087 最後の秘策
(ひとまず、これで終わりか)
目の前で尻もちをつくドゥラークを見下ろしながら、俺――レスト・アルビオンは心の中でそう零した。
残された敵の戦力はたった数人だけであり、アヴァルスが蹂躙する音が鼓膜を震わせる。
そんな中、俺は自身が握る二振りの剣に視線を落とした。
たった今、俺が放った一撃――【纏装・千里絶空】。
これまでと違い、リヒトがゲームで使用していた技を参考にしたわけじゃない。
風断と颶風剣を組み合わせて生み出した、正真正銘、俺だけの専用技能だ。
まずは颶風剣と同じ要領で細身の刀身を伸ばしたのち、その上に風断と同じ鋭利な刃を纏わせる。
これを二振りの剣で行うことで、遠距離にも対応し、さらには鞭のようにしなる変幻自在の神速剣を実現できるようになった。
(もっとも、使用するために要求される難易度はこれまでと比較にならないから、【蒼脈律動】発動中に限定した必殺技だけどな)
しかし、条件さえそろえば見ての通り。
それ単体で大火力というのはもちろん、大量の魔物相手も瞬時に片付けられるという利点がある。
今後も使用する機会はあるだろう。
「嘘、だ……まさか人間ごときに、我らが敗北するなど……」
信じられないと言った様子で、ドゥラークが言葉を零す。
かと思えばハッと顔を上げ、未だ戦闘中のアヴァルスたちの方向に視線を向けた。
今、アヴァルスと戦っているのはフードを被った相手が一人。
それ以外は既に全滅しているようで、既にこちらの勝勢は確実なのだが、ドゥラークはまだ勝算が残されているとでも言わんばかりの様子で口を開いた。
「そうだ、まだお前が残っていた! 作戦前に急遽我の配下へと加わり、単独戦力では我をも超える力を持つお前が! なぜ、今の今まで忘れていた……? いや、それよりも【魔将の号令】があればお前でもSランクに匹敵する力を発揮できるはず! 効果が残っているうちに早く――」
「残念だけれど、それは不可能よ。理由は二つ。一つは私がアナタを主と認めていないから効果が適用されていないこと。そしてもう一つは、そもそも私がアナタの敵だということ」
「――――は?」
困惑したこれを漏らすドゥラーク。
それを見た彼女はぺろりと唇を舌で舐めると、得意げな笑みを浮かべて俺に視線を向けた。
「もう、いいかしら?」
「……そうだな」
頷くと、彼女は両手でフードを取る。
そこから顔をのぞかせたのは、鮮血のような赤色の長髪を持つ女性――すなわち、リーベだった。
しかし、まだドゥラークは状況を呑み込めていない様子だった。
「な、何を言っている? お前はAランク上位の実力を持つ魔族で、我の次に魔王軍幹部へと推薦してもらうため配下に加わり……待て、そもそもなぜ敵と親し気にやり取りをして……」
「いいわ、思い出させてあげる。私は野良魔族なんかじゃなく、れっきとした魔王軍幹部のリーベ――こう言えば十分かしら?」
「――――!」
ここに来て過去最大の驚愕顔を見せるドゥラーク。
彼は自身の頭を両手で抱えるようにして蹲った。
「あ、あぁ……そうだ、なぜ忘れていた。数日前、我の元にやってきたのは魔王軍幹部だった。今回の作戦に協力してくれるという要請に我は同意した。しかし、その後の記憶が朧げで……まるで、頭に靄がかかったような――」
「【遷移魔力】による洗脳の影響だな」
「なん、だと……?」
リーベの代わりに俺が告げると、ドゥラークは戸惑った表情でこちらを見た。
そんな彼に対し、俺は今に至る経緯を振り返りながら説明していく。
そもそもこの日、王女暗殺を目論んだ魔族の襲撃があることは分かっていた。
とはいえ、ゲームで語られた事件の詳細についての情報はほんの僅かであり、具体的な作戦内容まで知っていた訳じゃない。
その結果、俺が考えた対応策は情報収集役としてリーベを潜入させることだった。
わざわざ王都までリーベを連れてきたのも、その後、俺の周囲にいない時間が多かったのもそれが理由だ。
結果、捜索の末にリーベは『テアートル大森林』に拠点を作っていたドゥラークと遭遇。
魔王軍幹部である自分の素性を伝え、今回の作戦に協力すると伝えた。
初めはドゥラークも多少警戒していたらしいが、作戦成功のため少しでも戦力が欲しかったのだろう。【遷移魔力】による洗脳を行うと、すんなりと受け入れてもらえたとのことだった。
リーベは元々Aランク上位の実力があり、さらに俺がテイムしてからは力量を増している。そのため同じ魔族相手でも十分に洗脳が通用したのだ。
「もっとも、本人の意志に反したことを命令できないのは変わりないのだけれどね」
リーベの呟きに俺は頷く。
本当なら襲撃を諦めて撤退してもらうのが最善だったし、そうでないにしても敵の手を全て明らかにしておきたかった。
しかしドゥラークの魔王軍に対する忠誠心は本物だったようで、洗脳中であってもリーベの提案に頷いてはくれなかったらしい。
「さすがに魔王軍幹部候補なだけはあるってことだな。どこぞの魔族に見習わせたいくらいだけど……」
「ちょっと待ってちょうだい。それ、まさか私のことを言ってるんじゃないでしょうね?」
「…………」
「何か言いなさいよ!」
『ァァァアアアアア!』
「アンタじゃないわよ! ていうかアンタ、私が潜入中だって知っているくせに本気で斬りかかってきてたわよね!? 何考えてるのよ!」
盛り上がっている二人は置いておくとして。
そういった状況だからこそ、今回は幾重にも保険をかけて対応することになった。
相手がどのような手段を使ってくるか分からない以上、作戦当日までリーベには潜入させたまま、アヴァルスに戦闘開始時点で隠れていてもらうなどだ。
(たとえばあの魔封陣も、【竜の加護】のおかげで自力解除できたからよかったけど……そうじゃなかったら二人に対応してもらう必要があった)
いずれにせよそれらの狙いは見事に成功し、今に至る。
こちらの犠牲を一人も出すことなく解決できたのは、最高の結果で――
「フハ、フハハハハ!」
――突如として、ドゥラークは笑い声を上げた。
何事かと警戒する俺たちの前で、ドゥラークはこれまでの絶望的な表情からは一点、どこか吹っ切れたような血走った眼をこちらに向けてきた。
「ああ、そうか……不快極まりないが、我らが貴様たちに敗北したことは理解した。だが、せめてあの方から賜った命令だけは遂行させてもらう」
「あら、負け惜しみのつもりかしら? 今さら何ができるというの?」
得意げに笑うリーベ。
対し、ドゥラークは戸惑った様子を見せずに続ける。
「いいだろう、教えてやる。今回、我らが実行すべき命令は幾つもあった。最優先事項は当然王女二人の暗殺だが、それ以外にも優秀な人材が集まるこの機に乗じて王国内の戦力を削っておく目的があったのだ。
「――――」
ドゥラークの発言を聞き、俺は思い出す。
ゲームの襲撃において、確かに犠牲者は昏睡したセレスティアだけではなかったことを。王国騎士団や参列者たち、数多くの命が奪われたと語られていたはずだ。
そんな記憶を振り返る俺を見てどう思ったのか、ドゥラークは歪に弾んだ声を上げる。
「もう分かったか!? 今回の作戦における我らの役目は戦力の排除と、そして陽動。暗殺を実行する精鋭はとっくに侵入を終え、先刻の【召魔の刻印】発動と同時に作戦自体も開始している――本来であれば王城突入と同時に使用し、合図とする予定だったのだからな」
その時だった。
ドゥラークの懐に入っている球状の魔道具が甲高い音を鳴らす。
それが伝達魔法用のアイテムだと俺が気付いた時には、ドゥラークがさらに笑みを深め――
「ほう。さっそく成功を知らせる報告が来たようだ! さあ、最後に貴様らの絶望する顔を見せてもらうとしようか」
――そう叫ぶのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
面白ければ、ブックマークや画面下の「☆☆☆☆☆」から評価していただけると幸いです。
作者のモチベが上がりますので、ぜひよろしくお願いいたします!




