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第3章③

「フレイア様、それでは浮気を見過ごすということですか!」


 サーリャが目を丸くして叫んだ。声が大きい。自室の中とは言え、廊下にいるであろうアーロンにも聞こえてしまいそうだ。


「落ち着いて、サーリャ。アーロンに聞こえてしまうわ」


 街での買い物を終えて、城に帰ってきたところをサーリャに捕まった。急に街に行くなんて何かあったに違いない、何があったのだと問い詰められて、隠しきれずに白状したのだ。


「聞こえてもいいじゃないですか。彼は上司の浮気を知ってるんですから。しかも、知ってて隠そうとしていた」

「隠そうというよりは、わたくしを傷付けまいとしていたのよ」

「アーロンの肩を持つのですか?」

「そういうわけではなくて」


 もし本気で隠そうとしていたのなら、強引にでもパトリシオの部屋には行かせないとか、パトリシオにフレイアが行くことを事前に知らせるとか、何かしら手を打つだろう。でも、それをしなかったのは、最悪パトリシオの浮気を知られてもいいと思っていたのではないだろうか。


 アーロンはパトリシオに対して立場上の命令は聞くが、敬意を持っているとは思えない。フレイアがショックを受けるのは不本意だったから、やんわりと止めはしたが、いずれ浮気を知ってしまうなら早いほうがいいとすら考えていそうだ。


「フレイア様、いいですか。いくら王族の婚姻が政略的なものだと言っても、最初から浮気をしているような男など言語道断です。抗議しましょう」

「ですが、まだ正式に婚約もかわしていないのよ。彼を縛る公的なものは何もないわ。それに、わたくしにも非はある」

「どこにですか!」

「最初からパトリシオ様に対して否定的だったわ。彼はわたくしを見てくれていたというのに、それを嫌がるような態度をしていた」


 先に嫌な態度を取ったのはフレイアだ。その自覚があるだけに、パトリシオに対して強い態度に出ることを躊躇してしまう。


「ですが……私から見ても馴れ馴れしい態度でしたよ。パトリシオ様はお顔がよろしいので、今まではそれで通用していたのでしょうが、普通はマナー違反です。フレイア様の態度は間違っていないと思います」

「でもパトリシオ様の身になって考えてみたとしたら? わざわざ他国まで旅をし、危険を犯してまで呪いを解いた相手に、冷たい態度を取られたら。そこに自分を慕ってくれる女性が新たに現れたら、心が移ってしまうのも分かるというか……」

「フレイア様は物わかりが良すぎます! 嫉妬とかないのですか」


 サーリャが鼻息荒く詰め寄ってきた。あまりの剣幕に、フレイアはじりじりと体を後ろに引いていく。


「嫉妬はなくはないけれど、仕方ないなと思う気持ちの方が大きいわ。わたくしは愛だ恋だという感情が希薄なのかしらね」

「いえ、希薄というよりも、おそらくパトリシオ様に対する気持ちがほぼ無いからですよ」

「それは……またはっきりと言い切るものね」


 フレイアは困惑を誤魔化すように、曖昧な笑みを浮かべる。だが、そんな誤魔化しなど目に入らないとばかりにサーリャの勢いは続く。


「好きの反対は無関心とよく言うではありませんか。フレイア様のパトリシオ様への気持ちがまさにそれです」

「これでもショックは受けたのよ」


 フレイアも一応抗議はしてみるも、サーリャは首を傾げて切り返してくる。


「その割には吹っ切れているようにお見受けしますが?」

「そうね。街に気分転換に出たのが良かったのかも」

「ふーん、アーロンと二人で出掛けたのがそんなに良かったのですか。へぇ、ほう、なるほどね」


 サーリャが呆れたように半目になった。その冷やかすような空気に、居たたまれない気分になる。


「変な言い方しないで」

「フレイア様、赤くなってる。ほんの冗談のつもりだったのに。あれまぁ」


 サーリャがけらけらと笑っている。別にアーロンのことなど何とも思ってない。ただ、不器用なりに励まそうとしてくれたのが、ちょっと嬉しかっただけだ。


「からかうのはこれくらいにして。フレイア様、話は戻りますが本当にパトリシオ様に抗議されないのですか」

「えぇ。わたくしは何も見てない、何も知らない。それでいいのです。いずれどこかの王族より婿を迎えなくてはならないのです。それならば、お父様達が望むとおりにしましょう」


 これ以上、父と母に心配をかけたくないのだ。


「よろしいのですか。それで後悔しませんか」

「しません。くどいですよ」

「さようですか。そこまでお心が決まっているなら仕方ないですね」


 サーリャが泣きそうな表情でため息をこぼした。だから、この話は終わったのだとフレイアは思っていたのだ。


***


「仕方ないので、ノエ様を召還しました!」


 サーリャが胸を張っている。


 客間のソファーにノエが、テーブルを挟んで向かいにはフレイアが座っていた。そしてお茶の準備もそこそこに、先ほどの言葉をサーリャが意気揚々と叫んだのだ。


「まぁ呆れた。仕方ないって諦めたとばかり思っていたのに」

「自分での説得は諦めましたよ。ですからノエ様をお呼びしたのです。さぁノエ様、この分からずやを改心させてくださいまし」


 急に話をふられたノエは、目を白黒させている。だが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「サーリャから話は聞きました。パトリシオ様の浮気をなかったことにするつもりだとか。フレイア様のお立場を考えれば、分からなくもないのですが。やはり僕としても賛成しかねます」

「今、立場を考えれば分かるとおっしゃったではありませんか。それがすべてです。今まで責務を放棄して眠りこけていたのですから、これからは責務を最優先にすべきだと思っているだけです」

「王女としてのお覚悟は立派です。ですが、十六歳のフレイア様も大事にして頂きたい。パトリシオ様との婚約は嫌なのでしょう? 他の女性に手を出している男と将来を共に出来るのですか」


 冷静なノエの説得に、思わず気持ちが揺れる。心の中にいる十六歳のフレイアは、浮気する人などごめんだと叫んでいた。


「仮にパトリシオ様との婚約が嫌だと言ったところで、また別の国の王族が手配されるだけです。ならば、波風立てずにお父様達が喜ぶようにするのが一番。それに、パトリシオ様も最初はわたくしに対して好意的でした。関係修復も可能だと思うのです」


 フレイアにとって運命の相手ならば、パトリシオにとってもフレイアが運命の相手だ。今はあの女性に心惹かれていても、きっと再びこちらを見てくれるはず。


「しっかり、考えてのことなのですね」

「はい。ご心配をかけているのは申し訳ないと思っています。ですが、見守って頂けないでしょうか」


 フレイアは目をそらすことなく、ノエを見つめる。己の気持ちは揺らぐことはないのだと視線に力を込めて。


 ノエは控えているサーリャの方を見た。そして、弱々しく首を横に振る。


「僕にはこれ以上、説得の言葉は出てきません。ですが、これだけは伝えさせてください」


 ノエが改めてフレイアを射貫くように見つめてきた。その強い眼差しに自然と背筋が伸びる。


「フレイア様が望んでくれるなら、僕はどんなことをしても…………いえ、違うな。僕はあなたを守りたいと思っていたのに、力不足で申し訳ない。不甲斐ない僕ですが、これからも何かあれば是非頼ってください」


 途中でノエの視線がすっと落ちた。再び戻ってきた視線は先ほどまでの強さはなく、いつも通りの優しげなものだった。


 その視線の変わりように、彼のなかで言いたいことを飲み込んだのだと思った。だけれど、それを指摘する勇気もなく、ノエが帰って行くのをただ見送るフレイアだった。



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