084 悪役貴族の無双②
突如として自分たちの前に立ちはだかり、たった一振りでカーディスを屠ってみせた黒髪の少年を前に、ドゥラークは戦慄を禁じ得なかった。
あの見目から想像できる若さで――十代の中頃だろうか――これ程の力を持つ存在など、魔族であってもまずありえない。
それが人族であればなおさらであり――
(そうだ、あれが奴の実力そのものであるはずがない。あり得るとすれば、最上級のアーティファクトくらいだろう)
ふと、ドゥラークの視線が少年の手に握られた一振りの剣に止まる。
一見しただけでは、刀身は太く切れ味があるようには見えないが、確かにあの剣によってカーディスは葬られた。
アーティファクトを使用しているとすれば、間違いなくアレのはずだ。
状況判断を終えたドゥラークは、未だ動揺の只中にある同胞たちに向けて叫ぶ。
「狼狽えるな! 油断さえしなければあんな小童、我々の敵であるはずがない! カーディスを屠ったあの剣にだけ最大限警戒し、作戦通りに動け!」
「「「はっ!」」」
喝によって冷静を取り戻した同胞たちは、意識を切り替えて行動を開始した。
王国騎士団の精鋭を含め、道中で実力者と遭遇した際の作戦は既に決めてある。
それに従い、まずは素早さに長けた三人が身軽な動きで少年に迫った。
「ハアッ!」
「――――」
まず、一人目が持つ短刀が少年の首元を狙うも、彼は素早い動きで右手に持った剣を翳す。
キンッ! という甲高い音を立て、短刀は呆気なく弾かれた。
先ほどはその切れ味に目を疑ったが、太い刀身から受ける印象通り、頑丈さにも長けているようだ。
「次はこっちだ!」
だが、当然これだけでは終わらない。
続けて二人目が、敵の空いた右脇に短剣を突き出す。
すると、意識が上に向いていたはずの少年は疑う程の速度で剣を振り下ろした。
刃と刃が触れ合った直後、短剣の刃が真っ二つに断ち切られる。
衝撃的な光景ではあるが、ドゥラークたちに大きな戸惑いはなかった。
先刻、あの剣によってカーディスが真っ二つに両断されるところを目の当たりにしたばかりだからだ。
そして二人目から数コンマ遅れ、前二人とは反対側に立った三人目が、自身の持つ長剣を横から薙ぐように振るった。
「――――」
少年は視線だけをそちらに向けるも、そこから右手の剣では間に合わないと察したのか、左手で腰元の二振り目を抜く。
――が、そこから姿を現したのはなんと、真剣ですらないただの木剣だった。
刃と刃が接触する刹那、三人目がニヤリとあくどい笑みを浮かべる。
「シシッ! そんな紛い物で防ごうなど、愚かにも程がありましょ――」
しかし次の瞬間、真っ二つに両断されたのは木剣ではなく、三人目の長剣だった。
「は? ――ガハァッ!」
木剣はそのまま勢いを落とすことなく三人目に迫り、周囲に血を撒き散らす。
カーディスに続き、胴体を深く切り裂かれた二つ目の死体がゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「「「――――――!」」」
そんな衝撃的な光景を前に、ドゥラークたちは思わず驚愕に目を見開く。
まさか二振り目でも同様のことが可能だとは、夢にも思っていなかったからだ。
(先刻に続き、まともな刃を持たぬ武器であれだけの切れ味を発揮するとは……あの剣が特別というわけではなかったのか!?)
新たな疑問が生じるも、今さら退くことはできない。
ドゥラークは険しい表情のまま、同様の只中にある同胞たちに向けて叫ぶ。
「怯むな! 続け!」
ドゥラークの怒号に応じ、同胞たちが二陣三陣と少年に向かっていく。
今度は両手の剣を警戒した上で攻撃を仕掛けるも、少年は卓越した身のこなしと反応速度によって攻撃を凌ぎ続ける。
さらには反撃する余裕すらあるようで、徐々にこちらが押され始めているのが目に見えて分かった。
「なぜ当たらない!? くぅっ!」
「この身のこなし……まるで歴戦の剣士と戦っているかのような……!」
「信じられませんが、少なくとも準幹部級の動きです!」
魔族たちから、そんな声が次々と上がる。
そんな中、ドゥラークはただ一人、冷徹な視線で少年を見据えながら分析を進めていた。
(まともな刃すら持たない二振りの剣で、白兵戦を得意とする我が精鋭たちを圧倒するとは……あの身のこなし、もはやアイテム云々だけではとても説明がつかない。他に可能性があるとすれば……スキルか)
人族だけに与えられる特別な能力。
身体能力で魔族に劣る彼らにとって、唯一にして最大の武器とも言えるだろう。
とはいえ、スキルはあくまで本人の能力に補正を与えるものに過ぎず、それだけで規格外の実力を得られるものでも、ましてや刃のない剣で敵を両断できるようになるものでもない。
ここまでの戦いから少年が刀剣系スキルを有しているのは間違いないだろうが、その中でトップクラスに優秀とされる【剣聖】ですら、それだけの性能は有していなかったはずだ。
そうなると、あの力がスキルによるものだとは考えにく――
「――ッ!」
その時、ふとドゥラークの脳裏に一つの可能性が過った。
極僅かな可能性だが、ある。
これだけのことを可能とするスキルが。
ドゥラークは少しだけ震える声で、それを口にする。
「まさか……【剣神】か!?」
【剣神】。
それは1000年前、魔王様と対等に渡り合った勇者が持っていたとされる、刀剣系の最上級スキル。
その性能は最上級スキルの中でも際立っていると言われており、この1000年間で発見された二桁にも満たない保有者たちは、全員が例外なく歴史に名を刻む偉業を成し遂げてみせた。
(もし、本当に奴が【剣神】を有しているのなら――我の配下たちと互角以上に渡り合えている現状にも説明がつく!)
同時に、ドゥラークは一つの決意を抱く。
スキルを得てから数年程度だろう現時点で、これだけの強さを誇るのだ。
この少年が成長すれば、神聖魔法の使い手である第一王女や第二王女と同様、魔王様にとって脅威となる可能性が高い。
間違いなくここで処分すべきだろう。
問題は、苦戦が続く状況の中、どうやって【剣神】の力を突破するかだが――
ここでドゥラークは、小さく笑みを零した。
(いくら【剣神】が優秀であろうと、与えられる恩恵は剣に関してのみ。用意していたこれならば刺さるはずだ!)
確信と共に、ドゥラークは力強く叫んだ。
「――今だ!」
「「「「【魔封陣】」」」」
直後、周囲に散っていた魔法を得意とする魔族たちの声が同時に響く。
次の瞬間、彼女たちの足元から魔力の糸が少年に届き、それによって紡がれるようにして大地に魔法陣が展開された。
「っ、これは……」
直後、少年から戸惑うような声が上がる。
【魔封陣】は最低でも100年以上を生きた、魔力操作技術に長けた複数人の魔族によって初めて展開可能な魔法陣。
範囲内にいる人間はその場から動けなくなる他、魔力の操作すら覚束なくなる。
欠点としては対象を選択することができず、味方が足を踏み入れた場合も同じ効果が発動する点だが、範囲外から魔法攻撃を撃つのであれば何の問題もない。
そんな想定外の事態に陥り困惑しているのだろう。
少年の様子を見たドゥラークは得意げな笑みを浮かべ、告げる。
「残念だったな。呆気ない幕引きだが、これで終わりだ」
「…………」
「それは【魔封陣】と呼ばれる、魔力の扱いに長けた複数の魔族によって展開される秘技。貴様も感じているのだろう? 魔力の操作が覚束なくなるばかりか、無理に使おうとすれば魔力が暴走し内側から滅びることになるだろう。解除するには膨大な魔力と卓越した魔力操作技術が必要だが……貴様のような小童には過ぎた話だ」
魔族の集団相手に立ち回れる身のこなしは、生涯の努力と剣神の潜在能力、その全てを尽くして獲得したものだろう。
その状態で、並行して魔力の扱いまで鍛錬できているはずがない。
いや、たとえ鍛錬していたとしても、到底至れる境地ではないのだ。
そう確信してドゥラークは笑みを深めた。
あとは魔封陣を展開したのとは異なる魔法部隊に討伐を命じればいいだけ――
「そうか、だったら問題ないな」
――そう考えていたからこそ、続く少年の言葉の意味が理解できなかった。
「なんだと? 今、何と言っ……」
そして、不意に気付く。
少年の体から、莫大な魔力が漏れ出しているのを。
だが、おかしい。
魔封陣の効果が及ぶ中、あれだけの魔力を使おうとすれば、外に漏れるより先にその身が崩壊するはず。
なのになぜ――
その答えが一つしかないことなど、ドゥラーク自身も分かっている。
だが、彼の理性と常識が、それを受け入れるまでに僅かな時間を要する。
そしてそれが、この場において致命的となった。
「――お返しだ」
そのセリフと共に、さらに彼の纏う魔力が膨れ上がる。
どうしてだろうか。ドゥラークはその魔力に、人や魔族ではない圧倒的な存在感と畏怖を覚えた。
そして次の瞬間、魔封陣は眩い光を放った後、そこに注がれた魔力を周囲に解放するようにして破壊された。
「なっ!」
「ぐわっ!」
「きゃあっ!」
吹き荒れる暴風と、次々と鳴り響く爆発音、そして悲鳴の数々。
溢れ出した魔力の奔流によって周囲の魔族は圧倒される他、魔法の用意をしていた者たちの魔力が乱され次々と暴発が発生していくのだ。
そんな理解できない状況の中心では、傷一つなく立ち尽くす少年の姿があった。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 我々の秘策だぞ!? なぜ……なぜ人の身でそれだけのことができる!?」
意味が、意味が分からなかった。
人の身でこれだけの魔力操作技術を得るには、それこそ【剣神】に匹敵する魔法系統の最上級スキルが必要なはず。
そのどちらも同時に獲得する手段など、この世にあるはずがない。
しかし今、目の前に広がる現実がドゥラークの常識を否定する。
これがただの人間など、とてもドゥラークは信じることができなかった。
彼は身震いする体を必死に抑えながら、立ちはだかる絶望に向かって叫ぶ。
「いったい……何者だというのだ、貴様は!?!?!?」
魂の叫びに、しかし少年は動じない。
代わりに彼は頬についた汗を袖で拭い、魔族たちの注目を気にする様子もなく小さく口を開いた。
「……俺が何者か、か。ここで名前を教えるわけにはいかないけど……そうだな、お前たちにとって俺がどんな存在か、強いて答えるなら――」
最後にはドゥラークを真正面から見据え、不敵に笑いながら言った。
「――――ただの、悪役貴族だ」
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