077 急成長の真実
水を打ったように、練兵場が静まり返る。
その中心にいるのは第一王子リヒトと、その首元に木剣を添える俺の二人。
そんな中、おもむろにリヒトが口を開いた。
「……僕の負けだ」
その宣言により、立ち合いの勝者は俺――レスト・アルビオンとなった。
まだこの結果を信じられていないのだろう。
周囲の騎士たちが今だに沈黙を続ける中、俺はゆっくりと木剣を下げる。
そして、
「ありがとうございました」
王族であるリヒトに対し、最大限の敬意を込めて一礼する。
ただ、その内心はと言うと――
(びっっっっっくりしたぁぁぁぁぁ!!!)
――このように、落ち着きとは正反対の状況になっていた。
こうなるのも仕方ないだろう。
なにせ、リヒトが最後に使用した【纏装】は本来、物語開始後、主人公と高め合う中でヒントを貰い習得する必殺技。
それ以降、彼はスランプを乗り越えて一気に飛躍していくわけだ。
俺がガレウルフをテイムし【風魔法】を獲得した後、兄たちとの決闘でいきなりこの技能を使えたのも、ゲームのリヒトを参考にしたおかげだった。
そんな技能をまさか、物語が開始する半年以上前の今、使用してくるとは予想だにしていなかった。
そのため、俺は考えるよりも早く、反射的に同出力の【纏装・颶風剣】を発動しリヒトの技能と相殺。落ち着きを取り戻す間もなく、思わずその流れのまま思わず押し切ってしまった……というわけだ。
本来ならある程度打ち合った後、タイミングを見て降参するつもりだったのに……
これは大きな誤算だ。
(ってか、待てよ? 纏装を使えるってことは、リヒトの現状の実力は――)
俺の思考が、ある答えに辿り着きかけた、まさにその時だった。
わぁぁぁぁぁ! と、ここまで沈黙を続けていた騎士たちが、堰を切ったように一気に湧き出した。
「う、嘘だろ!? リヒト様に勝利したぞ! それもつい先日、一撃で水晶獣を討伐した技を木剣一本で打ち破って!」
「まだアカデミーにも通っていない年齢の者が? 信じられん……」
「いや、待て待て! それよりも【テイム】の方だろう!? 非戦闘用のスキル持ちがこれだけの強さなんて、聞いたことがないぞ!」
「…………化け物だ」
次々と俺を称賛する言葉が飛んでくるが、状況的に喜んでばかりもいられない。
というか、水晶獣といったら確か、ゲームにも出現したBランク中位指定の魔物だったはず。
やはり現状のリヒトの実力は、本来の彼より数段上だということだろう。
騎士たちの言葉から察するに、俺が纏装を使用していたことは気付かれていなさそうだが……
(さて、どうしたのものか……)
必死に頭を回転させていると、リヒトがこちらにゆっくりと近づいてくるのが分かった。
年下の俺に敗北した直後だというのに、その表情には不思議と清々しさのようなものが見て取れた。
「立ち会ってくれてありがとう、レスト。僕の完敗だったよ」
「いえ……それよりもその、最後に使っていた技についてなんですが」
「ふむ。やっぱり、そこが気になるかい」
どこか含みのある言い方をした後、リヒトは続ける。
「実は少し前、エルナ殿に指導を賜ってね。その時に聞いたんだ。何でも、ある人物が剣技と風魔法を駆使した特殊な戦い方をしていた、とね」
「――――」
「そこから着想を得て生み出した技能が、今の【纏装・颶風剣】だ。そのきっかけをくれた人物には直接お礼を言いたいところだけど……」
そこで言葉を区切ったリヒトは、俺と、そして現在進行形で驚愕を受けている周囲を見渡した後、からかうように微笑んだ。
「どうやら、それが誰なのかは詮索しない方がよさそうだね」
「……そうですね」
他のギャラリーと違い、リヒトには間違いなく俺が【纏装・颶風剣】を発動したところが見えていただろうし、エルナが語る人物が俺であることも分かっているはず。
その上で、これまでの俺の対応や今の反応を見て、できれば俺がその事実を隠しておきたいと考えていることを悟ったのだろう。
茶目っ気のある笑みや気遣いっぷりといい、恋愛ゲームに登場する男性キャラでありながら、人気が高かったのも頷けてしまう。
それにしても、である。
(ここでもまた、エルナさんか……)
俺は兄二人との決闘時、ゲームのリヒトを参考に【纏装・風断】を使用。
立会人としてそれを見たエルナが、偶然にもリヒトにアドバイスとしてその時のことを話した。
その結果、本来の使い手であるリヒトが、ゲームよりも数段早いタイミングで習得してしまったというわけだ。
思えば、ゲームヒロインであるシャロと出会うことになったのも、俺がエルナからの指導を受け、そのことを彼女がシャロに話したのがきっかけだった。
エルナというゲームには登場しなかったキャラクターが、俺と様々なキャラを繋ぐきっかけになっているというのが、どこか不思議に思えて仕方なかった。
と、それはさておき。
今、考慮しなければならない問題は他にある。
今回の立ち合いによって、俺の実力がBランクの領域に踏み入れていることが明らかになってしまったからだ。
残念ながら、今さら誤魔化しようはない。
(しくじったな。今後の予定に狂いが生まれなきゃいいんだが……)
今回の一件についてはアルビオン家にもまず間違いなく伝わるだろうし、リーベの時のような例もある。
ゲームのシナリオにはなかった面倒事がふりかかってくる可能性も高いが……いずれにせよ、それらを振り払えるだけの実力を急いで身に着けるしかない。
そう。これまでと同様、鍛錬と魔物討伐を続けることが、何よりの対策で――
「…………」
「……シャロ?」
――そこでふと、気付く。
練兵場の隅に立っているシャロとエステル。
普段のシャロなら我先にと駆け寄ってきそうなものだが、彼女はどこか複雑そうな表情を浮かべていた。
ちなみに隣にいるエステルは、他の騎士たちと同様、興奮した様子で頬を赤くしている。
俺が二人の元に行くと、シャロはすぐにいつもの笑みを浮かべた。
「素晴らしかったです、レスト様。また一つ、背中を離されてしまいましたね」
「シャロ……」
初めてシャロと出会った日のことを思い出す。
ガレウルフから彼女を助けた後、深夜の会合をしたときのことだ。
『ですがレスト様は違います。同い年であり、私より一枚も二枚も上手ではあるものの、背中が見えるほどの距離で走ってくれています……』
『レスト様のような方と切磋琢磨できれば、私ももっと強くなれるはず!』
『だからこそ思ったのです! レスト様。どうか、共に高め合える仲間として……私の『剣友』になっていただけませんか!?』
そう語っていたシャロにとって、何か思うところがあったのかもしれない。
何か尋ねるべきかもしれないが、どう話しかけたものか悩んでいると、彼女は胸の前で両手をグッと握りしめ身を乗り出してくる。
「――私も負けていられません! 今から約束通り修行を始めましょう! 立ち合い後でも手を抜いてはいけませんからね!」
「……! ああ、もちろん」
しかし、俺の考えが杞憂だったかのように、シャロは力強くそう宣言する。
どうやら余計なお世話だったようだ。
その後、俺とリヒトの立ち合いを見てやる気が出たというエステルも交じり、俺たちは鍛錬を続けるのだった。
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