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七夕の七不思議を見るもの

作者: ウォーカー

 七月七日。七夕の日。

町が七夕祭りで賑わう中、ここ郊外にある学校では、

学外の人々にも七夕祭りを楽しんでもらおうと、学校の構内が解放され、

主に地元の人々などが浴衣姿になって自由に出入りしていた。

日が暮れて夜になると、広い学校の敷地内は普段より照明が暗くされ、

学校を訪れた人々は、七夕の星空を楽しんでいた。

そんな楽しげな人々を、溜め息をつきながら見下ろす、一人の男子学生がいた。


 その男子学生は、この学校の学生。

普段から学校をサボりがちで、そのせいで、

七夕の日の夜まで一人で居残り作業をする羽目になったのだった。

その男子学生は校舎の窓から下を見下ろし、溜め息をついた。

「みんな、七夕祭りで楽しそうだなぁ。

 本当は僕もクラスメイトたちと遊びに出かけるはずだったのに。

 課題が溜まっていたせいで、僕だけ行けなくなってしまった。

 外であんなに楽しそうにしてるのに、僕だけ作業だなんて集中できないよ。」

そんなことをこぼしていると、ふと背後に気配が。

振り返ると、教室の扉が開けられ、一人の小さな男の子が立っていた。

その男の子の年格好は小学生くらい。

月明かりに照らされた姿は青白く、薄っすらと笑顔を浮かべていた。

男の子が子供らしい高い声で話した。

「おにいちゃん、この学校の人?」

「あ、ああ、そうだよ。

 そういう君は、この学校の学生じゃないよね。

 どこから来たの?」

「今日は七夕祭りだから、夜まで学校にいるの。」

「そうなのか。

 でも、君みたいな子供が夜遅くに一人でいたら良くないよ。

 迷子の届け出をしてあげるから、一緒に行こう。」

するとその男の子は、すぅっと笑顔になって答えた。

「僕は迷子にはならないよ。

 この学校は僕の庭みたいなものだから。

 付いてきて。証拠を見せてあげる。

 この学校の七不思議を見に行こう!」

男の子はそう言うと、教室から外へ駆け出してしまった。

見ず知らずの子供とは言え、自分の学校で迷子を放っておけない。

ちょうど作業に飽きていたのもあって、

その男子学生は、男の子の後に続いて教室を出ていった。


 男の子は教室の外で大人しく待っていて、すぐに見つかった。

どうやら逃げるつもりはないらしい。

それでも、男子学生は口を尖らせた。

「これから一緒に迷子の届け出に行こう。」

「だから僕は迷子じゃないってば。

 その証拠に、ここは東館の4階でしょう?

 帰るには、東館から南館へ抜けて正面口に行けばいい。」

「へぇ、驚いた。君、この学校に詳しいんだな。」

「詳しいのは学校の構造だけじゃないよ。

 この学校には、七不思議と呼ばれる怪奇現象があるんだ。

 これから僕がお兄ちゃんにそれを案内してあげる。

 もしも、七不思議の謎が全て解けたら、僕はお兄ちゃんの言うことを聞く。

 それでいい?」

「しかたがないな。わかったよ。

 ただし、あぶないことはしちゃ駄目だよ。」

男の子の提案に、男子学生は渋々といった様子で受け入れた。

学校の七不思議が気になったのも事実ではあった。

そうして、男子学生と男の子は、手を繋いで構内を歩いていった。

軽く握った男の子の手は小さく、少しひんやりとしていた。


 男の子は嬉しそうに腕を振って歩いている。

しばらくして、校舎の外壁が見える場所に来ると、繋いでいた手を解いた。

「おにいちゃん、ここが七不思議の一つ目、人魂がいる場所だよ。

 ここは夜に人魂が何度も目撃されてるんだ。

 人魂は二つ一組で目撃されることが多いんだって。」

わくわくと説明する男の子に、しかし男子学生はニヤリと笑って返した。

「ああ、知ってるよ。ここの人魂の噂。

 悪いけど、それは人魂じゃない。猫の目だ。

 この外壁の上は、近所の野良猫の通り道になってるんだ。

 それで、夜暗い時に見ると、目だけがギラギラ光って人魂に見える。

 二つ一組で目撃されることが多いのが、その証拠だ。」

「なぁんだ、おにいちゃん、知ってたんだ。

 さすが、この学校に通ってるだけはあるね。

 じゃあ、七不思議の次の場所に行こう。」

男の子は歩き出した。


 そうして訪れたのは、ある校舎の外れにある便所だった。

他の便所とは違い、そこだけは何故かタイルも扉もボロボロで、

汚れて曇った鏡は自分の人相すらはっきり見えなかった。

先導していた男の子が、便所の個室を指さして言った。

「ここが七不思議の二番目。開かずのトイレだよ。

 このトイレの個室はね、どうやってもドアが開かないんだ。」

試しに男の子が扉を押すが、鍵もかかっていないのに扉は開かなかった。

だが、それにも男子学生は驚かなかった。

「ああ、ここのトイレだね。ここはもうすぐ改築予定なんだ。

 それで壊れたドアを直すのも無駄になるからって、学生が直したんだ。

 そうしたら、ドアを逆向きに付けちゃって。

 ここの個室のドアは、他と違って、外側に引いて開けるんだ。」

試しに男子学生が扉を引くと、建付けの悪い扉がギシギシと開いた。

男の子が笑顔になる。

「おにいちゃん、ここの扉のことも知ってるとは、なかなかやるね。

 じゃあ次はどうかな?」

楽しそうに駆けていく男の子に、男子学生が続いていった。


 男の子と男子学生がやってきたのは、ある背の高い校舎の上階。

そこの窓からは学内とその周辺が見渡せた。

郊外とはいえ学校の周囲には建物があって、民家の明かりが灯っていた。

その中で、一棟の建物が丸々真っ暗で静まり返っていた。

「おにいちゃん、あれが七不思議の三番目。空っぽの校舎だよ。

 あの校舎、いつ見ても人がいないんだ。授業使われている形跡もない。

 今も真っ暗で人の気配も無いでしょう?」

すると男子学生は、遠くの建物を眺め、そして答えた。

「ああ、あの建物ね。

 あれは学校の校舎にそっくりだけど、実はこの学校の校舎じゃないんだよ。

 この学校の学生向けに建てられた学生アパートなんだ。

 だけど、あまりにも内装が学校に似ていて居心地が悪いってのと、

 学校から部屋が丸見えだから、ズル休みしてたらすぐに見つかってしまう。

 日中はいつも授業の声が聞こえてきて、

 これじゃまるで学校の教室に住んでるみたいだって、

 入居していた学生たちが引っ越していっちゃったんだよ。

 そうして今も不人気物件のまま放置されてるってわけ。」

すると男の子はちょっと感心した様子だった。

「なぁんだ、そうだったんだ。

 僕はこの学校の外のことはよく知らないから、わからなかったよ。

 でも確かに、学校みたいな家に住むのは嫌だなぁ。」

男の子と男子学生は顔を見合わせてくすくすと笑った。


 次に男の子は、適当な教室に入っていった。

男子学生が後に続いて尋ねる。

「次の七不思議はこの教室なのかい?」

「うん。正確には、この教室も、かな。

 次に紹介する七不思議は、妖怪ヒタヒタ。

 姿も形も見えないんだけど、七夕の日にだけやってきて、

 自分の痕跡を残していくんだ。

 ・・・見て。

 そこに、ヒタヒタの名前が書いてある。」

明かりもなく薄暗い教室の中、男子学生は黒板に目を凝らした。

そこには確かに、黒板の端にヒタヒタと書かれていた。

「本当だ、ヒタヒタって書いてある。」

「でしょう?他の教室にもあるはずだから、見に行こうよ。」

「いや、ちょっと待てよ。」

男子学生が黒板に近づいて、ヒタヒタの文字をよく目を凝らして見た。

「あっ!これ、ヒタヒタじゃなくて、七月七日って書いてある。

 つまり、今日の日付が書いてあるだけじゃないか。

 こんなの、明るくすればすぐにわかるよ。引っ掛けだな。」

「ちぇっ、バレちゃった。おにいちゃん、勘がいいんだね。」

 それじゃあもう、他の教室に確認に行く必要はないね。」

「ああ、次の七不思議に連れて行ってくれ。」

そうして、男子学生は男の子と連れ立って教室を出ていった。

指でなぞられた黒板には、確かにヒタヒタと書かれていた。


 次に二人が向かったのは、教室ではなかった。

渡り廊下を挟み、校舎同士を結ぶ長い廊下が目の前に伸びていた。

男の子が遙か先を指さして言った。

「ここはね、七不思議の一つ、無限の廊下って言うんだ。

 この廊下の先をよく見て。」

言われて男子学生が廊下の先を見やる。

明かりが消され外光のみの廊下は薄暗くてよく見えないが、

確かに突き当りにあたる部分にも廊下があって、

廊下の終わりがないように見えた。

まさに無限の廊下。だが男子学生は慌てない。

「この廊下か。ここはね、突き当りに大きな鏡があるんだよ。

 それで、夜遅くとか薄暗い時には、

 鏡に廊下が映って終わりがないように見えるんだ。

 危ないから気を付けなさいって、先生に言われたことがある。」

「ということはおにいちゃん、鏡にぶつかったことがあるんだね。」

「・・・それはともかく。この七不思議も解明だ。

 無限の廊下の正体は、廊下に設置された鏡。」

「またバレちゃった。おにいちゃん、本当にこの学校のことに詳しいんだね。

 じゃあ、次の場所に行こうか。こっちだよ。」

次に男の子は、階段を上に上っていった。

男子学生も数歩遅れて、それに続いた。


 男の子と男子学生が階段を上ること数階分。

身軽な小学生には苦でもないことだが、

体が成長した男子学生には、少々堪える運動だった。

「どこまで上に上るんだい?ちょっと休憩させてくれないか。」

「・・・待った!」

すると男の子が鋭い声を上げて男子学生を制した。

「どうしたんだ?」

「あのね、実はここが七不思議の場所なんだ。

 この十三段目の階段には怪異が潜んでいて、

 人を小突き落とそうとしてくるんだ。

 僕は疲れてないから大丈夫だったけど、

 おにいちゃんが思ったより大変そうだったから止めたの。

 代わりに僕が十三段目を踏むから、見てて。」

男の子は上った階段を数段戻って下りてみせた。

すると、軽快な男の子の足元が、ぐらりと揺れて、

まるで何かに押されたように体勢を崩した。

「あぶない!」

男子学生は叫んだが、そこは案内役を買って出た男の子。

持ち前の身軽さで体勢をすぐに立て直し、大事には至らなかった。

だがそれで、男子学生には七不思議の正体が見えた。

「わかったぞ。

 ここの階段の十三段目は、滑り止めの金具が壊れてるんだね。

 それで体勢を崩しやすい。それが七不思議、十三段目の階段の正体だ。

 まったく、自分で体験してみせるなんて、怪我したらどうするんだ。」

「ごめんなさい。僕には怪我をしない自信があったから。

 逆におにいちゃんを怪我させたくなくて。

 でも、もうこんな危ないことはしないよ。

 だって、学校の七不思議は次が最後だから。付いてきて。」

男の子はまた軽々と階段を上っていく。

男子学生はえっちらおっちら、それに続いた。


 男の子の先導で男子学生がたどり着いたのは、校舎の屋上だった。

夜の星空には月が輝き、学校を見下ろしている。

他の校舎の屋上には人がいくらかいるのだが、

その二人が今いる校舎の屋上には、他に人気ひとけはなかった。

男子学生が階段で乱れた呼吸を整えながら、男の子に聞いた。

「それで、七不思議の最後の一つは、何なんだ?」

それまで背を向けて月の光を一身に浴びていた男の子。

ゆっくりと音もなく振り返って、言った。

「ここには、怪異がいる。

 その怪異は、まるで人間のように、じっと僕たちを見ているよ。」

男の子の表情は、至って真剣で冷静で、

冗談を言っているようには聞こえない。

周囲を見るが、やはりここにいるのは男の子と男子学生の二人だけ。

「わからない。その怪異はどこにいるんだい?」

「すぐそこにいるよ。少なくともそう感じられる。

 さあ、よく見てみて・・・。」

男の子がゆっくりと両手を差し出す。

背後から月明かりを受けてたその光景は幻想的で、

男子学生にある考えを起こさせた。

「まさか、七不思議の最後の一つは、君なのか?

 思えば、最初からおかしいと思ってたんだ。

 この学校は小中学校じゃあない。

 それなのに、こんな夜に子供が一人でいて、

 しかも学校の内部の事情に詳しいだなんて。

 もしかして君は怪異だったのか・・・?」

男子学生の驚きの顔に、男の子の真剣な表情は、

やさしく首を横に振って否定した。

「ううん、僕は違う。僕は怪異じゃないよ。

 僕がこの学校に詳しいのは、父さんが先生をしているから。

 今日も父さんの仕事が終わるまで、学校の中で遊んでたんだ。」

怪異かと思えたことに常識的な解答が得られて、男子学生はほっとした。

しかし疑問は解消されないまま。

「じゃあ、もしかしてここにいる怪異っていうのは・・・俺なのか?

 俺は人間だと思っていたけど、実は怪異だったって言うのか。」

それは男の子が導きたかった答えのようだった。

男の子は少し寂しそうに頷いた。

「そう。おにいちゃんは人間じゃない。

 この学校に住み続ける怪異だ。

 元は人間だったのかもしれないけど、

 成績が悪くて卒業できなくて、それが怨念となって・・・。

 ぷっくくく、あーっははははは!」

話の途中で男の子は笑い出した。

男子学生は何が何やらわからず、やがて意図に気が付いた。

「お前、俺をからかったな!

 思えば、こんなにはっきりしてる怪異や幽霊がいるわけないじゃないか!

 何が成績が悪くて怨霊になるだ。失礼な話だな!

 もういいから、七不思議の最後の一つを教えてくれ。」

「あっはっは!ごめんごめん。

 あまりにおにいちゃんが鈍かったから、ついからかっちゃった。

 七不思議の最後の一つは、お空に浮かぶお月さまだよ。

 お月さまはあんなに近くに見えるのに、実際は遠くて、

 いつも同じ面しかみせない。

 いつも同じ顔で、人間を見つめているんだ。

 これって十分に不思議なことでしょう?」

「まあ、それはそうだな。すっかり騙されたよ。」

そうして、男子学生と男の子はひとしきり笑い合った。

こんな七夕祭りもいいだろう。

そうして、もう遅いからと、男子学生は男の子を、

学校の中で待っているはずの父親のところへ送ることにした。

「さあ、もう遅いから行こう。」

男子学生に手を引かれた男の子。

ふと足を止めると、振り返ってこちらを一瞥した。

「でも、本当はそこにいるんでしょう?」

小声でそう言う男の子は、あなたのことをじっと見つめていた。



終わり。


 七月七日なので七夕の話を書きました。

現代では日付とお祭りの日がピッタリ一緒とは限りませんが。


七夕に学校の七不思議を巡るということで、

最後にどんでん返しをいくつか入れて、月に締めて貰いました。

男の子が本当に伝えたかった七不思議の最後は何だったのでしょうか。


お読み頂きありがとうございました。


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