Wの秘匿 Sheet4:VeryHidden
「今お見せします」
竜崎はノートPCのスリープを解除した。画面にはすでにエクセルが立ち上がっており、問題のファイルが開かれている。
「彼の言う通り、メニューの再表示は選択できません」
竜崎はマウスパッドに指先を滑らせながら説明を続ける。その動作は無駄がなく、爪まできちんと手入れされた指先が印象的だった。アキラはふと、その几帳面さに感心する。
「言った通りでしょう……」
亀田がぼそっと呟く。しかし、竜崎が一瞥するだけで彼は口を閉ざした。その様子を見て、アキラは内心で首を傾げる。足元で何か合図でも送ったのだろうか?
「じゃあ、本当に非表示になっているシートなんてない?」
アキラがエルに視線を向けると、エルは小さく首を振った。
「あの……VBAのプロジェクトを見てみたらどうでしょう?あっ、突然口を挟んですみません!」
薔薇筆が控えめに提案する。その声に驚いた竜崎は、一瞬目を丸くしてから声の主を探した。そして亀田越しに薔薇筆と目が合う。
「彼はお客ですが、うちのチームの一員でもあるんです。サイトでエクセルのクイズとか作ってもらってます」
アキラが紹介しようとすると、それを遮るように竜崎が声を上げた。
「あなたが薔薇筆さんでしたか!お会いできないかと思っていました!」
竜崎は嬉しそうな表情で続ける。
「亀田から今回のお話を伺いまして。それで店のサイトも拝見しました。スナックのサイトで出すクイズがエクセルだったり、エクセル相談まで受け付けているなんて、とてもユニークだと思いましたよ」
竜崎は目を輝かせながら語る。その熱意に少し押され気味の薔薇筆だったが、小さく頷いて応じた。
「そんな話を東京でシステム会社を経営している知り合いにしたところ、『ぜひ一度足を運ぶべきだ』と勧められたんです」
竜崎はエルに視線を向ける。そして少し茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべながらこう付け加えた。
「『そこには“エクセルの魔女”と言われるエルフがいるらしい』ってね」
その言葉にエルは柔らかな微笑みで応じた。その穏やかな表情に場の空気も和む。
「社内のエクセル担当者に聞けば解決したかもしれません。でも、本当のところ、私自身が皆さんにお会いしたかったんです」
竜崎はそう言うと、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。その表情から、人望が厚く慕われている理由が自然とうかがえた。
薔薇筆の提案通り、竜崎はVBAプロジェクトウィンドウを開く。その手際を見る限り、彼女もそれなりにエクセルには慣れているようだ。
「ほら、そこに“Sheet2”ってありますよね?やっぱり存在しているんですよ」
薔薇筆が指差しながら言う。その瞬間、一同の視線が画面上に集まった。
「どういうことなんだ……?」
アキラが独り言のように呟く。その声には困惑と興味が入り混じっていた。
「あの、竜崎さん」
エルが静かに声を掛ける。「その“Sheet2”を選択してもらえます?」
エルの指示通り操作する竜崎。そして画面下部にはSheet2のプロパティ一覧が表示された。
「やっぱり。“VeryHidden”になってるわ」
エルは画面を見るなりそう呟いた。その声には確信めいたものがあった。
「べりーひどぅん?」
アキラが眉間に皺を寄せながら尋ねる。
「ほら、このプロパティ欄、一番下の“Visible”ってところ。この状態だとシートタブから再表示できない、もう一段階上の非表示なんだよ」
エルは丁寧に説明する。
「解除する方法はあるんですか?」
今度は竜崎が質問した。
「すっごく簡単。このプルダウンメニューから“SheetVisible”に変えるだけ」
エルの説明通り操作すると、“Sheet2”はあっさりと表示された。その瞬間、一同から安堵とも驚きともつかない息遣いが漏れた。