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第2章①

 暗い場所にいる。一人きりで寂しくて、ここから出たくて辺りを見渡すけれど何も見えない。上を見上げると遙か遠くで小さな光りがついたり消えたり。あそこに行けば何かがある。

 でも、手を伸ばしても全然届かない。背伸びをして、つま先立ちをしても、あの光りには近づけない。それでも諦められずに手を伸ばしていたら、光りが大きくなってきた。フレイアが近寄れているのか、光りが迫ってきているのか分からないけど。それでも、あの光りを逃したくて必死に手を伸ばし、あと少しで掴める――――



「はっ」


 目を開けると、右手を宙に伸ばしていた。


「変な夢だったな」


 右手を下ろし、おでこに当てる。おでこはじんわりと寝汗をかいていた。夢で見たのは、呪いで眠っていたときの心象風景かもしれない。


 呪いを掛けられて一人で眠りの中に閉じ込められていたフレイア。遠くに見えた光りは呪いを解こうとしてくれた人達だろうか。そう思えば、夢の中のフレイアが心の拠り所にしたのも頷ける。


 トントン、と控えめなノックが響く。


「はい。もう目覚めていますよ」


 フレイアが答えると、扉がゆっくりと開いた。そして姿を現したのは、くるぶしまでの質素なワンピースに真っ白なエプロンを着けた、愛嬌のある丸い瞳が印象的な女性。


「え、もしかして……?」


 フレイアは記憶と照らし合わせ、答えにたどり着く。そこに居たのは、二十年の時を経た親友のサーリャであった。同じ歳だったので今は三十六歳、娘時代よりもふくよかな体型になってはいるが、浮かべた笑顔は間違いなくサーリャである。


「あぁ、フレイア様。会いたかったわ」

「わたくしもよ、サーリャ様。てっきり国外にいるものとばかり思っていたわ」

「二十年の間にいろいろあってね。私は王妃様の侍女をしていたのだけど、今日からはフレイア様の侍女よ。なので敬称はいらないわ、サーリャと呼んで」


 困ったように眉を寄せるサーリャは、ベッドの端に腰掛けると、フレイアの手をそっと握ってきた。その温かさに少し泣きそうになる。


 サーリャは伯爵令嬢で他国に婚約者がいた。何事も無ければ彼と結婚して国を出ているはずで、城勤めをしているのは少々おかしいのだ。


「いろいろ……あったのね、わたくしが眠っている間に」

「えぇ。実はフレイア様の知ってる婚約者とは破談になったわ。先方の国の治安が悪化して、危なくて申し訳ないからという理由で。まぁ裏には他の理由が隠れていそうだけれど、私には知る手立てもなかったし。大方、他に好きな女性でも出来たのかもね」


 サーリャは苦笑いして、ひょいと肩をすくめた。軽く言っているが、当時はきっとつらかっただろうし落ち込んだに違いない。


 ふいに襲ってくる二十年の重みに、またしても胸が痛くなる。親友の人生の岐路に、何の手助けも出来ず、相談にすら乗ってあげられなかったのだから。


「朝からしょぼくれた顔しないの。今日から国王様と王妃様と朝食を共にすると聞いているわ。着替えを手伝うから、ほら支度をしましょう」

「子ども扱いしないで。わたくしとサーリャは同い年でしょう」

「ふふ、そうね」


 笑みを浮かべたサーリャによって、フレイアは手を引かれベッドから降りた。


 サーリャはもともと親友で、お互いに頼りにしていたからだろうか。アーロンに子ども扱いされたときのような腹立たしさはない。それでも、少し面白くないなという気持ちはある。


 それにしても、とフレイアは昨日のことを思い返す。実はアーロンの一瞬だけ見せた無表情ではない顔に、ひっかかりを覚えていたのだ。どこか懐かしいと思う何かを感じた。でもはっきりとこれだと説明できる言葉はなく、糸がぐるぐると絡まったかのようなもどかしさを感じるのだった。




 呪いから目覚めてから、回復魔法を掛けてもらってはいたが、すぐに元通りとはいかなかった。回復魔法とは、体を活性化させて自己治癒力を増大させるもの。体力がない相手へ一気にやると反動で熱が出てしまうのだ。だから、フレイアも少しずつ回復していくしかなかった。


 フレイアは昨日までは食事も部屋に運んでもらっていた。だが、そろそろ歩く体力も戻ってきたので、食事も両親と一緒に取ることにしたのだ。


 部屋から出るとアーロンが扉の横で待機していた。いつからいたのだろうか。まさか一晩中いたわけではないだろうけど。


「おはよう、アーロン」

「はい」


 挨拶くらい挨拶の言葉で返せばいいのに。少しむっとしつつも、アーロンが「はい」を多用する人だともう知っているのだから、いちいち苛立っていても仕方ない。それこそ子どもっぽい反応だ。気にした様子を見せたら負け。だから、ちらりを視線だけ向けて、そのままフレイアは歩き出した。


 サーリャは興味津々な表情でアーロンを見つつ、フレイアの斜め後ろを歩く。アーロンは当然の如く五歩後ろを着いてきたのだった。




 食堂は天井が高く広々としている。真ん中に長いテーブルが置かれており、壁際に背の低い飾り棚と、その上には花が生けられ彩りを添えていた。


 朝の白い光りが窓から差し込み、空腹をくすぐるパンの焼けた香りが漂っている。テーブルの向かいには両親がフレイアを待っていた。どうってことない日常だったはずが、両親にとっては二十年ぶり、そう考えると感慨深いものがある。なんて幸せな空間なのだろうか。


「おはようございます。お父様、お母様」


 挨拶をすませ、席に着く。すぐに卵料理と軽く焦げ目のついた厚切りベーコンが添えられた皿が出された。テーブルにもう置かれていたパンに手を伸ばす。やはり一人で食べるよりも、誰かと一緒に食べる方が美味しい気がした。


 ふと今日の予定の話でもしようかと両親を見た。すると、手袋をしたままカトラリーを使っている。公の場で手袋をする機会は多かったので、今までは気にしていなかったが、食事のときまで外さないなどおかしい。呪いをかけられる前、食事の時は確かに外していたはずだ。その証拠に、慣れていないのか、カトラリーが時折すべりそうになってぎこちない動きをしている。


「お父様、お母様。お二人ともなぜ手袋を取らないのですか」

「あぁ……ええとな」


 父がもごもごと何かを言いだしたが、それに被せるように母が口を開いた。


「わたくし達も歳を取りました。手は年齢を如実に表わしてしまいますからね、少しでも若々しくみられるように、手袋をしているのですよ。ほら、あなたはまだ十六歳なのですから先が長いわ。少しでもあなたを庇護できるように、まわりには王も王妃も元気で若々しいって印象づけなくてはね」


 母が柔やかかつ軽快な口調で説明をしてくれた。まさかフレイアのためだとは思わなかった。

 フレイアに伝えられることのない気遣いが、まだいろいろと隠れて行われているのかもしれない。



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