Wの秘匿 Sheet6:エピローグ
「へぇ、そんなことが……」
グッさんこと川口が、アキラから先日の亀田の経緯を聞き終えたところだ。
今日はチーム『エクセレンター』の定例会議。育美と薔薇筆も顔を揃え、スナック『エンター』はいつもの温かい雰囲気に包まれている。
「亀田さん、ちょっと被害妄想的というか、自分は悪くないって他責思考なところがありましたね」薔薇筆が静かに言うと、全員が頷いた。
「ペンちゃんの妄想じゃないけどさ、先任者と亀田さんって、こんなに現実に対する認識がズレてると、別々の過去を生きてきたんじゃないかって思うわ」と育美が冗談めかして返す。アキラも笑いながら応じる。「『真実はいつもひとつ』って名台詞があるけど、本当は人の数だけあるのかもしれないね」
「俺は経営者として竜崎さんに同情するなぁ」と川口がぼやく。
「まぁでも竜崎さん、亀田さんのおかげでウチの店と縁ができたって感謝してたみたいだけどね」アキラは少し照れ臭そうに笑った。「これ、店の自慢みたいだな」
「亀田さんみたいな…えぇっとミステリー物で名探偵の側にいて足を引っ張るキャラ……何だっけ?」
薔薇筆が言い淀むと、育美がすかさず答える。「ホームズのワトソンみたいな?」
「うーん、大きな括りでは“ワトソン役”なんだけど、それよりもっと酷いキャラ(笑)。TVドラマでいえば古畑任三郎の今泉みたいな感じの」と薔薇筆が笑いながら言う。
「そういうキャラの失態が稀に事件解決の手掛かりになるからフィクションでは面白いけど……現実だったら迷惑だよね」とアキラが肩をすくめる。
「…という話が五分前に作られました。ってね」とアキラは軽く混ぜっ返した。以前、薔薇筆が語った『世界五分前仮説』を思い出したからだ。
あの時居合わせていなかった川口に説明する育美。
「ペンちゃん、それ本気で信じてるんじゃないよな?」川口は心配そうに尋ねる。
「証明できないだけで、僕も信じてなんかいませんよ」と薔薇筆は苦笑しながら弁明した。
それまで黙って聞いていたエルだったが、不意に口を開いた。「私調べたんだけど、イーロン・マスクとかはこの世界が仮想現実だって本気で信じてるっぽいよ」
「それは僕も聞いたことある」と答える薔薇筆に育美も頷く。
「ふん……誰かが作った仮想現実なら、その誰か相当意地悪だよな。みんなを幸せにしてくれりゃいいじゃねぇか」川口はそう言うと残りのハイボールを飲み干した。
「グッさん、何か嫌なことでもあった?」
アキラがお代わりを聞きながら尋ねる。首を横に振る川口。
「僕はそこそこ満足してますね。いや、そこそこじゃないな、大満足ですね」と薔薇筆が育美を見つめながら微笑む。
「私も……」と育美は小さく答えた。
「だったら私も!」
エルが楽しそうに声を上げる。「アキラは?」
「俺だって満足してるさ……こんな幸せがずっと続けばいいと思ってる」
「おいおい、待ってくれよ。それじゃあ俺だけ不幸背負ってるみたいじゃねぇか!」
川口が慌てて否定する。「もっかい二階のオムちゃんモフりに行こうかな」
「随分コスパのいい幸せ摂取だね」とアキラがお代わりドリンクを出しながら笑う。
「常に経費には気を使う。経営者の鑑だろ?」
嘘くさいドヤ顔でキメる川口。その姿に全員から笑い声が漏れた。
とある街の小さなスナック『エンター』。今日も温かな空気に包まれている――。
〈完〉