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第5章⑦


 力、もしや土に関する探知能力のことだろうか。フレイアはごくりと息をのんだ。対外的には秘密で、国内でも数人しか知らないことなのに。


「我が国は商業国家なので、農作物や地下資源の流通には敏感です。ヴァニュエラス王国の輸出量がじわじわと増えたことに疑問を持った我が国は密かに調べて、フレイア様の能力にたどり着いた。フレイア様が魔鉱石の鉱脈を見つけられる、それは素晴らしいと同時に脅威だった」


 フレイアの力は隠せていると思っていた。農作物や魔鉱石に関しても、慎重に量を調節していたつもりだった。だが、商業を生業にしている国の目は誤魔化せなかったと言うことか。


「それはセガルラ王国にとって脅威という意味?」

「そうです。魔鉱石が世の中に潤沢に出回ってしまったら、今まで我が国が魔鉱石で得ていた利益が取れなくなる。もしあなたが唯一の王女でなければ、妃に欲しいと動いていたでしょう。けれど、あなたが他国に嫁入りするなど考えられない状況でしたから、手に入らないならば邪魔でしかない」

「地下資源は限りがあるものよ。後先考えずに採掘などしないわ」


 確かに能力を知ってしまえば脅威に思うかもしれない。でも、何事もバランスが重要だ。他国が傾くほどの輸出など考えてもいなかったのに。


「ですが、それはセガルラ王国側に伝わらなければ意味がない。だからこそ、セガルラ王国は二重に邪魔なフレイア様を消そうとしたのです。これが我が国の情けない真実です」


 アーロンは自嘲するかのように少し方をすくめた。


 国の利益のためにと見せかけた身勝手な意見だと思った。利益を追求するのは悪いことではない。だけれど、利益のために他国の戦争をわざと長引かせ、能力をもつ人物を消そうとするなんて悪事、あってはならないはずだ。


 フレイアは語られた呪いの背景に、大きく息をついた。


「それで? 肝心のことを聞いていないわ。あなたと魔女との関係は?」


 アーロンの視線が少し怯えるかのように揺れる。だが、すぐにフレイアの前に力強く戻ってきた。


「叔母です。私は現王の息子なのですが、元は使用人だった母は貴族ですらなかった。だから褒美代わりに貴族に妃として下げ渡され、私もその貴族の息子という扱いになりました」

「では、パトリシオ様のお兄様ってこと?」


 だから、たまに叱るような口調でパトリシオと対峙していたのか。


「そうです。向こうは兄だとは思っていないでしょうが。王家のはみ出しものだった叔母は、王家から弾き出された私を気に掛けてくれていました。私も、居場所のない幼少期を送っていましたので、ふらっと遊びに来てくれる叔母に懐いていたのです」


 そこまで話すと、アーロンは大きく息を吐いた。きっと、ここからアーロンが一番隠したかったことが語られるのだろう。


「叔母は自由になるために、あなたを呪い殺すことにした。あのまま国にいれば、王命でもっと多くの人を魔法で呪い殺すことになると分かっていたから。苦渋の決断で、あなた一人を犠牲にすることを選んだのです。でも躊躇っていた。だから、眠り続けるという呪いにしたのです」


 道理で中途半端な呪いだと思ったのだ。眠り続けるという解かれる危険がある呪いを掛けるより、呪い殺す方が一瞬で終わるから簡単なはず。だけれど、今までの話を聞いて、やっと納得できた。


 もちろん、呪うことは許されない。だが眠り続けたのは、精一杯の彼女なりの配慮だったのだ。


「本当は、呪いを解くのは誰でも良かったのです。あの蔦の攻撃をかいくぐってくる人物なら、あなたのことを大切に思っているに決まっている。叔母はそう考えて呪いを練っていました。でも、私が、それを変えさせてしまった……」


 アーロンがうなだれている。表情は見えず、頭頂部が悲しげに揺れていた。


「大丈夫よ、全部受け止めるから」


 フレイアはゆっくりと、心に届けとばかりにアーロンに願う。恐れないで、話して欲しいと。


「フレイア様……私は、本当は、あなたの側にいて良い奴じゃない」

「そんなわけないわ。あなたの存在にどれだけ救われたか」

「違う。私が、あなたを呪う引き金を引いたんだ」


 アーロンが顔を上げた。必死にこらえているけれど、鼻は赤くなり、目は潤み、唇は力を入れすぎて真っ白だ。

 その泣きそうな顔に、フレイアの記憶の一部が重なる。


「あ……あの子、なの?」


 今のアーロンとは似ても似つかない、可愛らしい男の子。共通点は髪の色くらいで……いや、でも、泣き顔はやはり面影がある。


 舞踏会で迷子になっていた他国の男の子。帰り際にお礼だと言って贈り物を渡してきた、すべての始まりの子ども。


「はい。叔母と一緒に舞踏会に来ていたのです。表向きはガガルマ帝国宰相の妃と子どもと偽って」


 女性が一人でいると目立つので、カモフラージュでアーロンを連れてきたのだろう。魔女がどんな気持ちで彼を連れてきたのかは分からないけれど。窮屈な思いをしている彼に外を見せてあげたかったとか、はたまた、仕事がすんだら一緒に国を出ようと思っていたとか。それでも、今アーロンがここにいるということは、魔女は一人で国を出たと言うことだ。


「迷子になった私はあなたに声をかけられた。優しい声、綺麗な瞳に見つめられて舞い上がった私は、叔母にそれを話した。叔母は何を思ったのか、呪いの解呪法に制限を掛けたのです、セガルラ王国の王家の血筋に限ると。私があなたに憧れたばかりに、叔母が気を回してしまった。そして、私は何も知らずにお礼を渡しておいでと言われて、あなたに手鏡を渡してしまった」


 アーロンはぐっと歯を食いしばった。


「私が、あなたの側にいて良いはずがないんです。すべて、私のせいだから」


 こらえきれなかった涙が、アーロンの瞳からこぼれた。つうっと頬をつたう雫が透き通っていて、とても綺麗だと思った。


 アーロンは自分のせいだと言うけれど、呪いを掛けろと命じたのはセガルラの国王だ。決して幼かったアーロンのせいではない。


「叔母にとっての誤算は、国王が悪知恵を働かせたことです。叔母はいつか私がフレイア様の呪いを解けばいいと思っていた。だけれど、国王は王子の誰かに目覚めさせ、ヴァニュエラス王国に恩を売って王女の夫の座を手に入れる、そうすればヴァニュエラス王国を好きに操れると考えた。だから、パトリシオが来たんです」

「それでもアーロンは、パトリシオと共に呪いを解きにきてくれたじゃない」

「……パトリシオ一人では不安だったので」


 苦々しい口調でアーロンが絞り出す。


 だが、アーロンが不安がるのも当然だろう。実際に解呪のときのパトリシオは何もしなかったのだから。あの様子を予想していたから、アーロンは騎士団の一員として、弟の部下になってでもこの国に来たのだ。


「フレイア様に呪いを掛けた私が、あなたの伴侶になるなどあってはならない。だからこそ、パトリシオを精一杯支えようと思っていました。ですが、パトリシオは物見遊山気分のままで、フレイア様に距離を置かれて拗ねて浮気もするし、追い詰められて魔物を召還するし……」


 アーロンが大きなため息をつく。今までの心痛がすべて籠もったようなため息だ。


 当初、アーロンが己の主であるパトリシオよりもフレイアに重きを置くような発言をしていて不思議に思っていた。だが、話を聞けばすべて納得の態度だ。アーロンの目的は、最初からフレイアに対する罪滅ぼしだったのだから。フレイアを傷付けるようなことをするパトリシオを敵視するのは当然だったのだろう。


「分かりました。他に、隠していることはもうないかしら?」

「ありません」

「では、これからの話をしましょう」


 フレイアは緊張に汗ばむ手を握りしめる。


 アーロンはどんな反応をするだろうか。幼いころの憧れは、今の彼の中でどんな形になっているのか分からない。けれど、フレイアの気持ちはもう固まっていた。


「アーロン。あなたはわたくしを目覚めさせた」

「……はい」

「魔女曰く、運命の相手よ」

「それは違う――――」

「黙って聞いて」


 アーロンが「うっ」と言葉を止めた。


「真相は今アーロンが話してくれました。でも、多くの人々はそれは知らないことであり、また、言いふらすような内容でもないわ。何よりもこれが一番重要なのだけど、浮気をした挙げ句、魔物を召還したパトリシオが運命の相手では困るの」

「それは、理解します」

「あなたがわたくしの夫になるべきだと、思っています」


 声が少し震えてしまった気がする。それでも言い切った。


 ずっと魔女の呪いや王女という重責に翻弄されていた。でも出来ることをやるべきだと、祖父の背中をみて決意していたから、逃げずにもがいていた。そこに寄り添ってくれた人々がいて、その中にアーロンもいた。いつだって生真面目に五歩下がった位置でフレイアを見守っていた。


 フレイアがパトリシオの浮気を知って落ち込んだとき、街に連れ出してくれたこと。嬉しかった。あのとき買ってもらった可愛らしいブローチは大切にしまってある。不器用に慰めてくれている姿が、アーロンらしくて……。思えばあの頃からアーロンを意識し始めたのかもしれない。


「私は、あなたを苦しめた。私には資格がない」


 アーロンは首を横に振り、否定をあらわにする。


「そんなことないわ」

「フレイア様は幸せになるべき人だ。あなたを愛し、守り、慈しむ、そんな相手がふさわしい」

「アーロンは、わたくしを愛し、守り、慈しむ気持ちはないの?」

「あるに決まって……いえ、失言でした」


 顔をそらすアーロンの耳は真っ赤だ。フレイアもつられて自分の頬が熱くなるのを感じた。


 アーロンの思わずこぼれ出た感情に、これ以上ないほどフレイアの胸も高鳴っている。


「あるに決まっているのなら、わたくしの手を取ってちょうだい」


 フレイアは立ち上がり、テーブルを回り込みアーロンの横へ行く。そして、手の甲をすっと差し出した。


 アーロンの目線がフレイアの顔と手を往復する。その目線の揺れ動きは、きっと彼の心の揺れ動きだ。はやく観念してほしい。フレイアを欲しがる方に傾け、そう願う。


 アーロンがごくりと息を飲んだ。


「本当に、私がこの手を取っても、良いのですか」


 かすれた声だった。


「わたくしの幸せに、あなたが必要です」


 アーロンが立ち上がったかと思うと、勢いよく片膝を床に着いてフレイアの見上げる姿勢を取った。


 アーロンの真剣な眼差しに射貫かれる。

 フレイアの差し出していた手に、アーロンの手が伸ばされる。そして、壊れ物に触れるような優しさで、指の先端に触れた。


「フレイア様が必要としてくださる限り、私のすべてを捧げると誓います」

「一生必要とするから、一生離れることは出来ないわよ」


 照れ隠しで、つい余計なことを言ってしまう。それでも部屋に漂う甘い空気は薄まることはなかった。


「本望です。フレイア様は私の気持ちを軽く見ていらっしゃる。フレイア様は私の初恋であり、二十年間ずっと憧れ続けた相手です。再会してからはさらにあなたに夢中になった。王女としてまわりのためにどうしたら良いのか常に考えていて、尊敬しました。でも、一生懸命すぎて心配になりました。あとたまに十六歳の愛らしい表情を見せるところも、心をかき乱されました。ずっとあなたは憧れの対象でしたが、冷静に考えれば今は私の方が年上。それなのに私を年下のように扱うときがあって、それはとても表現しがたい気持ちで、でも不快などではなく逆で、なんというか――――」

「ちょっと、急にたくさんしゃべらないで!」


 箍が外れたかのように流れ出すアーロンの想いに、フレイアは心臓が飛び出そうになる。

 照れくさくてたまらないではないか。いつも無表情だったくせに、そんな重く甘い感情を隠していたなんて。


「申し訳ありません。つい、はしゃいでしまいました」


 フレイアとアーロンは目を見合わせると、同時に笑い合った。


「はしゃいで……ふふっ、では仕方ないですね」


 お互いの笑いが収まると、アーロンは真剣な目をした。


「フレイア様、私の罪が消えることはありません。ですが、私のあなたへの想いが消えることもありません。どうか、お側にいることをお許しください」

「えぇ、許すわ」


 フレイアの言葉に、わずかにアーロンが微笑む。そして、ゆっくりと手の甲にアーロンは口づけを落としたのだった。




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