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第1章①

 ゆっくりと意識が浮上する。手に優しい温かさを感じ、フレイアは起きなければと思った。


 目を開けるもぼんやりとしか見えない。誰かがのぞき込んでいるのは分かる。金色の髪、男の人だろうか、何か言っているけれどよく聞こえない。あぁ、まだ眠い。ちゃんと姿を見たいのに、声を聞きたいのに眠気に邪魔をされてしまう。


 しばらく眠りと覚醒の狭間でたゆたっていた。


「――――フレイア殿! 目を開けてくれ」


 うるさい怒鳴り声に、再び目を開ける。やはり金髪の男の人がいた。


「おぉ、目を開けたぞ。俺が目覚めさせたんだ!」


 嬉しそうに叫んでいる。耳元で大きな声を出さないで欲しい。こちらは寝起きなのだがと、フレイアは嫌な気分になる。

 そもそも淑女の寝室に男性がいるのはおかしい。寝込みを襲われたのかと、慌てて起き上がろうとするも、何故か体に力はいらない。うめき声を出しただけでまともに動けなかった。


「大丈夫ですか」


 そこに、落ち着いた声音で問いかけられた。視界には入らないが、どうやら部屋の中には別にもう一人いるようだ。言葉の様子からして敵意はなく、暴漢などではないらしい。むしろ心配されているようなのでそこは一安心だけれど、城の警備はどうなっているのやら。


 フレイアは寝起きでまだぼうっとしている思考を必死に働かせる。


「ええ。何故か動けなくて…………ここは、どこ?」


 声の方へ顔を向けた瞬間に、まわりの景色が目に飛び込んでくる。蔦がうっそうと茂った、フレイアの自室とは似ても似つかぬ殺伐とした場所だったのだ。


「フレイア様は、魔女の呪いによって長い眠りについていたのですよ。この蔦は魔女の呪いの一部です。あなたを眠りから覚まさないようにと、あなたにとっては快適なベッドに、そして侵入者に対しては攻撃をしていました」


 姿がまだ見えないけれど、落ち着いた声の主が説明をしてくれる。だが、意味は分からなかった。昨日は多くの国を招いて友好を深める舞踏会が開かれていたはずだ。自分はヴァニュエラス王国の第一王女として来賓達をもてなすために忙しくしていた。


 それがどうして急に、魔女の呪い? 長い眠り? 侵入者に攻撃? すべてが寝耳に水な言葉すぎて、すぐには理解が追いつかない。フレイアは体を包み込むように編まれた蔦のベッドを見る。確かに程よい弾力があり通気性もよく安眠できそうではあるが。


 困惑気味に視線を揺らすフレイアへ、不意に手が伸びてきた。驚いて肩を引いた、つもりだったが体の動きが鈍く、ただ不自然に強張っただけになる。

 青年の手がそっとフレイアの体に触れた。他意はなく、フレイアを起き上がらせようという動きだったので、戸惑いつつも体を起こす。一言声をかけてくれていたら、怯えずにすんだのにと思わなくもないけれど。


「ありがとう、ございます」


 目の前にずっといた金髪の青年から少し寂しそうな笑顔を向けられ、無視するのも申し訳ない気分になり、おずおずと礼を言う。


 起き上がったものの、手を離されると倒れてしまいそうだ。どうしてこんなにも体に力が入らないのだろう。まさか、本当に長い時間眠っていたとでもいうのか。


「ご気分は悪くないですか?」


 金髪の青年の問いかけに逡巡する。肉体的にはだるくて仕方ないし、精神的にも状況への理解が追いつかなくて嫌な気分だ。だが、フレイアはゆるゆると首を横に振る。ここで気分が悪いと言ったら心配される会話になるだけだ。それよりも情報が欲しかった。


 目が覚めたらこんな薄暗いところに一人でいたのだ。何かとんでもないことが起きたとしか思えない。今、自分がどうなっているのか、父や母は無事なのか、城の皆は、国民は。頭が回り出した途端に、気になることが波のように押し寄せてくる。


「あの、ここはヴァニュエラス王国でしょうか」


 フレイアを支えてくれる青年の格好を見る限り、身分が高そうだ。真っ白な軍服を着込み、縁取りや釦は金色だ。さらさらとした金髪、やや垂れ目がちな碧眼が柔らかな印象を与えてくる。まるで童話の中に出てくる王子様のようだなと思った。


 少し視線を動かせば、やっともう一人の姿が見えた。黒い軍服を着用した青年で、少し引いた位置で立っている。薄暗いので顔立ちまでは分からないが、おそらく白い軍服の青年の部下なのだろう。


「ヴァニュエラス王国ですよ。しかも城内です。フレイア殿が魔女の呪いのせいで蔦に覆われてしまったので、国王があなたのためにこの廟を建てたのだと聞いています」


 白い軍服の青年が答える。


「城内なのですね。では皆は? 無事ですか?」

「無事ですよ。むしろ、無事ではないのがフレイア殿です。どれくらい眠っていたと思いますか」


 自分以外は無事らしいことにまずはほっとした。しかし、青年の問いかけ方が気になる。わざわざ眠っていた期間を問うくらいだから、自分が思うよりも長いのかもしれない。確かに体のだるさからすると、十日くらいだろうか。いや、廟を建ててしまうくらいなのだから、もしかしたら数ヶ月単位で眠っていたのかもしれない。


「……半年くらいでしょうか」


 そこまで長くないと笑われてしまうだろうか。ちょっと自信なく言ってみた。すると、白い軍服の青年と黒い軍服の青年が顔を見合わせるではないか。挙げ句、二人とも残念そうな表情でこちらを見てくる。


「あ、やはり長すぎましたね。一ヶ月くらい――――」

「いいえ、二十年です」


 フレイアの言葉をかき消すように、白い軍服の青年が言った。


「は……まさか、嘘でしょう?」


 頭の中が真っ白だ。無意味に視線が揺れる。まるで自分の心の動揺を写し取っているかのように。二十年という時の長さが想像できなかった。冗談を言ってフレイアをからかっているのではないか。

 信じられなくて、フレイアは黒い軍服の青年を見た。しかし、彼も悲しそうな表情でこちらを見るだけだった。


 白い軍服の青年が、とろけるような笑みを浮かべてフレイアをのぞき込んできた。


「信じられないでしょうが嘘ではありません。二十年眠っていたのが嘘のように、あなたは可憐で可愛らしいですがね」


 急に口説くような発言をするなんて胡散臭い。やはり二十年は冗談なのだろうか。


「冗談、なのですよね?」


 声が少し震えてしまった。

 冗談に決まっている。いや、冗談で無ければ困る。だって、自分だけが二十年もの間、時が止まっていただなんて。一人だけ取り残されてしまったのではという焦燥が胸をざわつかせる。


「フレイア殿。あなたは魔女の呪いによって、二十年間眠っていました。それが真実なんです」


 残酷な現実を告げられた。眉尻を下げ、申し訳なさそうにされても、言われた内容が変わるわけではない。



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