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第3章②

「アーロン、今のは何だったのかしら」


 彼は答えなかった。生真面目な性格のアーロンならば、嘘はつけないだろう。だから、沈黙こそが答えだった。


「パトリシオ様は、あの方と恋仲なのね」


 またしてもアーロンは無言だった。つまりフレイアとの婚約を目の前にしながらも、パトリシオは他の女性に心を奪われている。つまり浮気。まだ婚約が公に成立していないとはいえ、これはフレイアに対する裏切り行為だ。


「あの方はどなた? 一瞬のことで混乱していますが、使用人のような服装に見えました」


 エプロンはしていなかったが、確か質素な黒いワンピースだったのだ。


「……パトリシオ様付きの使用人です。最近新たに雇われて配属されたと聞いています」


 アーロンがやっと口を開いた。


「そうなのね。ありがとう、教えてくれて」

「いえ」

「ねぇ、街に出掛けたいわ。一緒に来てくれるかしら」

「はい。護衛ですから当然です」


 城から出るのは危ないと止められるかと思ったが、すんなりと同意してくれた。そのことにフレイアはかなり驚いていた。彼なりにフレイアの受けた衝撃を慮ってくれているのかもしれない。そう思うと、生真面目な彼の不器用な優しさにくすぐったい気持ちになる。


 もしパトリシオではなく、アーロンだったら?

 ふと思い浮かんだ。フレイアを目覚めさせてくれた場にアーロンもいた。お付きでいただけなのは分かっているが、もしアーロンがフレイアを目覚めさせていたらどうなっていたのだろうか。


 フレイアは首を横に振る。過去のたらればを考えていても仕方のないことだ。



***



「予想外に落ち込んでいます。パトリシオ様を好きになろうと決意した直後だったのですよ」


 アーロンは余計なことを言わないので、ひたすら壁打ちのようにフレイアはしゃべる。


 フレイア達は馬車で街まで出ると、そこからは徒歩で大通りを歩いていた。

 二十年ぶりの街並みは記憶通りのようでいて、少しずつ違う。前は果物を売っていたと記憶している店で、塩を売っていたり。布地を売っていた店が大きくなり仕立屋を営んでいたり。石畳の歩道を歩きながらフレイアは街の様子を眺める。


 フレイアは無地の水色のワンピース姿で、顔が目立たないようにつばのある帽子を被っていた。アーロンも軍服の上着は脱ぎ、質素なシャツ姿だった。


「運命の相手なら、普通幸せになれるものではないのかしら」

「……」

「でも、わたくしもパトリシオ様のことを遠ざけるような言動をしていたのだから、パトリシオ様がわたくし以外の女性に目を向けてしまうのも仕方のないことかも」

「……」

「あぁ、運命っていったい何?」


 一周回って、哲学的な問いに着地してしまった。


「フレイア様」


 急に黙りこくっていたアーロンが呼びかけてきた。


「何かしら」

「これなど、似合うのでは」


 立ち止まったアーロンが指すのはブローチだった。だが、フレイアが身につけるには少々子どもっぽい、うさぎをかたどったもの。


「わたくしに?」


 本気で似合うと思っているのかと、まじまじとアーロンを見つめる。すると、困ったようにアーロンは顔をそらしてしまった。


「その、女性は、可愛らしい、こういう物が好きだと、幼い頃に叔母に教わりました」


 たどたどしく答えるその声は、どこか拗ねたような響きを含んでいた。


「ふふ、真面目な顔して何を言うかと思えば」


 それは幼いアーロンに合わせて叔母が助言してくれたのだ。年頃の女性には少し可愛らしすぎる。でも、そのような機微はアーロンには分からないのだろう。だが、アーロンなりにフレイアの気を紛らわせようと、一生懸命に考えた行動かと思うと、やはり頬が緩んでしまう。笑ったらいけないと思っても、自然と声を上げて笑ってしまった。


「そこまで、笑うようなことは言ってない」


 ぼそっとこぼすアーロンの言葉に、さらに笑ってしまう。たまにぶっきらぼうな物言いになるのも面白い。


「ごめんなさい。急に笑ってしまって。でも、このブローチは気に入ったわ」


 フレイアは手に取ると、奥に控えていた店主に差し出す。


「これをいただくわ。おいくらかしら」

「銅貨三枚だけど、お嬢さん可愛いから二枚でいいよ」

「まぁありがとう。アーロン、わたくしの手荷物をこちらへ――」


 アーロンに声をかけると、アーロンが店主にさっさと銅貨二枚を渡してしまった。


「まいどあり。包むからちょいと待ってな」


 店主はブローチを持って奥に引っ込んでしまう。


「アーロン、わたくしは自分のお金を持っているわ」


 口をとがらせてつっかるも、アーロンは知らないとばかりにそっぽを向いてしまう。


「勧めたのは私ですから」

「ですが、アーロンに払ってもらう理由がありません」

「お嬢ちゃん、そこは黙って買って貰うもんだよ!」


 店主が笑いながら大きな声で言ってきた。フレイアとしては払わせることが納得出来なかったが、商売で多くの人を見てきている店主がいうのなら、買ってもらうのが普通なのだろう。変にこだわるのもひねくれているかと思い、ありがたく買ってもらうことにした。


 銅貨二枚はじゃがいも一袋分程度の金額だ。庶民の子どもにしたら十分な贈り物になるが、年頃の令嬢が付けるには安すぎる。けれど、じゃがいものように食べてなくなるものではない。可愛らしこのうさぎが、妙に気に入ってしまったフレイアだった。



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