#2 ライバルには悲しい過去がつきもの
「フフン。愚かだな。……この『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』第二百二十二回目の優勝猫となるのは、この僕だ!」
「まだ、この重大な事実に気づいている者は、誰一人として居ないがな!」
会場のど真ん中で、そう高らかに宣言している子猫が一匹居た。
そして、本当に誰一人として彼に注目している者は居なかった。
スマホでYouTubeを見ながら歩いていた観客が、ギュギュッと子猫の尻尾を踏み、子猫は「ギャッ!」と悲鳴を上げたが、それさえも気づかずにスルーされていた。
なぜなら、子猫は物凄く地味で存在感が薄かったから。
□
彼の名はジミー。
見事に名が体を表していた。
ミケが超珍しい三毛猫のオスであるのに対して、ジミーは猫の毛色で一番多いキジトラのオス。
石を投げたら、まあ、かなりの確率で当たる。
出会った人に全然顔を覚えてもらえず、小一時間世間話で盛り上がっても、次に会った時には、もれなく「え? 誰?」と返される。
そんなジミーの印象を町を行く人達に聞いてみました。(2025年5月、ジミー調べ)
「え? 誰?」
「知らないなぁ。良く似た子猫いっぱいいるよね?」
「猫はなんでも可愛いよね! 子猫は特にすっごく可愛いよね! ジミーも可愛いよ! 茶白の毛並みがメチャクチャキュート!」
「え? 誰?」
「あ! 思い出した! 小学校の修学旅行で女風呂をのぞこうと塀に登って、失敗して落っこちたヤツ!」
「隣の席になった時、いつも宿題を忘れてきて、写させてって机をくっつけてきた男の子でしょ? なんか粘着質っぽくて気持ち悪かったなぁ。」
「スゲーいいヤツだぜ! 金貸してくれって言ったらいつでも貸してくれるぜ! 後、ジュースも買ってきてくれるぜ! たまに種類を間違えるけどな!」
「え? 誰?」
ザッとこんな感じである。
言うまでもないもが、三番目の回答は明らかにジミーの事ではない。
残りは全部ジミーの事なのが悲しい所である。
そこでジミーは一計を案じた。
「ムムッ。確かに、僕は、残念ながら見た目が地味だ。しかし、僕の内面は、他の子猫にはない個性で溢れている!」
「よし、ここは……」
「もっとキャラを立てていこう!」
こうしてジミーは、『インテリ眼鏡キャラ』にシフトチェンジする事を決意した。
とは言え、実際に眼鏡を買う事はなかった。
「僕は目が物凄くいいし、特に夜は良く見えるからね、猫だけに。眼鏡は必要ない。ムダなお金を使うのは良くない事だね。」
と、ジミーは腕組みをしながら首を横に振ってもっともらしい事を言っていたが、本心は……
(……そんな物買ったら、水着のお姉さんのセクシーグラビアを買うお金がなくなっちゃうだろ!……)
で、あった。
ともかくも、眼鏡を買わずに『インテリ眼鏡キャラ』としてキャラ立てをするために、ジミーは、眼鏡をしている「つもり」で乗り切る事にした。
つまり『エアギター』ならぬ、『エア眼鏡』という発想である。
「フフ。これで僕も……クイクイ……すっかり個性派だね!……眼鏡クイッ……」
『エア眼鏡』を前脚でクイクイやりながらキラーン! とキャッツアイズを光らせるジミー。
ちなみに「クイクイ」という擬態語は毎回口で言っていた。
□
「僕が今回の大会にエントリーしたのには、深い訳がある。そう、とても悲しい理由がね。」
誰も聞いてくれる人が居ない中、ジミーは勝手に独白を始めた。
「思い起こせば、遠い遠い昔の、ある晴れた秋の日の事。……そう、三日前だ。」
ジミーの回想は割と最近だった。
ジミーはテクテク街を歩いていた。
特に用事はなかった。
友達も居ないし、まして恋人なんて居るはずもないし、スーパーのレジ打ちのバイトはつい最近クビになったばかりである。
猫らしく一日中家でゴロゴログデグデしていたかったが、母親が寝っ転がっている彼の周りにわざとらしく掃除機をかけるので、居心地が悪くなって散歩に出た、そんないつも通りの午後だった。
ある高台を……
(……草の中にエロ本落ちてないかな? 最近そういうの厳しくって、嫌になっちゃうよな。……)
などと昨今の社会情勢を憂いながら一人ポケットに手を突っ込んで歩いていると、ふと、ある白い建物の窓が目に入った。
なんと、とてつもなく美しい女性がベッドに横になっている。
彼女があまりにジミーの好みにフィットしていたので、いや、ジミーは可愛い女の子なら、いやいや、女の子なら大体大好きなので、ダッシュで高台を下っていった。
どうやらそこは病院で、美しい女性はそこに入院している患者の一人らしかった。
ジミーは高い壁をピョンと……は飛び越えられなかったため、近くの工事現場から無断で借りてきたハシゴを掛けて乗り越えて、敷地内に忍び入り、彼女の部屋の近くの木にもまたもやハシゴを掛けて登った。
窓からそうっと中をのぞき込むと、そこはいかにも高そうな個室だった。
その広々とした一人部屋には、お見舞いの花やらフルーツやらの入ったカゴがたくさんギュウギュウと置かれていた。
そんな中、美しい女性は、「痛い痛い」と言いながらもベッドの上になんとか上半身を起こし、ため息をつきながら、窓の外の赤く色づいたカエデの木を見つめた。
「……ああ、お父さん、お母さん、あの木の葉っぱが全て落ちる時、私はそっちに行くのね。ようやく二人に会えるのね。……」
その言葉を聞いて、ジミーは、ガガーン! と雷に打たれたようなショックを覚えると共に、ピキピキピキーン! と閃いていた。
(……あ、あの人は、重い病気にかかっているんだ!……)
(……だがしかし、手術を受ければきっと良くなる!……ところが、彼女はその勇気が出ない!……そうして、日一日と弱っていっている!……)
(……そして、あの木の葉が全て落ちると、気持ちが弱り切って亡くなってしまうんだ!……)
どこかで聞いた事のあるような話である。
ジミーは悲しみで胸が張り裂けそうになり、エア眼鏡をクイッと押し上げて、思わず込み上げてきた涙を前脚でぬぐった。
(……なんて事だ! あんな綺麗な人が!……ダメだ、彼女を死なせるなんて! 天国のお父さんお母さんの所に行かせちゃいけない! なんとしても彼女に勇気を出してもらわなくっちゃ!……)
(……で、でも、どうやって彼女に勇気を出させたらいいんだろう?……)
(……ハッ! そうだ!『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』で、僕が優勝して、彼女に勇気を示すんだ! そうすれば、彼女も、きっと手術を受ける決心をして、元気になってくれるに違いない!……)
(……そして、「あなたは命の恩人よ!」とか言って、僕と結婚したがるに違いない!……)
(……待っててくれ、マイハニー! 僕の未来のワイフよ! 僕は君のために、必ず大会で優勝してみせるよ!……)
こうしてジミーは『筋肉ムキムキの子猫・世界一決定戦』に参加する事を決めたのだった。
それはそれとして、彼女が見つめていた木の葉が残り一枚になってしまっていたので、慌てて百均に走り、強力瞬間接着剤を買うと、落ちないように葉っぱをくっつけたジミーだった。