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第1章③

 ヴァニュエラス王国の北側は大きな山脈があり、東と西と南の三方向は海に面している。よって、他国との交流がしにくく、逆に言えば侵略される危険は少ない国だ。農耕が盛んで食糧の自給率は高く、田舎臭さは否めないが、のんびりとした暮らしを謳歌している、そんな国だった。


 最近は、といってもフレイアにとっての最近なので、二十年より前になるが、地下に眠る鉱物資源を掘り起こして外貨の獲得もし始めている。山脈によって人の往来が閉ざされ島国のようになっていたが、鉱物資源を輸出することで陸と海の道が開かれ他国との交流が生まれた。それをさらに深めようと舞踏会を開いたのだが……。


 フレイアを呪った闇の魔女は、とても強大で凶悪だと有名だった。世界には魔法を使える者が生まれるが一国に数人程度の割合で、闇の魔女もその数少ない中の一人だ。たいていの魔法使いは国に仕えていることが多いのだが、道から外れた魔法使いは私利私欲で動く。闇の魔女も道を外れ、気が向けば依頼を受けて呪ったり、腹が立ったら相手を呪ったり、退屈すると暇つぶしで適当に呪ったりしていたらしい。あくまで噂だけれど。


 フレイアがどの理由で呪いを掛けられたのかは分からないが、暇つぶしで呪われてはかなわないし、本気でやめてもらいたいものだ。



***



「パトリシオ・サーヴェ・セガルラと申します。だいぶ顔色もよくなられたようで安心しました」


 目の前にはフレイアを目覚めさせてくれた白い軍服の青年、パトリシオがほっとしたように胸に手を当てていた。金髪碧眼の、本当に絵本から抜け出してきたかのような美青年だ。背丈も高く、胸元の手はすらりとしていて男の人なのに綺麗だと思った。


 さきほど両親にパトリシオとの結婚を勧められ、フレイアはすぐに返答出来なかった。まだ目覚めて五日なのだ。少しは頭を整理する時間が欲しかった。


 自分以外が二十も歳を取り、何なら眠った直後に生まれた子ですら年上なのだ。一人だけ置き去りにされた状況を持て余している。フレイアだけが十六歳のままで、みんな己の道を進んでいるのだ。その差は二十年。考えれば考えるほど、どうやったらその差が埋められるのかが分からない。

 ぽつんと取り残されて、寂しいと訴えたとしても共感してくれる人もいない。同じ事で同じように笑っていた友人達と、きっと今は同じように感じて笑うことは出来ないだろう。友人達は大人になり、親になったり、多くの経験をしているから。昔から仕えてくれていた侍女は、お若くて羨ましいですと言うが、そういう問題ではないのだ。


「こちらこそ、お礼が遅くなり申し訳ありません。呪いを解いてくださり、本当に感謝いたします」


 フレイアは複雑な気持ちを胸に押し込めて、笑みを作り上げる。二十年の空白があろうとも、王女なのだ。人前での立ち居振る舞いは無様なものを見せてはならない、そう教わってきた。


「いえ、一目見たときからあなたの虜になりました。こうしてお話出来ることがとても嬉しいです。隣に座ってもよろしいですか」


 今は客間でローテーブルを挟んで向かい合って座っている。両親の話の後、パトリシオが呼ばれたのだ。そして両親はあとは若い二人でと言い残して、部屋を出て行ってしまった。つまり、ここにはフレイアとパトリシオの二人だけ。いや、部屋の隅にはフレイアの侍女とパトリシオの連れてきた部下らしき人が控えてはいるけれど。


 それにしても、まだ会話らしい会話もしていないのに、もう隣に座りたいなどと言いだすなんて。明け透けな好意は逆にうさんくさく思えてしまう。


「二人で座るにはこちらは狭いですわ。それにわたくしはパトリシオ様をしっかりと拝見するのは今が初めてですので、この位置のままがよろしいかと」

「なるほど。俺の顔を良く見たいということですね。確かにここならフレイア殿の麗しいお顔がよく見えます。眠っているあなたも可憐だと思いましたが、目覚めたあなたの瞳は凜々しく透き通っていて美しい。もっと近くでその美しい瞳を見たいな」


 なんだろうか、このぐいぐい来る圧は。断ったのだから一度で引くべきところだ。それなのに食い下がってくるなんて。


「いえ、その、ほぼ初対面なので恥ずかしいですわ」

「恥ずかしがる表情も初心で可愛らしい」


 頑張って浮かべていた笑みが引きつってきた。


「お褒めいただき、光栄です。それより違うお話をしませんか。パトリシオ様のことをわたくしは知りたいのです」

「そうですね。我々は婚約するのですから、お互いのことを知るのは大切です」


 パトリシオは嬉しそうに笑っている。出掛ける前の子どもがはしゃぎたいのをぐっと我慢しているかのような、そんな期待感を滲ませた表情だと思った。


 そう、フレイアとパトリシオの結婚話は進み始めている。迷う素振りをみせたフレイアに対して、すぐに結婚しなくてもいいから、まずは婚約という形にしようと父が提案してきたのだ。王女として政略結婚は覚悟していたから、積極的に拒否する具体的な理由も思いつかず。だから、妥協案のように「まずは婚約」といわれてしまえば頷くほかなかった。


 それに、呪いを解いてくれた相手なのだ。自分を愛してくれる運命の相手との結婚ならば、きっと幸せになれる。そう思ったのだけれど…………。


 フレイアは不安でいっぱいだった。本当にパトリシオが自分にとっての運命の相手なのだろうか。年齢は二十歳だと聞いている。実質十六歳である自分よりも年上のはずだが、どことなく子どもっぽく思えてしまう。いや、子どもっぽいというよりは軽薄、と表現した方がしっくりくるかもしれない。


 いや、でも、社交辞令として女性を褒めるのは紳士として当然。だから、これはパトリシオが自分に気を遣ってくれている証拠だろう。そうであって欲しい、むしろそうに違いない。などと、フレイアは心の中で願った。


「俺は第十一王子なので、国にいてもやれることがあまりなかったんです。ならば外へ出て、自分を必要としてくれる場所を見つけようと考えていました。そんな時に、フレイア殿のことを知ったのです。これは『運命』だと思いました」


 パトリシオは運命という言葉を意識的に使った。フレイアに運命を感じたのだと、強く訴えてくる。


「だからパトリシオ様は、危険を承知で呪いを解きに来てくださったのですね」


 軽薄さが目立っていただけに少し驚いた。深い考えも無しに行動しているように勝手に思っていたから。でも、彼なりの理由や志があったのだ。


 まだ知り合ったばかりだし、もっとパトリシオと一緒に過ごすことで良き婚約者、果ては伴侶となれるかもしれない。


「覚悟はしていましたが、ここだけの話、実際にフレイア殿と会うまでは心配だったんですよ。とんでもない不細工だったらどうしようとか。でも、そんなことは杞憂でした。フレイア殿を一目見た瞬間の感動。こんな美しい人を眠らせたままで置いておくのは人類の損失だと思いました」


 感極まったかのように腕を振りあげ自らを抱きしめる仕草をするパトリシオ。その熱の籠もった態度とは正反対に、フレイアの心の中は冷えていく。


 認識を改めた瞬間、引き下げるようなことを言わないで欲しかった。パトリシオの言い様からすると、不細工な人は起こす必要がないということではないか。人の美醜など生まれ持ったものでどうにもならないのに。たまたまパトリシオの好みに一致したから起こしてもらえただけで、もしかしたらフレイアは今も眠り続けていたかもしれない。そう思うとぞっとした。


 あぁ、キスで呪いを解いてくれた王子が、好きになれそうにない場合どうしたらいいのだろうか。




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