083 覚悟
後書きにて超重大発表がありますので、ぜひそちらもご確認ください!
ドゥラークを中心とした数十人の魔族が、王都に向かって『テアートル大森林』を駆ける。
気配隠しの魔法は使用しているが、いつバレるかは分からない。
音を殺し、かつ迅速に事を進める必要がある中――ふとドゥラークは気付いた。
彼らが向かう先に、一つの人影があることを。
「止まれ」
ドゥラークの指示に従い、数十人の魔族がピタリと停止する。
それを確認したドゥラークは、じっくりとその人影を観察する。
整った黒の衣装に全身を包んだ黒髪の少年であり、その手には丸みを帯びた刀身が特徴的な剣が握られている。
(なぜ、ここに人間が? それも年若い……)
騎士団の者でもなければ成人すら迎えていないであろう少年の姿を見て、ドゥラーク訝しむように目を細める。
王立アカデミーの学生か新米冒険者だろうか?
(いや、今は正体などどうでもいい。とっとと処分させてもらうとしよう)
そう考えながらドゥラークが魔力を練り上げようとした、その直後だった。
「随分と大所帯でのお越しだな――魔王軍一行」
「「「――――」」」
ざわりと、集団の間に動揺が走る。
何者かは不明だが、この少年は自分たちのことを知っているらしい。
ドゥラークは魔力の錬成を止めると、その不可解な少年に向かって声をかける。
「貴様、なぜ我々のことを知っている? 王国騎士団……もしくは王立アカデミーの関係者か?」
「いや、どちらでもないな」
「ならば、何が目的で我々に立ちはだかる?」
「決まってるだろ? お前たちが、王女二人を暗殺するのを食い止めるためだ」
「……ほう、これは驚いた。まさかこちらの目的まで把握しているとは」
ドゥラークは驚愕に目を見開きつつ、さらに分からないことがあった。
どのようにしてこちらの正体や目的の情報を入手したのかは不明だが、もし本当に自分たちを止めるつもりがあれば騎士団などに協力を要請しているはず。
にもかかわらず、周囲に他の気配はなく、少年は間違いなく一人だった。
(もしくは、騎士団に動きがあるのを確認したこちらが作戦を変えるのを嫌ったのか? ……いいや、まさかな)
考えすぎだと、ドゥラークは首を左右に振る。
少年が何者かは不明であり、異質な雰囲気を纏っているため警戒は必須だが……
いずれにせよ、甘すぎる考えだとドゥラークは判断した
「貴様が何者かはこの際どうでもいいが……一つだけ問わせてもらおう。貴様だけで我々を食い止められると、本気で思っているのか?」
「ああ、当然だ」
「……不愉快極まりないな」
ここにいるのはドゥラークを中心に結成された魔王軍の精鋭部隊。
人間基準でいうところの、Aランクに匹敵する実力者が数多く存在するのだ。
周囲の気配を探ってみても、やはり他の人間は見当たらず、この場にいるのが少年一人だけなのは間違いないだろう。
恐らくは、自分の実力を過信した英雄願望のある子供が、人知れず偉業を成し遂げたいとでも考えたに違いない。
ああ、なんて愚かな。
次期魔王軍幹部である自分が率いる集団が、このような青二才一人に止められるわけがないというのに。
「思い上がりにも程がある」
自分たちに舐めた態度を取る生意気な相手を嬲り、どれだけの驕りか思い知らせてやりたい気持ちが沸きあがる。
そんなドゥラークの怒りと、体から漏れ出す魔力の圧に気付いたのだろうか。
少年は何か考え込むようなそぶりを見せた後、ゆっくりと口を開く。
「せっかくだし、こっちからも一つ提案だが……ここで引き返すつもりはないか?」
「なんだと?」
「襲撃を諦めてくれると助かるって言ってるんだ」
突然の申し出に眉をひそめるも、ドゥラークはすぐその狙いに気付く。
「なるほど、ここに来てようやく我々の力を理解し怖気づいたか? 残念だが、もう見逃すことはできぬ!」
怒りのままに処分したい気持ちも大きいが、それだけではない。
今回の王女暗殺及び、それに付随する幾つもの作戦は魔王軍最高幹部――魔王様が封印中の今、実質的な最高指導者から直々に受けた任務。
いかなる事情があろうと失敗することは許されないのだ。
そのため、不穏分子は一刻も早く排除し、王都に襲撃する必要がある。
「カーディス、我々の前に立ちふさがる邪魔者を排除せよ」
「いいんですか? そんな楽しそうな役目をオレに回してもらって」
「ああ。一撃で仕留めてしまえ」
四本の腕を持つ筋骨隆々の巨漢――カーディスが前に出る。
獰猛さをそのまま形にしたような彼は少年の前に立つと、楽しそうな笑みを浮かべながら矮小な存在を見下ろした。
「命令だから仕方ねぇよな――ほら、さっさとくたばりな!!!」
カーディスはその巨腕を大きく掲げると、少年に向かって振り下ろした――
◇◆◇
(やっぱり――こうなるよな)
振り下ろされる巨腕を前にして、俺――レスト・アルビオンはここに至る経緯を思い出していた。
魔王軍一行による王女暗殺計画。
それが今夜決行されることも、どんな結末を迎えるかも俺は知っていた。
『剣と魔法のシンフォニア』中盤――魔族との戦いが本格的に開始していく中、この事件について明かされる機会があったからだ。
主人公やシャルロットを始めとしたメインキャラクターたちが集まる中、この事件の悲惨な末路は王立アカデミー学長の口からゆっくりと語られた。
魔王軍一行は王都への侵入に成功し、大群で王城へと攻め込む。
彼らはそのまま大量の騎士や参列者を殺害。
守りを突破した魔族の凶刃は、とうとうセレスティアとシャルロット、二人の首元にまで迫った。
強力な敵を前に、死を覚悟するシャルロット。
――しかし、彼女に刃が届くことはなかった。
セレスティアの放った神聖魔法が、シャルロットを狙う襲撃者を滅ぼしたからだ。
ただ、その代償は大きかった。
緊急事態において、セレスティアは自分の持つ力を全て、シャルロットを守るために使用した。
ゆえに、自分を狙う襲撃者への対応が後手に回り、強烈な攻撃をその身に受けた。
結果、彼女は大怪我を負い、救命処置によりなんとか一命こそ取り留めたものの、昏睡状態となってしまうのだ。
ゲームでは本編後半に復活するものの――自分を庇い最愛の姉が傷付いたという事実はシャルロットにとって重く耐え難かったのだろう。
今日起きた全ての事件について学長から語られる中、シャルロットはずっと悲し気な表情を浮かべていた。
(そうだ、俺は知っている)
この事件の行く末も、それによってセレスティアやシャロが体と心に大きな傷を負うことも。
だから――
「――くたばりな!!!」
最低でもAランクの実力は有しているであろう魔族から振るわれる剛腕。
遅すぎるその攻撃を前に、俺は鉄槌剣の柄を握りながら小さく呟いた。
「――【纏装・風断】」
シュッ、と。鋭く静かな音が響く。
刹那、カーディスと呼ばれた魔族の動きがピタリと止まった。
その様子を見たドゥラークが訝しむような声を上げる。
「どうした? 早く排除を……」
しかし、彼の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「…………は?」
それよりも早く、斜めに分かれたカーディスの体が、ズルリと滑るようにして崩れていったから。
カーディスは抜けた声を漏らした後、何が起きたのか理解できないといった表情を浮かべたまま地面に横たわった。
「なっ……!」
「カーディス!?」
「いったい何が起きた!?」
戦慄が、困惑が、辺り一帯を支配する。
俺が纏装を放つ姿を視界に収めることができなかったのか、この一瞬でカーディスが敗北したという事実を、彼らはまだ呑み込めていないようだった。
「貴様、は……」
中でもリーダー格であるドゥラークは、驚愕と警戒の入り混じった表情で俺を見つめていた。
その瞳に、先ほどまで俺に向けられていた侮りの色はもうない。
「……ふぅ」
そんな中、俺は剣に付着したカーディスの血を眺め、ゆっくりと息を吐いた。
――リーベと戦った時にも考えたことだが、魔族はその姿が人間と似ているだけではなく、言葉も通じる相手。
平和な日本で育ってきた俺にとって、殺傷への抵抗感は魔物を相手にした時と比べ物にならない。
だけど――
『――――レスト様』
不意に、ゲームで見たシャルロットの悲しげな表情と、先ほどパーティー会場で見たシャロの複雑な表情が脳裏で被り――最後に、彼女がこれまで俺に向けてくれた数々の笑顔が過った。
「大切な友達の悲しむ顔は、見たくないんだ」
だから――そのための覚悟なら、もう済ませてきた。
「悪いが……俺はお前たちを、一人として通すつもりはない。たとえ、この手が血に染まることになろうと」
俺の足元に横たわるカーディスの死体がその証明だ。
それが分かっているのか、魔族たちの表情が一斉に強張り始めた。
そんな彼らを見渡しながら鉄槌剣に付着した血を振り落とした後、未だ動揺するドゥラークたちに切っ先を向け――俺は宣言する。
「お前たちにも、その覚悟があるのなら――――かかってこい」
次回、『084 悪役貴族の無双②』
文字通りの暗躍無双回です。どうぞお楽しみに!
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最後に、とてもとても大切なお知らせがございます。
↓の超重大発表の方をご確認ください!
【超重大発表】
この度なんと、ヤンマガWeb様より本作のコミカライズ化が決定しました!
連載開始日は2025年2月17日(月)と、すぐそこにまで迫っています!
さらにさらに!
コミカライズを担当してくださる漫画家は月山可也先生で、美麗な作画と迫力満点のアクションシーンによって、とてつもなく素晴らしい出来に仕上がっています!
皆様全員に楽しんでいただけること間違いないかと思います!
そして↓のイラストをご覧ください!
レスト、シャルロット、エルナなどのキャラデザが公開されており、これだけでもクオリティの高さが分かると思います!
各キャラも私のイメージピッタリ、いえ想像を超えるほど魅力的にデザインしていただけました!
見た瞬間、「レストが、シャロが、エルナが生きてる……!」と思わず口に出してしまったくらいです(笑)
もちろん内容も最高の出来になっておりますので、ぜひ版もご一読ください!
ここまで来られたのは皆さんの応援あってのことです。
これまで本当にありがとうございます! そしてこれからもどうぞよろしくお願いいたします!