第3章⑥
ぐったりとベッドに寝転ぶ。ナタリーとの会話後、書庫に予定通り行った。だが、まったく頭は働くことはなく、これ以上は無駄だと見切りを付けて自室に帰ってきたのだった。サーリャは手伝い先からまだ戻ってきては居ないので、部屋の中は一人きりだ。もちろん、アーロンは部屋の外に控えているが。
ふかふかのベッドに横たわりながらぼうっと天井を見上げた。ナタリーの最後の様子がどうも気になる。でも、それ以上にアーロンの長々としたフレイアに対する賛辞はなんだったのだろうか。
アーロンにそのことを蒸し返そうかと思ったが、どうも気恥ずかしくて躊躇う。しかも、アーロンはあれだけ言葉を発したというのに、またすぐにいつもの如く寡黙な様子に戻っているのだ。「はい」しか言わない相手に、自分の賛辞のことを聞くのは心が折れる。
ふと喉の渇きを覚え、身体を起こす。ベッド脇の小さなテーブルに置いてある水差しを手に取り、グラスに水を注ぎ口を付けた。こくりと飲み込もうとした瞬間、微かな魔力を感じて吐き出す。慌てたせいか、少量の水が気管支に入ってしまい咳き込んだ。
「いけない……少し飲んでしまったわ」
魔力の気配を帯びた水、それは飲んだ相手に何か作用をもたらすものだ。それが良いものであれば薬だが、悪いものであれば毒である。
じわじわと喉が熱くなってきた。薬であればだまし討ちのように飲ませるわけがない。となると、必然的にこれは毒だ。
「誰か……サーリャ……」
助けを呼ぼうとすれども、かすれてまともに声にならない。声が届かないなら、動くしかない。しかし、喉から広がった熱さがあっという間に全身にまわり、うまく力が入らない。握りしめていたグラスが滑り落ち、床に音を立てて転がった。このままでは毒のせいで死ぬかもしれない。そう思った瞬間、フレイアはカッと目を見開いた。
せっかく二十年の呪いから目覚めたのだ、こんな毒くらいで死んでたまるかと、ふらつきそうになる足を叱咤し、ドアに向かって進む。部屋の外にはアーロンがいる。彼に状況を伝えられればきっと助かる。その思いだけで、部屋の中を進む。
あぁ、部屋の中はこんなに広かっただろうか。ぜんぜんドアにたどり着けない。でも、たどり着かなければ死ぬ。死ぬなんてごめんだ。やりたいことは山ほどあるし、これ以上、まわりに悲しい思いをさせたくない。
それでも、だんだんと視界にもやが掛かってきた。ぼんやりとした世界の中で、床が斜めになっていく。倒れるのだなと覚悟した。倒れたらもう動けない、終わりだ。だからフレイアは必死に手を伸ばす。お願い、助けて、と。
「フレイア様!」
床に倒れたであろう衝撃はやってこなかった。代わりに声と共に温かいものに包まれる。
「……助けて」
「はい」
かすれた声に返事が来た。簡潔な「はい」が、とてつもなく頼もしく聞こえた。
その「はい」に安心したせいか、フレイアの意識はそこで途絶えたのだった。




