091 レストとシャロ
俺――レスト・アルビオンはこれまで、自身の【テイム】が特別であることを隠してきた。
理由は大きく分けて二つ存在する。
一つは、【魔王の魂片】を狙った魔族からの襲撃を避けるため。そのためには俺が魂片を持っている証拠――つまり、【テイム】が変質して魔物を操れるようになっているという事実を隠すのが最善だった。
そして、もう一つの理由。
俺が敵対陣営だけでなく、親交を深めてきた相手――シャロたちにも明かそうとしなかったのは何故か。
そもそも俺が有する【魔王の魂片】は、魔王を復活させるためのアイテムであると同時に、奴が全盛期の力を取り戻すための物でもある。
その保有者である俺が死んだ場合、魂片は消滅し――より正確に言えば、次の宿主を求めて未来に送られることとなる。
魂片自体が力を取り戻すのに数十年の時を必要とすると作中で語られていたが、少なくともそれだけの期間、魔王の完全復活を食い止めることができるのだ。
現に原作でも、レストから魂片を奪ったリーベが木っ端微塵に爆散したことで、魔王の完全復活は本編完結までとうとう成らなかった。
――――そして、ここからが本題。
もし俺が【テイム】の特別性を周囲に明かすとなれば、必然的に【魔王の魂片】についても伝える必要が出てくる。
このことを知った場合、王家はどう判断するだろうか?
フィナーレ王国は原作において主人公の優秀な味方だった。しかしそれは、あくまで魔王討伐を目的とした同志だったからという前提がある。
だが、俺の場合は違う。
俺という存在が将来の異分子になりかねない以上、国を守るため非情な判断を下される可能性は0じゃないのだ。
だからこそ俺は、これまで【テイム】について徹底的に隠し通してきた。
この身に降りかかる死亡フラグを回避するために。
だけど――――
◇◆◇
「レスト様の【テイム】は、魔物も操れるのではありませんか?」
月明かりの中、そう告げるシャロの瞳には確固たる意志が込められていた。
問いの形こそ取っているものの、彼女の中で既に確信に至っているのは間違いなさそうだ。
(……とうとう、この時がきたか)
そんな彼女の視線を受け、俺は表情を崩さないまま思考を加速させる。
万が一の場合に備えてガレルを王城内に配置しておいたことで、最悪の事態は避けられた。
だが、それがもたらす余波は想像以上に大きかったようだ。
(……これならいっそのこと、ガレルの代わりにアヴァルスを忍び込ませておくべきだったか?)
そこまで考え、俺は「いや」と内心で首を振る。
アヴァルスの性格からして、俺の監視が行き届かない範囲でじっと待ち続けてくれる保証はないし、接近戦に特化したアイツの実力は魔族との戦いで活かしたかった。
そもそも内通者の存在や、ガレルが必要な状況になること自体可能性は低く、潜入は保険でしかなかったのだ。
それらを踏まえても、この選択が間違いだったとは思わない。
そんなことよりも今、重要なことが存在していた。
「…………」
静かに俺の答えを待つシャロに、視線を戻す。
リヒトとの模擬戦で力量に疑いをもたれていたところに、今回の出来事ときた。
シャロが確信に至っているのは間違いない。
それでも周囲に報告することなく1対1で尋ねてきたのは……きっと、ここで俺が誤魔化そうとすれば、それを受け入れるつもりだからだろう。
そう思った理由は単純。
彼女の瞳からは俺を追求する力強さと同時に、まるで最後の判断をこちらに委ねるような僅かな震えが見て取れたから。
そして俺が転生当初に掲げた、死亡フラグをへし折って生き延びるという目的のためには、彼女の優しさに甘えてしまうのが正しい選択だと分かっている。
だけど――いや、
だからこそ、俺は――――
「……ああ、そうだ。シャロの言う通り、俺は魔物も操ることができる」
――――正しさ以上の何かに突き動かされるように、そう答えた。
目の前の少女に、どうしても嘘をつきたくないと思ってしまったから。
「――――!」
俺の答えを聞いたシャロの双眸が大きく見開く。
たとえ既に確信していたとしても、抑えきれない衝撃があったようだ。
あるいはそれは、俺が誤魔化そうとしなかったことに対してのものかもしれない。
いずれにせよ、このことを明かしてしまった以上、もう引き返すことはできない。
「聞いてくれるか、シャロ。俺の力について」
「……はい、レスト様」
神妙な面持ちで頷くシャロに向けて、俺は語り始めた。
俺が【魔王の魂片】と呼ばれる封印された魔王の力の一部を有しており、そのために【テイム】が変質して魔物の使役が可能になったこと。
テイムによって使役対象の力が得られること。
今ではSランクに至るほどの実力を身に着けており、魔族の襲撃を食い止めたのも自分であること。
シャロを救ったガレウルフも、当然あの日と同じ魔物だということ。
転生云々については省いたため、どうして【魔王の魂片】の存在や、魔族の襲撃があることを知っていたのかなどは伝えられなかったが……それでも、俺にまつわる大部分は伝わったと思う。
シャロは途中で疑問を挟むこともなく、真剣な面持ちを浮かべたまま最後まで聞き続けてくれた。
「――――とまあ、大体はそんな感じなんだが……」
「……………」
話が終わっても、シャロはしばらく無言のままだった。
顔を下げた彼女の表情を窺うことはできない。
やはり、これまで嘘をついていたことで軽蔑されてしまっただろうか。
【魔王の魂片】はもちろんのこと……自分と近い実力を持ち共に高め合える相手を求めていた彼女にとって、俺がしてきたことは裏切りも同然だろうから。
そんなことを、俺が考えていた矢先だった。
「さ……」
シャロは視線を下げた状態のまま、僅かに震えた声でそう呟く。
“最低”か、もしくは“最悪”か……
どんな罵倒の言葉が続くのかと身構えた次の瞬間、
「さすがはレスト様、すごいです!」
「………………え?」
シャロの口から飛び出してきたのは、俺が予想だにしない言葉だった。
あまりにも想定外の反応に、思わず思考が停止する。
今、シャロが何と言ったのか。
聞き間違いじゃなければ、“さすが”だとか“すごい”だとか、そんな褒め言葉の類だったような気がするが……いやいや。
今も目を輝かせたまま「まさかレスト様に、そのような秘密があったとは……!」とブツブツ呟くシャロに向かって、俺は慌てて告げる。
「待て待て。結構な隠し事だったと思うんだが……」
「はい! とても驚きました!」
「いや、そうじゃなくて……こんな大切なことをこれまでずっと隠していた俺に対して、軽蔑したりしないのか?」
「そんなこと、ありえません!」
「っ」
グイッと身を乗り出してきながら、シャロが全力でそう主張する。
鼻と鼻がぶつかりそうな距離だ。
シャロは遅れてそのことに気付くと、顔を少し赤らめながら身を引き「こほん」と小さく咳払いした。
その後、訪れる数秒の沈黙。
空に浮かぶ月を見上げていたシャロは、ゆっくりと視線をこちらに向ける。
優しげな笑みの中には、まるで何か覚悟を決めたような力強さが宿っていた。
そんな姿に思わず見惚れる俺に対し、彼女は言う。
「レスト様。少し、私の話にも付き合っていただけませんか?」
大変お待たせしました。
重要回、もう何話か続きます。
更新ペースを上げていくつもりなので、何卒宜しくお願いいたします……!
次回『092 シャルロット・フォン・フィナーレ』
2025年12月13日18時頃投稿予定です。




