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第5章⑥

 フレイアは目を開けた。今度こそちゃんと目覚めていて欲しい。そう思いながら恐る恐る重い体を起こす。宙に浮いているわけでもないし、真っ暗な空間でもない。いたって普通の部屋の中だ。


 部屋の中に見慣れた人物を見つけた。サーリャだ。窓辺で椅子で眠っている。どうやら編み物をしていたが、つい居眠りをしてしまったようだ。サーリャの姿にさほど変化は感じられない。ただ、少々厚着をしているので、季節が進んでいるのは確かなようだ。


「ちゃんと、目が覚めたようね」


 いったいどれだけ眠っていたのだろうかと、不安に思いながらも、ちゃんと目覚めたことに安堵した。


「サーリャ、起きて」


 フレイアは呼びかける。長いこと使っていなかった喉のせいで、かすれた声しか出なかったが、サーリャにはちゃんと届いたようだ。ぴくりと動くと、ぱちぱちと瞬きをした。


「フレイア、さま?」

「えぇ、おはよう。わたくし、今度はどれだけ眠っていたの?」

「ええと、半年、です。って、フレイア様! あぁ目覚めて良かった。このまま目覚めなかったらどうしようかと。呪いのせいかと思ったら、魔力不足のせいだと魔法医は言うし、だとしたらキスをしても意味がなく、魔力が自然に回復するのを待つしかないって。何も出来ないまま、ただ、見守ることしか出来なくて……」


 サーリャはほろほろと涙をこぼし始めてしまった。


「泣かないで。これは覚悟の上だったのよ。お父様達はご無事かしら」

「もちろんです。フレイア様が守ってくださったお陰です」

「わたくしは手助けをしただけで、魔物を退治したのはアーロンよ。彼は、今どうしているの?」

「我が国の騎士団に所属しています。国王様は功績を認めて爵位を贈ろうとしたのですが、自分には不相応だと辞退したのですよ。相変わらず生真面目ですよね」


 サーリャが涙を拭いながら、思い出し笑いをしていた。辞退する様子が、フレイアにも簡単に思い浮かぶ。


「落ち着いたら、彼とゆっくり話をしたいわ」

「えぇ、それがよろしいかと」


 フレイアが窓の外を見ると、樹木には実がなっていた。誕生日から半年も経っているのだ。季節が変わっているのも当然だ。



***



 温かい食事をとり、ゆっくりと静養したフレイアは、三日目にはベッドから離れることが出来た。眠りに就いている間に不足していた魔力は自己回復し、呪いの勢いよりも目覚める力が勝ったのだ。


「もし負けていても、大丈夫だったけれどね」


 フレイアは独り言をこぼす。


「フレイア様?」


 アーロンが眉間に皺を寄せて、怒っているというよりは困惑しているような表情を浮かべていた。


 フレイアの体力が戻ってきたので、早速アーロンと話したいと部屋に呼んだのだ。部屋の中はフレイアとアーロンだけ。一応ドアは少し開けてあるし、部屋の外にはサーリャが待機している。だけれど、部屋の中は二人きりという状況に、アーロンはどことなく居心地が悪そうにしている。慣れない場所に困惑する子犬のようで可愛らしく見えてしまう。背格好は子犬とは似ても似つかないのだけれど。


「アーロン。まずは魔物を倒してくれてありがとう。心から感謝しているわ」

「いえ」

「謙遜は不要よ。もし魔物を倒せずに部屋から出してしまったら、今頃城内だけでなく国中が荒らされていたわ」


 王家の魔法使いが集結しても、部屋の外に出てしまえば被害を出さずに退治するのは難しかっただろう。それくらい強い魔物だった。


「いえ。国を守ったのはフレイア様ですから」

「わたくし?」

「はい」


 アーロンが小さく頷く。だが、フレイアとしては納得がいかなかった。


「わたくしは動きを一瞬止めることしかしていないわ」

「動かない魔物だからこそ、私でも仕留められたのです」

「ふふ、頑固ね。じゃあ二人の功績にしましょう」


 アーロンが譲らないので、フレイアは可笑しくなってくる。意地でも意見を曲げないところがアーロンらしい。


「はい」

「あ、はいって言った。それは了承したってことね。では国王からの褒美もちゃんともらうこと。いいわね」

「うっ……」


 アーロンがうらめしそうにフレイアを見てくる。フレイアもしてやったりと勝ち誇った笑みで見返した。


「さぁ、お礼も伝えたことだし、本題に入るわ」

「……はい」


 アーロンのしょげて丸まっていた背中がピンと伸びた。


「あなたの隠していることを教えて」

「たくさん、あります」

「そうね。でも、少しはわたくしも知っているのよ。例えば、パトリシオ様が怪我をしたくなくて、アーロンを廟の中に蹴り込んだこと。アーロンはわたくしの手に、忠誠のキスをしたこと、とかね」


 アーロンの目がこれでもかと驚きに見開かれた。


「どう……して」

「わたくし、呪いの欠片と仲良くなったの。そしたら眠っている間は暇だろうからって、呪いの欠片が記憶を見せてくれたわ。だからわたくしに隠し事をしても無駄よ」

「は、え?」


 アーロンは理解が追いつかないのか、細切れの音を発するのみだ。


「呪いの欠片っていっても、もとの性格は闇の魔女ね。彼女って意外と優しい人よね。わたくしのことも何だかんだと心配してくれるし。そしてなにより、あなたのことを慈しんでいるのを感じたわ。ね、あなたと闇の魔女はどんな関係なの?」

「闇の魔女は……我が国の前王の王女でした。ですが、母の身分が低かったため扱いが酷く、そのせいで性格もねじ曲がってしまったと言われています」

「そうは感じなかったけれど」


 からっとしていて面白い人だなと思ったくらいだ。性格がねじ曲がっているなど、誰が言っているのだろうか。


「えぇ。理不尽な扱いをする奴らの言うことは聞かないだけで、礼節をもって接する相手には優しかった」

「つまり、理不尽な輩が権力を持っていたせいで、余計に悪い噂が真実のように広まったのね」

「はい。闇の魔女は傷つき、国から出ようとしましたが、国王が許さなかった。扱いにくくても、魔法を使える貴重な人材ですからね。なので、国から出たいのならある人物を呪い殺せと命じたのです」


 ここでも権力者による脅しが行われていた。ノエのときと一緒ではないか。


「ある人物こそが、わたくしなのですね。ですが、セガルラ王国に殺されるほどの恨みを持たれる理由が分からないのですが」


 目的はフレイアなのだから、もう直接狙って欲しいとすら思う。そうすれば、闇の魔女も毒を盛った使用人も罪を犯さずにすんだのに。


「我が国は戦争とは無関係の商業貿易大国とうたっていますが、とんでもない。裏ルートで戦争している国に武器や弾薬、食料を売りつけることで莫大な利益を出している武器商人国家です。戦争している国は孤立していますからね、高値でも買うしかない。買わなければ戦争に負けるし、民も飢えてしまうから。我が国の国家財政の半分以上は戦争での利益です。だからこそ、戦争を止めようと動いていたフレイア様が邪魔だった」


 知らなかった。そんな裏貿易があったなんて。でも確かに戦争していた二国はまわりの国からは孤立していた。自給出来ないものは輸入するしかないが、売ってくれる国は少なかっただろう。そこに目を付けて莫大な利益を得ていたのがセガルラ王国だった。あのころのセガルラ王国は勢いがあったけれど、その理由は上手く国政の舵取りをしているからだと思っていたのに。


「戦争を続けさせるために、わたくしが邪魔だったのね」

「はい。ですが、もうひとつ邪魔だと思われた理由があります」

「まだあるの?」

「フレイア様の力のことです」



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