088 襲撃と違和感
――数分前。王城にて。
シャルロット・フォン・フィナーレはある疑問を抱いていた。
(レスト様はいったい、どちらに行ってしまわれたのでしょう? 突然の退席を謝罪したかったのですが……)
彼とのダンス後、一時的に席を外してしまったシャルロットだったが、戻ってくるとレストの姿がなくなっていたのだ。
従者のエステルや兄のリヒトに尋ねてみても彼がどこにいるのか分からず、悶々とした気持ちのまま時が過ぎ去っていく。
そのままパーティーも終了を迎えるかと思った次の瞬間――突如として、それは起こった。
パリン
賑わう会場内に、ガラスが砕けるような甲高い音が響き渡る。
同時に辺り一面が眩い光に包まれ、場は騒然となった。
「なんだ、この光は!?」
「きゃぁっ!」
「何が起きている!?」
次々と困惑の声が上がるも、それすらまだ余興にすぎなかった。
なぜなら、
「「「グルァァァアアアアアアア!!!」」」
「「「――――なっ!」」」
光が収まった時、そこには複数体の魔物が出現していたからだ。
会場内に収まれるサイズかつ獣型が多く、魔力の圧からしてBランク~Aランクに至るのは間違いない。
自分を遥かに上回る強大な敵を目の当たりにし、シャルロットは戦慄の表情を浮かべた。
(どうして突然、城内にこれだけの魔物が……)
王族や有力者が一堂に揃うだけあり、警備は万全。
城内、城外、そして町を囲む城壁に至るまで警戒度は普段の数倍となっている。
城内はおろか、王都内に侵入を許すことすらないはず。
となると、他に考えられるのは――
そう分析し始まるシャルロットの思考を遮るように、別の声が上がる。
「ヘルハウンドにブラッドレオだと!? 最低でもBランク中位以上とは厄介な……! 総員、迎撃準備を!」
「「「はっ!」」」
場が混乱に包まれる中、騎士団が素早く行動を開始する。
そして同時に動き出すセレスティアやリヒトの姿がシャルロットの視界に映った。
すぐに自分もと、剣の柄に手を添えるシャルロットだが、
「いけません、お嬢様!」
「……エステル」
彼女を庇うように、エステルが一歩前に出る。
そんなエステルの姿を見て、シャルロットは冷静さを取り戻した。
今の自分にはまだ、このレベルの相手に渡り合える実力はない。
むしろ騎士団たちが必死に自分たちを守ろうと戦う中、足手まといになりかねないからだ。
そうなるくらいなら彼らや、対魔物においては絶大な実力を発揮するセレスティアに任せておいた方がよっぽどいい。
現に今、彼女はその莫大な魔力を以て強力な神聖魔法を構築している。
あれさえ完成すれば、一網打尽にするのも容易い――
「起動――【簡易魔封陣】」
「「「――――!」」」
刹那、会場全体を覆う巨大な魔法陣が展開される。
それと同時に、騎士達の動きが目に見えて減衰するのが分かった。
「なんだ、この魔法陣は!?」
「体から力が奪われて……」
「魔法が……いや、魔力が使えない!?」
違和感を覚えたのは、外野から戦闘を眺めていたシャルロットも同様だった。
この魔法陣にどのような効果があるのか、体内の魔力を思い通りに動かせなくなり、それに伴って強烈な倦怠感が襲い掛かってくる。
(これはいったい……いえ、それよりも今の声は――!)
「貴様、何をしている!?」
シャルロットたちが視線を向けた先には、周囲から押さえ込まれている騎士の姿があった。その手には魔道具らしき球体が握られている。
騎士は押さえ込まれた態勢のまま、得意げに声を上げた。
「はは、もう遅い! 魔物の召喚と【魔封陣】の起動が済んだ今、我々の――魔王軍の勝利は確定した!」
「なっ! 貴様、魔王軍の手先か!?」
「そうだとも! 魔道具に付与された簡易版であるため動きを完全に止めることはできぬが、魔力操作ができなくなる効果は健在。陽動もなく【召魔の刻印】の子機が起動した以上、あちら側に何かしらのイレギュラーが発生したのだろうが問題ない。私の手で本命だけは完遂してみせる!」
「「「ヴルゥゥゥウウウウウ!」」」
「――――ッ!」
魔王軍の手先が騎士に紛れて潜り込んでいたことに驚愕する間もなく、一斉に獣たちの動きが勢いを増す。
その視線と動き、さらに敵が魔王軍の手の者という情報から、獣たちの狙いがセレスティアとシャルロットの二人であることは明白だった。
「くっ……総員、セレスティア殿下とシャルロット殿下をお守りしろ!」
二人を守るべく魔物たちに立ち向かう騎士たちだが、そう簡単にはいかなかった。
簡易魔封陣によって魔法職がその役目を果たせなくなったのはもちろん、戦士たちも身体強化を含めた技能を封じられたことによって十分に実力を発揮することができない。
対し、技能などなくとも強靭な身体能力を誇る獣型魔物の力量は凄まじく、呆気なく防衛戦を突破されていった。
セレスティアとシャルロットに向けて抜け出した魔物はそれぞれ二体ずつ。
とうとう耐え切れず、王子であるリヒトや護衛のエステルすら戦線に立つも、抑え込めるのは一体までだった。
その結果、守りを失ったセレスティアとシャルロットのもとに一体ずつ、それぞれヘルハウンドとブラッドレオが襲い掛かってくる。
「姉上! シャロ!」
「お嬢様、お逃げください!」
リヒトやエステルの、悲痛の叫び声が鳴り響く。
しかし、シャルロットが対応を試みるよりも、魔物の動きの方が数段早い。
「――――!」
重たい体を突き動かし、剣を構える。
せめて少しでも時間を稼ごうとするも、それが難しいことは明白だった。
であるならば、魔法しか使えないセレスティアはなおさらであり――
「くっ……!」
自身の喉元に迫る獣の牙。
自分と姉、二人の死を覚悟した次の瞬間――
「させません」
――透き通るようで、それでいて重みのある声が辺り一帯に響いた。
その声が姉のものだと理解した直後、会場に展開された魔法陣にピキリとヒビが入っていく。
同時に、彼女の視界に映ったのはセレスティアを中心に大気が震える光景。
ヒビが加速度的に増していく魔法陣の姿は、まるでセレスティアの魔力に耐えられなず悲鳴を上げているように見えた。
そして、とうとうその瞬間が訪れる。
「ジャッジメントレイ」
パリンと魔法陣が粉々に砕け散るのと同時に、圧縮され純白の光線――神聖属性の上級魔法【ジャッジメントレイ】がシャルロットを襲おうとしていた魔物の胴体を撃ち抜く。
これまで騎士たちが苦戦していたはずの魔物は、そのたった一撃で呆気なく討伐され、その場に崩れ落ちた。
「なっ! 魔封陣の破壊だと!? これほどの化け物だったというのか!?」
驚愕する男の声が鳴り響く。
それだけのことをセレスティアは成し遂げたのだろう。
魔法陣が消え、彼女や騎士が力を取り戻した今、魔物は問題なく討伐できる。
「ティアお姉様! ――え?」
そんな安堵の笑みを浮かべたままセレスティアに視線を戻したシャルロット。
しかし彼女は、突如としてその場に崩れ落ちる姉の姿を見て目を見開いた。
(まさか……今ので魔力が!?)
敵があれだけ驚愕するくらいだ。
魔法陣の解除には想像以上の魔力が必要だった可能性は高い。
そして残された魔力を、彼女は自分ではなくシャルロットを守るために使用したのだろう。
「そん、な……」
これから訪れる絶望を先送りにするかのように、シャルロットの視界がスローモーションになる。
そんな中、セレスティアは魔物ではなくシャルロットに向けて視線を向け、小さく口を動かした。
――――よかった。
それはシャルロットの身を案じる言葉。
そんな姉の姿を見たシャルロットは、間に合わないと分かっていて、それでもなおその手を伸ばす。
「お姉様!」
しかしそんなシャロの想いは虚しく、ヘルハウンドがセレスティアに向けて獰猛な牙を曝け出す。
その牙はそのまま、無防備な彼女に迫り――
「グルァァァアアアアアアア!!!」
――突如として出現したもう一体の魔物によって、その巨躯が勢いよく弾き飛ばされた。
「――……え?」
突然の光景と、その魔物の姿を見たシャルロットは困惑の声を漏らす。
硬質な灰色の毛並みに、鋭い牙と爪。
金色の瞳と、首元に装飾品らしきものをつけた狼。
――すなわちガレウルフが、まるでセレスティアを守るように立ちはだかっていたのだ。
困惑しているのはシャルロットだけではなかった。
助けられたセレスティアも、周囲にいる騎士たちも、勝利を確信していた男すらも信じられないとばかりに目を見開く。
「ガ、ガレウルフだと!? いったいどこから……これも敵が召喚したのか!?」
「ですがまるで今、セレスティア殿下を守ったようにも……」
「魔物同士で仲間割れ!? しかも、ランク下位のガレウルフが圧倒するなんて、いったい何がどうなって……」
答えが出ずに場が沈黙する中、
「ガルゥゥゥウウウウウ!」
「うわぁっ」「何だ!?」「風魔法か!?」
ガレウルフが叫び声と共に風魔法を放った。
攻撃力は皆無なようだが、その風が会場全体を覆い視界を遮う。
そして数秒後、風が収まったその場所にはなんと、既にガレウルフの姿がなくなっていた。
「き、消えた?」
「幻でも見ていたのか?」
そんな中、一番に声を上げたのは外でもないセレスティアだった。
「落ち着いてください、皆様! 他の魔物は残っています。まずはそちらの対処を!」
「「「――はっ!」」」
そう。消えたのはあくまでガレウルフのみであり、他の魔物たちは健在だった。
騎士団は意識を切り替え対処に当たっていく。
魔封陣がなくなり本来の実力を取り戻した騎士たちは、すんなりと残された魔物を片付けていった。
「そんな、馬鹿な……くそっ、せめて報告を……」
捕えられた男が最後に何やら抵抗していた様子だが、それも他の騎士たちの手で中断させられる。
その一連の光景を、シャルロットはただ呆然と立ち尽くしながら眺めていた。
「ご無事ですか、お嬢様」
「…………」
心配そうに駆け寄るエステルに対し、シャルロットは言葉を返せない。
なにせ、彼女の意識は外でもない、先ほどの魔物に向けられていたから。
首元に見慣れない装飾品をつけていたが、間違いない。
「今のは、まさか……」
こうしてただ一人、戸惑いを残すシャロを除き、襲撃は大きな被害を生じさせることなく収拾するのだった。
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