第2章③
フレイアが魔女の呪いで眠りについてからの出来事を、司書長から聞いた。状況は思ったほど良くはない。だが、最悪でもなかったと思う。
二十年前、ヴァニュエラス王国は鎖国状態をやめ、諸外国と交流を始めていた。大きな一歩だ。その原動力となったのは地下資源、魔鉱石の発掘が軌道に乗ったことにある。
魔鉱石は魔道具の動力となる石だ。魔法使いであれば自身の魔力で魔道具を動かすのだが、魔力のないものや少ないものは動かせない。でも魔鉱石があれば誰でも動かすことが出来るとあって、魔鉱石はどの国も欲しがるものだったのだ。
実は、魔鉱石の発掘にはフレイアが大きく関わっている。フレイアは魔力を持って生まれてきた。だが、高名な魔法使いである祖父を師に仰いでも、攻撃も防御も治癒も何も出来なかった。だから両親も祖父もフレイア自身も、魔力はあっても使う才能がないのだと思って、魔法以外の才能を磨こうとしていたのだ。
だが十歳のころだっただろうか。
フレイアは散策が好きだった。父について国内の視察にいくと、侍女と護衛を数人連れて歩き、その土地を知るのが常となっていた。そのときに、ふと作物の様子が気になった。見た目は順調に育っていても、なんだか元気がないと感じることがあった。もしかしてこの土地には作物の質が合っていないのかもと思い、別の作物の育成を提言したことがある。すると、それは大当たりだったようで、別の作物を栽培してみたら、収穫量も質も素晴らしいものになった。
そこでフレイアは自身の魔法の才能は、外に放出するようなものではなく、土に対する探知系のものではないかと気が付いたのだ。フレイアはその土地がどんな性質なのかが感覚的に分かる。だから、作物の合う合わないが助言できた。農作物の収穫量が増えたのは、フレイアの能力が発揮されたお陰である。
ここまでくれば想像はつくだろう。魔鉱石の鉱脈を見つけたのはフレイアなのだ。普通であれば鉄鉱石の鉱脈を見つけるのは大変である。掘ってみて当たればラッキーで、空振りすることも多い。だがフレイアは土地の性質が分かるので、確実にこの下に鉱脈があると分かって掘れるのだ。
フレイアの能力は国中でも限られたものしか知り得ない秘密である。だが、もしこの情報が他国に漏れていたら? 下手をしたら奪い合いの大戦争が起きる可能性はある。だから、フレイアが眠りについてことで、何か争い事が起こっていたらと心配だった。
「新たな戦争が起こっていなかったことは幸い、なのかしらね」
司書長からの話を聞き終え、フレイアは自室に戻りサーリャに感想をこぼす。
「さようですね。小競り合いをしていた国達は相変わらず戦争をしていましたが、他の国には飛び火していません。我が国も巻き込まれることなく過ごしておりました。むしろ、フレイア様の呪いを解くことが重要すぎて、戦争なんて勝手にやってろって感じでしたが」
サーリャが苦笑いで付け加えた。
「でもアールス国とベルナ国の戦争は止められなかった。せっかく和平の交渉の席を設けられそうだったのに」
「フレイア様、頑張っていらっしゃいましたものね。もし和平が成立していたら…………」
フレイアはいがみあって戦争を繰り返してた二国の間を取り持とうとしていた。呪いを受けることになった舞踏会も、その二国を招待しており、まずは話し合いをしましょうと説得していたのだ。
「どちらかの国が、フレイア様の動きを止めようと魔女に呪いをかけるように依頼をしたのではと考え、国王様達も調べたのですが、証拠は出ないままです」
「そう。戦争を続けたいどちらかの国が暴走した可能性は高いけれど、証拠がないなら仕方ないわね」
ただ別方向で思うところがあった。フレイアの能力のせいだったとしたら、という線である。でも、手に入れたいのだったら呪いをかけるのは本末転倒だ。眠っていては力は使えないのだから。そう思うと、やはり和平を結びたくない国の暴走の方が納得できる。
「サーリャ。戦争が止められなかったということは、彼女の願いは叶えられなかったのね」
フレイアには他国に三歳年下の従姉妹がいた。叔母が嫁入りしているのだ。従姉妹が幼い頃にアールス国の王子と婚約をしたのだが、アールス国が戦争を始めてしまったので怖がっていた。フレイアは一人っ子のため、従姉妹を妹のように思っており、妹分のためになんとかしてあげたいと考えた。それに、そもそも戦争など多くの命が犠牲になるだけの悲惨なものだ。戦争を止めようと思うのはフレイアにとって自然な流れだったし、立場的にも自分なら出来ると思っていた。
「従姉妹様はちゃんと嫁いでおられますよ。ただ……」
サーリャが言いにくそうに言葉を切った。
「構わないわ、先を聞かせて」
「婚約者の第一王子は戦争でお亡くなりになり、第二王子と結婚されました」
絶句だった。何か言おうと思えども、ただ声にならない呼気が抜けていくだけ。
他国のため会えるのは年に数回程度だけれど、手紙は頻繁に送ってくれると嬉しそうに話していたのを覚えている。もしフレイアが眠りにつかなければ、彼女は第一王子と結婚できたのではないだろうか。そんな後悔が胸に押し寄せる。
「フレイア様のせいではありません。戦争を続けると判断した方々のせいです」
「ですが、和平の話し合いが出来そうだったのに」
「話し合いをしたところで、和平が成立するかは別ですよ。むしろ、ただのポーズだった可能性だってあります。話したけれど無理だった、だから戦争を続けるというための」
サーリャのいうことは正しいのだろう。だけれど、やってダメなら諦めもつく。でも、やれもしなかったのだ。後悔するなと言うのは無理だった。
「フレイア様は優しすぎます。呪いをかけられたんですから、犯人は誰だって怒っていればいいんですよ。もっと我が儘に振る舞ってください」
「……サーリャ、まるで大人みたい」
「ふふ、大人ですから」
サーリャが笑いながら両手を広げた。ほら、おいでと呼び込むように。
無言でサーリャに抱きついた。二十年でふくよかになった体は抱きつきがいがある。その柔らかくて温かい胸元に顔押しつけた。必死にこらえていた涙が、一気にあふれてくる。
「いいんですよ。誰も見えてませんから」
そう言って、頭を撫でてくれるサーシャの優しさに余計に涙がとまらない。それでも、ずっと張り詰めていた心が、やっと悲鳴をあげることが出来たのだろう。
魔女の呪い、二十年の空白、知らない多くの出来事。頭では理解していても、心は受けいれる度に傷ついていた。ただ、悲しむ態度を見せては、きっとまわりは余計に傷つくと思った。ただでさえ心配をかけて、心を痛めてきたのが分かっていたから。でも、平気な振りをしていても、心は傷ついているのだ。いずれ許容量を超えて壊れてしまう。
サーリャのおかげで、心が壊れる前に、少し零すことができたのだと思う。助けてくれた親友には、感謝してもしたりない。