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第4章②

 朝食後、両親から話があると言われた。出されたハーブティーを飲みながら、真剣な面持ちの父が口を開くのを待った。


「毒を飲んだのが少量で本当に良かった」


 父がしみじみとつぶやく。


「ご心配をおかけしました。その、毒を入れた犯人はまだ判明していないのでしたね」

「あぁ、外から侵入した形跡がないから、おそらく城内の人間だろう。残念だがな」


 外部からの侵入を優先的に探していたから、まだ内部の人間の調査が進んでいないのだろう。


「それは本当に残念ですね……。ただ、今回の犯人が二十年前の魔女の呪いを掛けたものの仕業なのか、別のものの仕業なのか。犯人を捕まえてみないことには分かりませんが、頭に入れて自衛しないといけませんね」


 どちらにしろ、フレイアは狙われている。呪いが解けたからと言って、解決というわけではない。


 考えることが多すぎる。呪いの犯人、毒を入れた犯人、パトリシオとの婚約、浮気相手のナタリーのこと。ふいに全部投げ出して眠ってしまいたくなる。まぁ、実際は十分眠ったので眠くはないはずなのだけど。


「フレイア、そなたの誕生日が来月にある。実は、魔女の呪いから目覚めた祝いも兼ねて、諸外国の要人も招き盛大に舞踏会を開こうかと考えていたんだ。そこで、パトリシオとの婚約も発表しようと思っていたが、今回の毒のことがあって……迷っている」


 舞踏会の話は初耳だったが、確かに対外的にフレイアが無事に目覚めたこと、婚約することを発表するのに良い機会だ。情報では他の国にも流れているだろうが、元気に動いているフレイア本人の姿を見たほうが効果が大きいに違いない。


 老いた国王が統治する国、次代を継ぐ者は未定となれば、将来を不安視されるのは当たり前だ。もし国王が急逝したならば国が荒れる、商売をしても損をするかもしれない、では貿易するのを控えよう、別の国とのルートも開拓しよう、そんなふうに考えるのが普通だ。現にヴァニュエラス王国の貿易による利益は、ここ数年で少しずつ減少しているのがその証拠だろう。


 だが、再び命を狙われたのだからと、父が躊躇するのも当然である。


「もし呪いを仕掛けたものが、わたくしを今も狙っているとしたら。再び同じようなことが起こるかもしれませんね。また、今回の犯人が別だとしても、模倣して狙ってくる可能性も」

「その通りだ。国益を考えれば、そなたの復活を披露するまたとない良い機会だ。だが、親としては心配の方が大きい。一晩考えたが踏ん切りがつかなくてな、フレイア本人の考えを聞いて決めようと思ったのだ」


 父の話を聞き、フレイアは思考を巡らす。舞踏会を開かないという選択肢はない。いずれ何らかの形で開かなくてはならないだろう。だが、延期するとして、いつまで延ばせば良いのかという問題になる。魔女の呪いや今回の毒の犯人が判明するまで? 見つからなければ、このままずっと隠れたように過ごしていくのか? それは何だか癪だなと思った。何故こちらが身を隠さねばならぬのか。


「お父様、舞踏会は予定通り開きましょう。危険は承知です。逆にこの危険を利用しましょう。犯人を捕まえる良い機会です」


 城に引っ込んでいても狙われるのだ。ならば、より狙われやすい状況で待ち構えていた方が、よほど自衛になる。


「自らを囮にするということか?」

「はい、その通りです。犯人をあぶり出しましょう」


 フレイアはにっこりと答えたのだった。



***



 城内が活気づいている。久しぶりに国外から来賓を迎えるとあって、城中で大掃除が行われ、壊れていたりさび付いていたりする箇所は補修が行われた。それと同時に舞踏会の会場となる大広間の飾り付けの案や、楽団、料理など、手配することが山ほどある。


「ノエ様、ごきげんよう」

「フレイア様ではありませんか。サーシャとアーロンも」

「準備、忙しそうですね」

「僕に出来るのは指示することだけで、実際に頑張ってくれているのは、準備を進めてくれるものたちですよ」


 ノエが書類片手に歩いているところに遭遇し、声をかけたのだ。国王から細かな段取りを任せられたノエは、ここのところ毎日城内で慌ただしくしているのを見かける。けれど、こうして自分ではなく、下のもの達を褒める態度は好感が持てるなと思った。


「ノエ様の的確な指示があればこそですよ。苦労を掛けますが、よろしくお願いします」


 フレイアは感謝を伝え、ノエとは別れた。

 ノエの姿が見えなくなると、侍女のサーリャがうきうきとした声で話しかけてきた。


「やはりノエ様は素敵ですねぇ。あんな息子が欲しかった」

「サーリャは娘がいるのでしょう?」

「えぇ。商家の息子と結婚しましたよ」

「では、義理とは言え息子がいるじゃないの」

「彼は自分の利益を優先する思考が強すぎて。いえ、悪いことじゃないと思うんですよ。彼の商才のおかげで娘は裕福な暮らしが出来ているのですから。でもねぇ……国のために心身を捧げているノエ様を見ていると、こう、違うなって思うわけですよ」


 なるほどなぁと、サーリャの娘夫婦の状況を想像する。

 サーリャはもともとの婚約が流れたあと、自国の傾き掛けた伯爵家に嫁いだと聞いている。だが、次男だったために伯爵家の継承には関わりがなく、サーリャの娘は商家に嫁入りしたのだという。しかも恋愛結婚だと言うから驚きだ。貴族と商家の婚姻は権威が欲しい商家とお金が欲しい貴族の利害関係が多いからだ。てっきり利害関係で結ばれた婚姻かと思って途中まで聞いていたので、本当かと聞き直してしまったくらいである。


 幼い頃からノブレス・オブリージュの精神が染みこんでいるサーリャからすると、商家の息子よりもノエの方が良く思えるのだろう。何を守るかは人に寄って違う。ノエは立場的に守るものの範囲が大きい。そのノエと比べられては、商家の息子が少々可哀想だなと思わなくもない。商家の息子ならば、家を守ることが一番重要なのだから。


「商家の息子も大変ね」

「ノエ様でなく、商家の息子の肩を持つのですか。ノエ様はあんなに身を粉にして働いてらっしゃるのに、フレイア様はもっとノエ様をいたわってあげてくださいよ」

「もちろん、頑張ってくれているのは分かっているわ」

「本当ですか? 今度差し入れを持って――――、パトリシオ様がいますわ」


 サーリャが先に気付き、前方を見やった。それにつられるように顔を向けると、パトリシオと彼が国から連れてきた騎士団長がいた。


「フレイア殿!」


 向こうも気付き、駆け足で近寄ってくる。


「パトリシオ様。午後からのダンスの練習、よろしくお願いいたします」

「任せてください。昨日はずっとおさらいをしていたのですよ」


 得意げにパトリシオが胸を張る。


 フレイアはしばらくダンスをしていない。二十年ぶりのダンスになるので、皆の注目をあびて踊る前に練習をしておきたかったのだ。なので、当日一緒に踊ることになるパトリシオにお願いした。まぁ、返事は引っかかることがいくつかあるけれど。


 まず、城内が舞踏会の準備に向けて慌ただしくしている中、手伝おうともせずにずっとダンスのおさらいをしているという部分。苦手で練習ならまだしも、おさらいで一日掛けるってどういうことだ。だが百歩譲って、一応まだ客人という立場なのだから仕方ないとしよう。


 次は誰とおさらいをしていたか、という部分。これはサーリャを介して情報が回ってきた。なんとナタリーだそうだ。

 普通に考えて、ダンスのおさらいに丸一日を費やすのはおかしいうえ、浮気相手をパートナーにして練習とか、さらにおかしいではないか。そんな昨日を過ごしておきながら、満面の笑みでフレイアに話しかけるパトリシオに、呆れを通り越して諦観の気分だ。


「えぇ、頼りにしていますわ。では、後ほど」


 無理矢理笑みを浮かべ、フレイアはその場を立ち去る。

 パトリシオの姿が見えなくなると、再びサーリャが口を開いた。


「なんですか、あれ。本気で知られていないと思っているんですかね」


 サーリャの鼻息が荒い。憤り具合が反映されているようだ。


「思っているのでしょうね。でなければ、あんな態度は取れないと思うし」

「はぁ、あんな頭からっぽそうな人がこの国の王配になるとか……」

「王配って決まっているわけではないでしょうに。彼が王ではなく王配なら、わたくしが女王になるわけでしょ?」


 父からはフレイアが王位につけと言われているわけではない。逆にフレイアの夫に王位を渡すとも言っていないが。


「は、フレイア様が王位につかないのですか?」

「つかないというより、まだはっきりと決まっているわけではないってことよ」

「いや、いけませんよ。フレイア様が王位につかないなど。パトリシオ様が王になったらきっとこの国は大混乱になってしまいます」


 パトリシオが何か政策を考えるだろうかと想像してみる。まったく想像が付かなかった。


「何もしなさそうだから、たぶん混乱はしないわ。わたくしが舵取りをすれば良いのだし」

「なら、素直にフレイア様が女王になればいいではないですか」

「確かに、それもそうね」

「くくっ、あ、失礼しました」


 サーリャとの会話に夢中になっていると、小さな笑い声が挟み込まれた。振り返ると、口元を押さえたアーロンが、ばつが悪そうにしている。


「アーロンがわらっていますよ、フレイア様!」


 サーリャが目を丸くして驚いている。フレイアとて、驚いていた。思わず笑ってしまったのだろうが、珍しいことだ。

 いや、ここ最近は表情の変化を見ているかもしれない。先日は照れて真っ赤になっていたし。

 それでも、こうして感情をあらわにしてくれると嬉しいものだなと思った。ちゃんと見ていてくれる、関与してくれているという肯定感だろう。


「アーロンが思わず笑ってしまうくらいですよ、パトリシオ様の行動は目に余ります」

「どうしたものかしらねぇ」


 フレイアはため息交じりに、言葉をこぼすのだった。



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