085 悪役貴族の無双③
「何だと……?」
悪役貴族という聞き慣れない単語を聞き、ドゥラークは眉を潜める。
その言葉の意味するところは分からないが、少なくともこちらに対する明確な敵意を有していることだけは分かった。
先ほどまでならば自らの分をわきまえぬ愚か者がと一蹴していたセリフだが、今となってはそうもいかない。
【剣神】を有しているのかと思わせるほどの剣の技量と、【魔封陣】を無効化してしまう程の卓越した魔力操作技術。
少年が、こちらの想定を上回る規格外の存在であることは明らかだからだ。
(いや、落ち着け。確かに剣、魔力ともに驚異的ではあるが、所詮、一人で振るえる力には限度がある。こちらの全戦力を使えば、奴を殺すこと自体は不可能ではないだろう)
それは分かっているが、だからといって即決断とはいかなかった。
ドゥラークの本命はあくまで、あの方からの命令にあった王女二人の暗殺。
そちらの成功率を少しでも上げるためにも、今、命令にない少年に全兵力を投入するのは避けたいのが本音だった。
「さあ――――」
そんな無言の逡巡をどのように捉えたのか。
少年は冷たい表情を浮かべたまま、小さくその口を開く。
「――――次は、俺たちの番だ」
その直後、ドゥラークの左側から耳をつんざくような爆音が響いた。
ドゴォォォオン! と、地が割れ、木々が裂かれ、大気が押し退けられるかのような馬鹿げた規模の轟音だ。
(なんだ!? 何が起きた!?)
突然の事態に戸惑いつつ視線をやると、そこには宙を舞う、木々に潜みながら魔法の準備を続けていた面々の姿があった。
どうやら、今の衝撃によって吹き飛ばされたようだ。
「ぐわぁぁあああああ!」
「何が起きた!?」
「いきなり側方から攻撃が……!」
次々と、そんな声を上げる彼らの真下には――
『ァァァアアァアアアアア!!!』
――高らかに咆哮する、一体の騎士がいた。
「なんだ、アレは……」
その存在を視界に収めたドゥラークもまた、他の者たちと同様に困惑の声を零す。
一人ではなく一体と称したのは、その姿があまりにも異様だったから。
2メートルにも及ぶ体躯は漆黒の鎧に包まれ、深い紺の外套を纏っている。
手には大振りの長剣が握られているが、何よりの特徴はその全身から漏れ出す禍々しい黒の魔力。
――不死魔物。
その単語が脳裏に浮かんだ。
(だが、おかしい。事前の調査で、この森にあのような魔物がいたなどという報告は聞なかった。あれだけの膂力と魔力を持った存在を見落とすはずもないだろう。いったい何が起きて……)
驚愕と動揺に場が支配される中、たった一人、落ち着きを保った存在がいた。
黒髪の少年は読み通りとでも言うように小さく微笑むと、そのまま外套の騎士に語りかける。
「いいぞ、アヴァルス。そのまま蹴散らせ」
『ァァァアアアアア!』
「なっ!?」
不死魔物――アヴァルスと呼ばれた外套の騎士は答えるように声を上げた後、長剣を手に他の魔族たちへと斬りかかり始める。
さらに少年自身もまた、両手の剣を握り攻勢へと転じた。
先ほどまでは少年一人を抑えるのに全意識を向けていたところに現れた、突然の乱入者。
その協力を受けて繰り出される二人の攻防を前に、次々とこちらの陣形が瓦解していくのが見える。
――そんな光景を前にし、ドゥラークはここまでで一番の衝撃を受けた。
(馬鹿な……馬鹿な! まさか人の分際で、魔物を従えているだと!?)
そんなことがありえるはずがない。
それは魔族の……中でも、ごく一部の限られた存在にしか使用できない権能だ。
いかなる手段を用いようと、人族に叶えられることではないはず――
「――――まさ、か」
刹那、脳裏に一つの可能性が浮かび上がる。
優れた身体能力、剣の技量、魔力操作技術――
そして何より、魔物を従えるという特別な力。
それらを人の身で実現可能な方法など、たった一つしか存在しない。
――【魔王の魂片】。
偉大なる魔王様が残した力の欠片を、あの少年が有しているとしか考えられない。
現時点で魔王軍幹部ですらないドゥラークに、【魔王の魂片】がどういうものなのか詳細を伝えられているわけではない。
しかし、魔王様の力であれば不可能を可能にすることくらい容易だと、ドゥラークは確信してその結論に至った。
(だが、そうなると全ての前提が覆る!)
アレはただの妨害者ではない。
自分たちが死力を尽くして捕えなくてはならない最大の敵に、今、成った。
決意し、ドゥラークは混乱の只中にある同胞たちに向けて叫ぶ。
「間違いない! その人間は魔王様の魂片を有している!」
「「「なっ!?」」」
驚愕の声が上がり、彼らは信じられないものを見るような視線を少年に向ける。
ドゥラークは続けて言った。
「奴の身柄はなんとしてでもここで確保する! 出し惜しみはいらぬ! 総員、死力を尽くせ!」
「「「――はっ!」」」
【魔王の魂片】入手は、魔王軍にとって何を捨て置いても優先しなくてはならない最上位の命令。
現時点ではまだ将来の懸念でしかない王女の暗殺とは、優先度が大きく異なるのだ。
それは彼らも理解しているのだろう。目の色を変え、この後のことなど一切考えずに少年と外套の騎士へ立ち向かっていく。
それでも、まだ魔族側が劣勢なのは確かで、二人の手によって次々と戦力が削られていくのが見える
このままではこちらの敗北は必至だろう――だが、
(手段さえ選ばなければ、手の打ちようはいくらでもある!)
体内の魔力を総動員させ、ドゥラークは叫ぶ。
「――――【魔将の号令】!」
【魔将の号令】。
それは本来、王都突入時に使う予定だった、一日に一回しか発動できないドゥラークが有する専用技能。
5分間、自身と配下にいる者たちの身体能力を30%上昇させることができる。
他者に発動可能な強化魔法の中では最上位の倍率を誇り、魔族の多くが単独行動を好む中、ドゥラークが大量の配下を抱えている大きな理由がこの技能にあった。
号令を受けた同胞たちのオーラが膨れ上がるのを見たドゥラークは、にっと笑みを浮かべる。
「ゆけ、我が同胞どもよ!」
「「「おう!!!」」」
ドゥラークの叫びに従い、各々が全能感に突き動かされるように、颯爽と少年と騎士に迫る。
ただでさえBランク中位からAランク下位までの実力者揃いの軍勢が、30%の強化を経て放たれる攻撃の数々。
しかしそれらを前にしてなお、彼らは一切の恐れを表情に浮かべることなかった。
(そのような顔をしていられるのも今だけだ!)
ドゥラークが勝利の確信を抱いた直後――その声は、凛然と響いた。
「『【蒼脈律動】』」
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