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エピローグ

「ねぇサーリャ」

「はいはい、なんでしょうか」

「アーロンは少し奥手すぎないかしら」

「殿方はそれくらいでよろしいのですよ。どうせ結婚したら思い知るんですから。ちょっと腕上げてみてください。はい、いいですよ」

「思い知る? どういうこと?」

「結婚どころか、婚約前のフレイア様は知らなくても良いことですよ」


 フレイアはサーリャととりとめのない会話をしながら、ドレスの試着をしていた。


 アーロンとは婚約することが決まった。両親にすべてを話し、許可をもらったのだ。呪いに関わっていたことで難色を示されるかもしれないと思っていただけに、賛成してくれてほっとしたのを覚えている。



 フレイアの呪いに関わったのがセガルラ王国なことは、公にはされなかった。だが、このままセガルラ王国を放置しているわけにはいかない。父はフレイアに国を渡す前に、わだかまりはすべて綺麗にするといって手を打ち始めた。


 まず最初に行ったのは、戦争を続けていた二国への働きかけだ。実は、二国の戦争が長引いたのは、フレイアに呪いを掛けたのがお互いの国だと思い込んでいたせいだったのだ。


 二国とも、二十年前の時点で戦争に疲弊していた。そのためフレイアが申し出た和平の調停を受けようと思っていたらしい。だが、そのフレイアが呪いに倒れた。きっと相手国が和平など望まず我が国を滅ぼしたいから、邪魔なフレイアを呪ったのだと考えたのだ。その結果、戦争はますます激化し、武器や弾薬が必要でセガルラ王国から買っていたという。


 フレイアは父と一緒に二国を訪問した。そして、呪いを掛けたのはセガルラ王国で、その狙いは二国へ武器や弾薬を売るためだ、だから戦争をやめようと説得した。戦争をすればするだけセガルラ王国が富むだけだと。二国の要人達もはじめは戸惑っていたが、目覚めたフレイア本人を前にして信じないわけにもいかず、最後には戦争を止めて和平を結ぶと約束してくれた。長い戦争はやっと終わったのだ。

 そこから一年が経った。



 セガルラ王国は一気に国内の情勢が悪くなった。裏ルートの武器や弾薬が売れないせいで、国の資金が足りなくなってきたのだ。

 裏ルートの利益ありきで国を回していた現王は困り果てた。民衆は食糧難に苦しみ、治安が悪化し、暴動が至るところで起き始めた。結果、突線現王は姿を眩ませた。逃げたのか、暗殺されたのかは分からない。もし生きていても、一生逃げ続けるしか出来ない人生を送るのだろうが。


 そして、セガルラ王国は第十二王子が継ぐことになった。国王の行方が分からなくなった時点で、次の王位を巡って蹴落としあいが始まったのだ。最終的に、国外留学していた第十二王子しか残らず、彼が王位に就くことになったというわけだ。

 第十一王子だったパトリシオよりも王位が遠かった人物だ。人の運命などどう巡るか分からないものだなと、しみじみと思う。


 パトリシオがどうなったかというと、今もヴァニュエラス王国で暮らしている。自国へ送り返そうとしたが、国が荒れていて受け入れてくれなかったのだ。もし仮に送り返せたとしても、まともに見張りもつけないだろうと予想も出来たので、ヴァニュエラス王国で見張りを付けていた方が安心だと判断したのだ。


 パトリシオにはヴァニュエラス王国にて二つの選択肢が与えられた。罪人として地下牢に入るか、見張りがつくのが条件だが、魔鉱石の発掘場で労働者になるか。労働者になるということは身分を捨て、庶民として生きるということだ。特権階級の暮らししかしてこなかったパトリシオにとっては、死にも等しい屈辱だったらしいが、彼は労働者になることを選んだ。フレイアもそれで良かったと思っている。彼は汗水たらして働く人々の気持ちを実感した方が、きっと成長できると思うから。




 来月、ついにフレイアとアーロンの婚約を発表する舞踏会が開かれる。そこには和平を結んだ二国も、セガルラ王国の新しい国王も招いていた。招待状の返事には、喜んで参加しますと皆一言添えてあり、今から会うのが楽しみだ。


「よし。着付けはこんなところでしょうか。動きにくくはありませんか?」


 サーリャが一歩離れてフレイアの全身を眺める。


「ええ大丈夫よ。ね、彼はこのドレス気に入ってくれるかしら」


 フレイアは腕を上下させながら、ふと気になったことを口に出した。


「フレイア様も成長なさいましたね。パトリシオ様のときはドレスなんてなんでも良いって態度でしたのに。私は嬉しいですよ」

「や、やめてよ。しみじみと言わないで。なんだか恥ずかしいじゃないの」

「では、本人に見てもらったらいかがです? アーロン、いるんでしょ? フレイア様がお呼びです、こちらへ来て!」


 サーリャがドアに向かって大声を出す。すると、ドアが開きアーロンが入ってきた。


「お呼びですか」


 軽く一礼して顔を上げたアーロンは、フレイアを見ると目を見開いたまま固まってしまった。


「アーロン、あなたはもう護衛ではないでしょう。他にやるべきことがるのに……ねぇ、アーロン? 瞬きしてる?」


 フレイアは微動だにしないアーロンに近寄り、顔の前で手を振ってみる。すると、びくっとアーロンが動いた。


「すみません。あまりに美しくて、このように綺麗な方と婚約出来ることに感動していました」

「な、なんてこと言うの」


 真顔で言う台詞ではない。それなのに、アーロンは当たり前のことを言っているのに何故驚くのだと、逆に驚いてくるからたちが悪い。


「まぁまぁフレイア様、お顔が真っ赤ですよ。ふふ、甘酸っぱいですわねぇ。あ、私忘れ物を思い出しました。少し遠くまで取りに行くので、アーロン、しばらくフレイア様をよろしくね」


 サーリャが笑いながら言うと、そそくさと部屋から出て行ってしまった。


 二人きりになった部屋の中で、フレイアは少し勇気を出してみる。


「アーロン。出会ったとき、わたくしは十歳上だったでしょう? でも今はあなたよりも十歳下だわ」

「はい」


 それがどうしたとばかりに、アーロンは首を傾げていた。


「その、精一杯着飾ってみるけれど、十歳年上のあなたの横に並ぶには、わたくしは子どもっぽいかもしれない」

「……」

「大人の魅力が出るまで、待っていてくれる?」


 照れくさくて顔がさらに熱くなってくる。


「今でもフレイア様はとても魅力的です。もしかして、年齢差を気にしていらっしゃるのですか?」

「だって、仮にも気持ちが通じ合ったもの同士なのよ。婚約前とはいえ恋人なのだから、もう少し、こう、二人の距離を縮めたいというか」


 言っている内にものすごく恥ずかしくなってきた。言うんじゃなかったと後悔しながら、ちらりとアーロンを見上げる。すると、アーロンの顔も真っ赤になっていた。


「私が、フレイア様の、恋人」

「えぇ、そうでしょ?」

「こいびと……なら、その、手を握っても?」


 真顔のまま、ぎこちなくアーロンはしゃべる。


「ふふ、手を握りましょう」


 アーロンの両手を正面から握る。近くなった距離に、鼓動が高鳴った。


「フレイア様」

「なに、アーロン?」


 幸せだなと思った。その気持ちのままに、アーロンを見つめる。


「あなたの呪いを、完全に解いてもいいですか」


 アーロンの遠回しな聞き方に、慈しむ心があふれ出てくる。あぁ、なんて可愛い恋人なのだろうか。


 フレイアの呪いは、まだ完全には解けずに残っている。それは、アーロンが口づけを手の甲にしたからだ。


 だから、つまりは、そういうこと。


「もちろんよ」


 フレイアはそっと瞼を閉じるのだった。





     (了)



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