第5章②
「フレイア、もう起きて大丈夫なのかい」
貴賓室のドアを開けると、父が心配そうに聞いてくる。母も父に寄り添い、フレイアを見つめてきた。
「えぇ。お父様もお母様も、驚かせてごめんなさい」
「いいんだ、そなたさえ無事であれば。それより、みんなを集めてどうしたんだ」
貴賓室には両親の他にはパトリシオと、フレイアと一緒に入ってきたアーロン、サーリャがいる。両親は隣合って三人掛けのソファーに座り、パトリシオは向かい合ったソファーに一人で座っている。サーリャは両親の後ろ、アーロンはパトリシオの後ろで控えた。
「わたくしから話したいことがあるのです。とても、大事なことです」
フレイアは貴賓室のドアから歩き、座った両親とパトリシオを見る。
「毒を盛った事件に関して、わたくしなりに考えていました。二十年前の犯人がわたくしが目覚めたのを知り、再び手を下してきたのかもしれないと。ですが、二十年前の呪いとは無関係の、ノエ様の犯行だと分かったわけです。ノエ様は二十年前は幼子ですし、動機も今のわたくしに向かっていたものでしたから」
「そうだな。まさかノエが毒を盛るとは思ってもいなかった。だが、どうしてノエだと分かったんだい? 恥ずかしい話だが、私は少しも彼を疑ってはいなかったから驚いているんだ」
父が困ったように、眉を下げている。
「わたくしとて、サーリャとアーロンが言ってくれなかったら疑いもしませんでした」
フレイアが視線を向けると、二人とも小さく頷いた。見守られているような安心感に、フレイアは語りを再開する。
「実は、毒を盛った実行犯は、ノエ様の紹介で城に務めに来たのです。でも、それだけでノエ様が黒幕だという証拠にはなりません」
確かに、といった様子で母が頷く。
「そこに、アーロンが重要な目撃証言をもたらしてくれたのです」
「アーロンが?」
パトリシオがちらりとアーロンを見上げていた。その瞳には単純な好奇心の色があるだけ。まるで他人事のような気持ちでここにいるのが分かる。
フレイアはパトリシオを見つめた。まさか今から彼にとっての地獄が始まるとは思いもしていない様子に、少しだけ心が痛む。だが、避けては通れない話なのだから仕方ない。恨むなら自分の行動を恨んで欲しいと思いながら、フレイアは口を開く。
「ノエ様の目的は、わたくしの殺害ではなく、わたしをパトリシオ様に渡したくない、自らが独占したいというものでした。ですから、ノエ様はナタリーと言う女性をパトリシオ様のもとへ送り込んだのです。彼女はノエ様に心酔している女性の一人でした。アーロンが、ノエ様とナタリーが視線で合図を送っているところを目撃しています。そこから疑いはじめ、調べて判明しました」
ナタリーの名前を出した途端、パトリシオの表情が固まった。じわじわと汗が滲み始めている。
「ナタリーとは誰です?」
母が首を傾げながら質問してきた。
「最近雇い入れた使用人で、パトリシオ様付でした。まぁもう過去の話ですが」
「……フレイア、詳しく」
母は何が起こっていたのか、すぐにピンときたようだ。さすがいくつになっても乙女思考の母である。男女の機微には聡いらしい。
「ナタリーとパトリシオ様はとても仲がよろしく、わたくしも二人がキスをしている場面を見ましたよ。さすがにわたくしも驚きましたし、心を痛めました」
「ま、待ってくれ。違うんだ、見間違い――」
パトリシオが往生際悪く口を挟んできたが、無視してフレイアは続けた。
「ですが、わたくしは婚約をすると決めました。王族の婚姻は政治的なものですからね。ここでノエ様の策略は失敗してしまったのです。自分の息の掛かったナタリーを送り込み、せっかくパトリシオ様に浮気をさせたのに、わたくしは婚約をすると言い張るのですから」
じろりと音がしたのではないかというくらい、両親の鋭い眼差しがパトリシオを射貫いた。もうパトリシオは冷や汗をだらだらと流し、顔色は真っ青、今にも気を失いそうな状態だ。
「フレイア、あなたは王女という立場のせいで、意に沿わぬ婚約をしようとしていたのですね。打ち明けてくれたら良かったのに……、いえ、出来なかったのね。私達が喜んで進めていたから」
母が自分を責めるように首を横に弱々しく振る。
「お母様、それだけが理由ではないのです。わたくしとて、呪いを解いてくれたパトリシオ様に感謝していました。彼がいなかったら今も眠り続けていたのですから。それも含めて、やはり彼がわたくしの運命の相手なのだと、そう思ったからこそ、婚約をしようと考えていたのです」
「じゃ、じゃあ、俺と婚約してくれるのですか」
パトリシオが起死回生とばかりに、目を輝かせた。
「いえ、わたくしの運命の相手ではないパトリシオ様とは婚約しません。そもそも、呪いは完全には解けていないのですから。パトリシオ様、あなたはわたくしに口づけをしていない」
フレイアはきつい口調で言い切る。ここからの話はアーロンにもサーリャにも、誰にも話していないことだ。
「そ、そんなわけないだろう。フレイア殿の呪いを解いたのは俺だ!」
「では、手を見せてくださいますか?」
「手? いいが、何故だ」
「いいから手を差し出してください」
訳が分からないとばかりに眉を寄せているパトリシオが、恐る恐る手を差し出してくる。
その手は、きめ細やかな肌で、傷一つない綺麗な造形をしていた。
「とても綺麗な手です」
「ま、まあな。毎日手入れを欠かしていないし、そもそも傷付けないように気を付けている」
「なるほど。分かりました。では、アーロン。あなたも手をみせて。もちろん手袋は外してね」
「は、なんでアーロンなんだ」
「パトリシオ様は黙っていてください。そして、アーロンは黙ってないで返事をなさい」
「……はい」
「ほら、返事したのなら手を出す。早く」
フレイアはアーロンを急かすが、アーロンは気が進まないようだった。




