同時多発的セカイ系物語
あの日、同時多発的にセカイ系の物語が現実で次々と起こった。
空からは短髪の女の子と長髪の眼鏡をかけた男の子が落ちてきて、
日本で一番大きな駅に直結するビルの屋上では小学六年生の男の子と女の子がお互いを拳銃で撃ちあって片方が生き残って、
中央線の端っこみたいな場所にある学校では女の子がセカイを滅ぼそうとする敵を好意を寄せていた男の子ごと槍で貫いていた。
ちなみに東京は水没していない。
男子校を出てニート期間を挟んで就職した俺の知らないところで、どうやらドラマチックな出来事が複数並行していたらしい。
世界ってやつはけっこう劇的なんだ。この場合は“セカイ”か? ニートのときにネットの向こうで誰かがそう言ってたぜ。
世界を巻き込んでいちゃいちゃしたいんってのは、まあ分かるよ。でもさ。スカイツリーが第一展望台と第二展望台の間でぽっきり折れてぷらぷらしているし、
うみほたるがあった場所に巨人の首なし死体が突き刺さっているのだどういうことだ。
アクアラインが通れなくなって仕事できないんだけど。
帰宅するたびに拭いて綺麗にしているスマホは汗でべっとりと汚れたまま、遠く離れた事務所からだみ声を俺の耳に届かせる。
「悪いけど、ぐるっと回って来てくれるか」
うちの髭社長が電話越しでふざけたことをぬかしやがる。
木更津の工業地帯をつなげる幹線道路がごちゃごちゃに交わる交差点、そこを見守るように建つコンビニの駐車場に俺はいる。他には誰もいないようだ。
店員もいなかった。
『セルフレジでのお会計をお願いします』
って張り紙があるだけの店内は埃と落ち葉が入り込んでいて、人の手入れがされなくなった場所はこうもすぐに汚れるのかと驚かされる。
当たり前にゴミが落ちていない空間を誰が維持しているのかってことにまったく思い至らない人間ばかりの世の中にムカつきつつ支払いを済ませてきた。
タバコを買うためにカウンターに入って自分でひと箱出してくるなんて初めてだったよ。
「……」
バンボディのトラックを停め、アメリカンスピリットを吸いながら東京湾の向こう岸を眺める。
本日は秋晴れの快晴で、スカイツリーがよく見える。なんか折れてるけど。
俺は遠くから見えるスカイツリーが大好きで、こうしてトラック運転中にも一息入れてはうっとりしていたものだ。トラックに乗って同じルートを何度も通っていると町の変化に敏感になるし、思い入れが生まれもする。
ほんとどうしてくれんだよ。俺以外にも大勢いるぜ? スカイツリー好きのやつら。気持ちは知ったこっちゃないってか、あんなことをしたどっかのガキは。
「16号でですか?」
普段はテキトーにため口も聞いてるけど逆に敬語を使ってやった。イラついてることを表す一応の態度表明ってことで。
何時間かかると思ってんだって話だ。
「積荷はこれから加工するって食材だし、いつも通りに届けないとまずいんだよ」
「あの~俺、昨日徹夜で青森からここまで飛ばして来たんで、もう事故起こしそうなくらい眠いんだけど……」
「ほんとに悪いと思うけどさ……ちょっと頼むわ」
その後は休憩に立ち寄った場所でちょこちょこ見ていたテレビのニュースで知ったできごとでしばし会話してからを電話を切った。
社長も心から俺を気の毒がっているんだろう。口調は同じながらも、声のトーンがしょぼくれていた。
少ない社員にめちゃくちゃな働き方をさせているのは自分だって自覚は一応あるらしい。
社員数に見合った仕事を受注しなさいよってただ雇われて働いている俺なんかは思うけど、お人よしのあの人だから知り合いからめちゃめちゃお願いされるんだろーな。
他じゃ引き受けてくれそうにないルートの輸送を。
俺はフィルターギリギリまで灰になったアメリカンスピリットをコンクリートの上で踏みつぶしてからトラックに乗り込むと、さっきコンビニで買ったエナジードリンクの残りを飲み干した。
シートに座って目を閉じる。もう半年くらい掃除もしていないから埃まみれのはずだ。晴れた日は舞った埃が反射してキラキラする。
今年の夏はやけ暑いしセミがうるさかったけど、それがこの事態の前兆だったかもしれない。
今までは起きていなかった出来事が突如として形になる。それが緩やかなカーブを描くように徐々に増えるアナログ式にではなく、デジタルだったんだよな、今年の夏は。
セミの声で目を覚ますって初めての経験だったよ。公園には抜け殻がどっさり。小学生は大喜び。
事務所で流してるテレビからはルックスの整った若いお姉ちゃんが早速セミについてのうんちくを語っていて、なんでも泥がついた抜け殻はニイニイゼミらしい。それが、都内では湿った土がほとんどないからだんだん数を減らしていってるんだってさ。
セミの世界でも異常は起きていたんだ。でも待てよ。セミって確か八年くらい土のなかにいるよな。八年間潜りっぱなし。つまり今外でミンミン鳴いてるのは八年前の個体ってことになる。
それでもニイニイゼミの抜け殻がまったく見当たらないってのは、八年前の時点でもう世界はおかしかったのか?
俺が部屋で引き持っていたときには、既に世界は少年少女が好き勝手してたってことなのか。
……静かに目を開ける。この、高い目線が好きだ。ふつーの車では味わえないこの眺め。高速道路でぶんぶん追い抜いていく車なんて気にならないくらいのいい景色を常に独占できるんだからいいもんだよ。
一度やってみたらいいのにと思う、みんな。人手不足なんだからなりたい人はいつでも歓迎! 誰もこないけど。
今セカイをぶっ壊し続けているガキたちは、多分十代前半と考えて……大体……小学校低学年か?
その時になにかあったのかも知れない……、とテキトーなことを考えてみたが普通に地球温暖化のせいだと思うね。じゃあ地球温暖化の原因はなにかっていうと、それはよく分からない。
でもよく考えると、それはニイニイゼミが突然いなくなったことの説明にはならないと気づいた。もし自然現象なら、ちょっとずつ減っていくものだ。
エンジンをかける。重低音が伝わってシートと鼓膜を震わせる。セカイが終わるんだとしても、俺は仕事をしなくちゃならない。悲しいことだけどさ。
その時だ。シートベルトに手をかけたタイミングで、積荷から音がした。
ドサッーー
中で積荷が崩れたかなと思ったが、そうじゃない。音は継続している。不規則に鈍い音が響く。
ザッザッザッーー
感が悪い人間でも、なかで何かが歩き回っているのだとすぐに悟ってしまうような音だ。
「………………あ」
シートベルトからようやく手を離し、座席から飛び降りてトラックの後ろに回る。音はまだ響いていて、開閉扉の近くで断続的に響きだした。
ダンダンダンダンダンダンダンダンーー
扉を叩いている……。
今までなら間違って生き物を積んだかを先方に確認するところだけど、やっぱり熱さで脳ががおかしくなってたのかもな。正常な判断ができなくなっていたのか。
あるいは、世界がセカイになっていくことを心のどこかで臨んでいたのかもしれない。
俺も、ひとつものに拘泥し続けて破滅へと突き進む今時のガキがどこか羨ましかったってことでもある。
ダンダンダンダンダンダンダンダン……ゴト……
俺は扉を開ける。金属音が響いて、とまる。
対面することになった俺は、なかにいた“それ”と、目があった。
そして俺は気づいたってわけだ。それと同時に思い出した。
ちゃんと物語が続いてたってことと、主人公はガキの専売特許じゃないってことを。