Wの秘匿 Sheet5:メッセージ
隠されていたシートの内容は、エルの予想通り、商品名と金額が記された対応表だった。
「要するに金額の欄が空白になったのは、Sheet2に該当する商品が無いってことですよね」
竜崎は画面を見つめながら言った。その口調から察するに、彼女も大体の原因に気づいているようだった。
「亀田さん、金額が空白だった項目の商品名は?」
竜崎は上司モードに切り替わったのか、少し厳しい口調で尋ねる。
「えぇっと……一つは『富田屋贈答梅コース』ですが……私に聞かなくても、そのファイルを見れば分かるじゃないですか」
亀田は視線を落としながら答えたが、その声には責められている自覚が滲んでいた。
「そうですね。でもあなた、字を間違えてますよ。トミの字は“わかんむり”の『冨』です」
竜崎が素早く修正すると、空白だったセルに金額が表示された。
「先代社長から付き合いのあるお得意様ですよ。まさか先方へのメールや領収書でも間違えてないでしょうね?」
竜崎の追及に、亀田の顔色はみるみる青ざめていく。
「こっちは何でしょう?」
アキラがもう一つの空白行を指さして尋ねた。「『杮落とし』……これもお菓子ですか?」
「ええ、柔らかいお餅にきな粉をまぶした和菓子なんです。“杮落とし”の“コケラ”って木くずのことなんですよ。お菓子の色や形を木くずに見立てているんです」
竜崎はそう説明しながらハッと気づいた。
「亀田さん、まさかとは思いますが……これのこと『カキオトシ』って読んでませんよね?」
「……違うんですか?」
亀田はおっかなびっくり返事をした。
“杮”と“柿”の字が似ていることはネットでも度々話題になる。件のお菓子も果実(柿)を使ったものと勘違いされることがあり、そのため包装紙には注意書きが入れられるようになったという。
「この商品を取り扱うようになった時、一斉メールで通知されてましたよね?亀田さん、見てないんですか」
竜崎は怒りを通り越して呆れた様子だった。
「あーもう!こんなファイルのせいで!辞めたアイツが俺を陥れるためにわざとこんなファイルにしやがったんだ!」
亀田は逆ギレ気味に声を荒げた。
「それは違うんじゃないかな」
薔薇筆が静かに口を挟む。「部外者で先任者のことを知らない僕が言うのもなんですが、このファイル、入力ミスが起きないように配慮されて作られていると思いますよ」
「VeryHiddenにしてたのは?ビギナーに親切な作りとは思えないけど……」
アキラが疑問を投げかける。
「恐らく、参照元を変にいじってしまわないようにしたかったんだと思います」
薔薇筆は言葉を選びながら続けた。「なんとなくですが、この先任者さんの考え方、僕と似ている気がします」
「ペンちゃんだったら、その隠されてたシートにメッセージとか入れそうね」
育美が場を和ませようと冗談ぽく言う。
「あー分かる。ペンちゃんやりそう」
アキラも笑いながら同調した。
「……うん、まぁ否定はしませんね」
薔薇筆にも自覚はあるようだ。
そんな会話を聞きながら竜崎がSheet2をスクロールしていると――嘘みたいな話だが、そのメッセージは本当に存在した。
「皆さん!ありましたよ。メッセージ!」
【このシートを表示された方へ】
このメッセージを読んでいるということは、それなりにエクセルのスキルを持っている方でしょう。今後、商品の追加や価格改定でこのエクセルも改修しなければ使えなくなることは承知していました。ただ、そこに至るまでに後任者様のスキルアップのお役に立てれば、それだけでこのファイルの存在意義があったものと思います。