#3 そして二人は出会った
「大会で優勝するためには……まずは、情報収集だな。ここは、僕らしくクレバーにいこう。」
ジミーはやって来た『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』の会場で、エア眼鏡をクイクイさせながらキラーンと不敵に目を光らせていた。
「有名な言葉もあるからな。そう、あの有名な、ものすごく有名で誰でも知っているあれだ。あれだよ、あれ。……えーっと、なんだっけっかな?」
「そう!……『敵の下着の色を知り、自分も面白い下着を履けば、絶対勝てる』とかなんとか。うん、大体合ってるな。」
といった訳で、ジミーはさっそく大会の公式パンフレットを穴が空くほど読みふけった。
「税込み五千円の出費は正直痛かったけど、これも将来僕のワイフとなる彼女のため! 僕は君のためならなんでもするよ!」
わら半紙をホッチキスで止めただけのぼったくり価格のパンフレットは、実際紙の質が粗悪過ぎたためジミーが握りしめると文字通り穴が空きそうになっていた。
「……うーん、マズイな。強そうな名前がいっぱいだ。どんな子猫かは知らないが、名前を見ただけで背中の毛がゾワゾワ逆立ってくるよ。……特にこの『ブラックタイガー』って選手は超ヤバそうだ。」
繰り返すが、運営の手違いでうっかり登録されただけの、ただのエビである。
そんな事は露も知らないジミーは、作戦を練る事にした。
「まず、僕は全然筋肉がない。いわゆるヒョロガリだ。後、筋トレなんか大嫌いで死んでもやりたくない。」
なぜ『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』に出ようと思ったのか。
「そして、この選手名簿を見る限り、他の参加者は強敵ぞろいだ。一対一の勝ち抜き戦で、僕が優勝するのは……どこからかギャルのパンティーが降ってきてフワリと僕の頭に乗るぐらい可能性が低い。」
「しかし、僕はこの大会でどうしても勝たなきゃいけない。そのためには……」
「他の選手を妨害するしか手がなさそうだな!……眼鏡クイッ!……」
ジミーは、残念ながら、頭も性格も悪かった。
「いや、待て待て! 妨害工作する事で、失格処分になったら元も子もないじゃないか!……ええと、パンフレットにはなんて書いてあるんだろう? 良く読んでおかないと!」
「なになに、まず……『妨害行為はルール違反です。スポーツマンシップに乗っ取りフェアに戦いましょう』……なるほど、もっともだな。素晴らしい理念だ。」
「次に……『ルールに違反すると、失格になります』……まあ、当然だな。さすがは、運営が腐り切ってはいても世界大会だ。……という事は、結論として……」
「『妨害工作はオッケー』だな! よし!……眼鏡クイクイッ!……」
ジミーは「A=B」かつ「B=C」なら「A=C」である事が理解出来ていなかった。
ジミーは、残念ながら、頭も性格も悪かった。(本日二度目)
ジミーは、ズボンのポケットから病院に入院している例の美しい女性の写真を取り出してジッと見つめた。
写真の写りがあまり良くないのは、ジミーのカメラの腕が悪いのと、超望遠レンズで盗撮したためである。
「ああ、マリリン、僕の天使! マイエンジェル!」
ジミーの目には、女性の背中にあるはずのない純白の羽根が見えていた。
更には、その向こうに、リンゴーンとベルを鳴らす教会が……
その教会で、ライスシャワーを浴びながら結婚式を挙げる自分と彼女の幸せそうな姿が……
ハネムーンベイビーを授かり大きくなった彼女のお腹を撫でる光景が……
無事子供が産まれ(中略)大学を卒業し……
二人きりに戻ったジミーと彼女は(中略)お互いを「お爺さんや」「お婆さんや」と呼びながら、縁側で梅こぶ茶を飲んで……
「……フフ、フフフ……君に出会えて、僕の人生は最高に幸せだったよ……グエッフ!!」
と、その時、ジミーの壮大な妄想は、パーン! という衝撃音と共に弾け飛び、同時にジミーも5m以上ゴロンゴロンゴロンと転がっていった。
「おっと、ごめんニャ。こんな所に誰か居るなんて、全然気づかなかったニャ。」
壁にバーン! とぶち当たってようやく止まったジミーの目に映ったのは、筋肉ムッキムッキの身体に、愛くるしい子猫の顔を持つ、三毛猫のミケだった。
□
その少し前、無事大会にエントリーを済ませたミケは、さっそくリングの上で始まった死闘を夢中で観戦していた。
選手その一が毒霧を吹き、選手その二がブーメランパンツの中からコブラを取り出すという泥試合に、観客は大いに沸いていた。
「う、ううーん、なんて凄い試合なんだニャ! どっちの選手の筋肉も、本当に強くしなやかで素晴らしいニャ!」
筋肉しか見ていないミケは、感動で上腕二頭筋をプルプル震わせていた。
「僕もこうしちゃいられないのニャ! 自分の試合までに少しでも筋肉を鍛えておきたいニャ!」
「えっと、僕の出番は、まだまだ先ニャから、どこか身体を動かせそうな所を探してだニャー……」
わら半紙をホッチキスでとめただけの大会公式パンフレット(税込み五千円)を見ながらクルッと振り返った所で、ミケは空いていた片手に何かがぶつかったのに気づいた。
軽く振っただけだったが、ぶつかった何かは、パーン! と小気味いい音を立てて吹っ飛び、ゴロンゴロンと5m以上吹っ飛んでから、壁にドーン! と激突して止まった。
「おっと、ごめんニャ。こんな所に誰か居るなんて、全然気づかなかったニャ。」
縞模様のボーリングの球かと思ったら子猫だったので、ミケは慌てて駆けつけ、紳士的にサッと前脚を差し出した。
ミケはクールなナイスガイなのである、子猫だからまだまだプリティーではあるが。
「……お、お前、いきなりぶつかってくるなんて、なんて失礼なヤツだ! 僕が骨折でもしたらどうしてくれるんだ?って言うか、折れたー! ハイ、これ、骨折れたー! 痛い痛い痛い痛いー! 謝罪しろー! 治療費払えー!」
当たり屋よろしく大袈裟に騒ぎ立てていたジミーだったが、ハッとなって慌ててポフポフと前脚で地面を叩いた。
「ぼ、僕の眼鏡はどこだ? 眼鏡眼鏡?……あ、そうだった! 頭の上に乗せてたったんだっけ! 僕ってば、おっちょこちょいさん、テヘペロ!」
こんな時でもエア眼鏡で「眼鏡眼鏡」芸を挟むのを忘れないジミーだった。
「スチャッ」と口で効果音を言いながらエア眼鏡を顔に装着したジミーは、まだ地面にへたりこんだままの状態で、改めてミケに向き直った。
「だ、誰だよ、お前? ムダに筋肉ムキムキな身体しやがって、暑苦しいんだよ!」
「ニャハッ! 僕は『ミケ』ニャ! 自分の筋肉と、自分の可愛さと、あと美味しい御飯を愛する子猫ニャ。よろしくニャ。」
「……お、お前ぇ……猫だからって、語尾に『ニャ』っとかつければキャラが立つと思ってるのか? バカだろう? お前、バカだろう? そんな事で、女の子にモテると思ったら大間違い……」
と、その時、たまたま二匹の横を通りかかった女子高生の集団が、ミケを見て「キャー!」と黄色い声を上げた。
「何、あの三毛猫の子猫! 超可愛いー!」
「でも、超筋肉ムキムキー! 可愛いとカッコいいのバランスがおかしくって最高ー!」
「今まで見た事ない個性的なキャラだよねー! ってか、三毛猫のオスってすっごいレアじゃなーい? 超目立つー!」
猫耳カチューシャをつけて大会を満喫中の女子高生の集団は、嵐のようにミケを取り囲み……
「可愛い!」「可愛い!」「触っていい?」「モフモフー!」「ムキムキー!」「一緒に写真撮ろー!」とひとしきり騒いだのち、全員ミケと連絡先を交換して去っていった。
「チイィッ!!」
女子高生達が去った後、嫉妬に歪んだ邪悪な顔で盛大な舌打ちをかますジミーだった。
「ニャハッ! ごめんごめん、すっかり忘れてたニャ。そんなとこにいつまでも座ってると通行の邪魔になっちゃうから、とりあえず立った方がいいニャ。手を貸すニャよ。」
「うるっせぇ、この偽善者! ちょっとキャラが立って女の子にモテるからって、いい気になってんじゃねーぞ!」
全身の毛を逆立てながらシャーシャー唸りつつも、差し出されたミケの手を取るジミーだったが……
「フンギャーッ! 痛い痛い痛い! おま、ちょ、バカ、やめろ! ウッソ、握力強っ! ヤバイヤバイ! これ、マジで骨折れるヤツぅー! 嫌あぁ、ミシミシ言ってるぅ! 骨軋んでるうぅー!」
「ニャハッ! 君さっきからちょっと大袈裟ニャねー。僕、そんなに力込めてないニャよー?」
「ギャアァー! だから、やめろってぇー! はーなーせぇー!」
こうして、しばらく辺りにジミーの本気の悲鳴が響き渡ったのだった。
善意100%爽やか笑顔のナイスガイなミケと、陰キャぼっちでひねくれ者のジミーは出会った。
まあ、あまりいい出会いではなかった。