきそうな強い選手を邪魔して邪魔して邪魔しまくってやるぞ! オー!」


「待っててくれ、マリリン! 僕は君を助けるためには、どんな事だってしてみせるよ! そして、絶対に君と結婚するんだー!」


 『目的は手段を正当化しない』とは良く言われる事だが、ジミーに至っては、そもそもその目的や動機自体が怪しかった。



 ともかくも、ジミーは全力で妨害工作に走った。


 まずは、猫の大好きなマタタビをありとあらゆる所にしかけた。

 ラーメン屋のコショウと入れ替えてみたり、野球のピッチャーがボールを投げる前にポンポンやっている白い粉と交換してみたり、グラウンドのラインを石灰ではなくマタタビで引いてみたり……

 更には、ちょっとおしゃれなサッシュを作って、「こちら、試供品でーす」と言いながら、カゴを片手に配って回ってみたりもした。


「……よ、よひ! これだけ、会場がまひゃひゃびまみれなら、きっろ選手達は、酔っぱらってへろへろになるはずだじぇ! ウィーック!……め、眼鏡、くいーん……」


 次に、ジミーは、筋肉愛好家達が「使うと幸せになる魔法の粉」と呼んであがめたてまつっているプロテインに目をつけた。


「フッ! この程度で『幸せの粉』とは笑わせる。僕がお前達に本当の天国を見せてやるぜ!」


 ジミーは、大量に仕入れた国民的銘菓『ハッピー○ーン』を一つずつ丁寧にハケで払い『ハッピーパウダー』を採取すると、選手達のプロテインと全てすり替えた。


「ハーッハッハーッ! まだまだいくぜー! オラー!」


 ジミーは、裸足で踏むととても痛いレ○ブロックを会場にぶちまけ……

 行き過ぎた前衛アートなピクトグラムをトイレの入り口に掛けて、男子トイレと女子トイレを見分けにくくした。


「ヨッシャー! これで仕上げだー!」


 最後に、茂みの中にこもって何かゴソゴソしていたかと思うと、口元を黒いバンダナで覆い、両手に持ったスプレー缶をカラカラ振りながら飛び出してきた。

 そして、会場のドアというドアのちょうつがいに、一つ残らず油を差して回ったのだった。


「フウ。バッチリだな。これで、僕の優勝は間違いない!……眼鏡クイッ!」


 大仕事をやり切った顔でジミーが口元を隠していたバンダナを外していると、ふと足元にバケツがポツンと一つ置かれているのが目に入った。


「誰だ、こんな所にバケツを置いたのは? 通りかかった子猫が突っかかったら危ないだろうが。チッ! しょうがないな、片づけてやるか。」


 ジミーがバケツの中をのぞくと、水の中に一匹のエビが入っていた。


「ん? なんでこんな所にエビが?……まあ、いいや、それより腹減ったなぁ。なんか食べよう。」


 ジミーはバケツを片づけるついでに、大会施設の調理場をお借りし、先程のエビをニンニクをきかせたオリーブオイルでジュワッと炒めて美味しく食した。


「うんまーい!……眼鏡キラキラキラーン!」


 ちなみに、そのエビこそが、運営の手違いで大会に選手登録されていた『ブラックタイガー』である事に、当然ながらジミーはこれっぽっちも気づいていなかった。


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