076 リヒト・フォン・フィナーレ
リヒト視点です。
フィナーレ王国第一王子、リヒト・フォン・フィナーレ。
彼は自分の才能を疑いながら、日々を過ごしてきた。
しかしあるきっかけにより、迷いは断ち切られることとなる。
それは一か月と少し前のこと。
王立アカデミーの二年となった自分の実力はCランク上位。
同年代と比べて決して低くはないが、そこに王族という前提が加われば話は別だった。
一つ上の姉は、同じタイミングで既にAランク下位に到達していた。
上級スキルと最上級スキルの差があるなど言い訳にならない。
数こそ少ないが、リヒトより位の低い中級スキル持ちの同級生の中にも、Cランク上位に到達する者が数名いるくらいだからだ。
自分の才能と努力が足りていないことなど、火を見るより明らかだった。
(僕はここから、どうすれば成長できる……? いや、成長したところで意味があるのか?)
優秀な姉の背中を見て育ち、劣等感を抱きながらも鍛錬を重ねてきた。
しかし数か月前、妹のシャルロットも最上級スキルに目覚めてしまった。
それ以来、剣を握るたびに良くない未来が浮かび上がり、ただ刃を振るうことすらままならなくなった。
自分の心の弱さが鎖となり手足を縛りつけてくるような、そんな窮屈な日々を過ごすことしかできなかった。
しかし、そんなある日のこと。
リヒトがアカデミーから一時的に城へ戻ったタイミングと、シャルロットがSランク冒険者から指導を受ける日が重なった。
城の者いわく、シャルロットはここ最近、驚くほどの成長を見せているのだとか。
それは彼女に与えられたのが最上級スキルだからか、それともSランク冒険者による指導の賜物か。
(可能性があるのなら、何にでも縋りつけ)
その段階で自分の才能に悩んでいたリヒトは、意を決して行動を開始した。
シャルロットが指導を受け終えた後、直接その場に向かったのだ。
そこにいたのは白銀の長髪を靡かせる女性。
リヒトがアカデミーに通い始めてから少し経った後、入れ違うようにシャルロットの指導を行うようになったSランク冒険者――エルナ・ブライゼル。
「エルナ殿!」
「……貴方は、リヒト殿下か」
直接顔を合わせたことはなかったが、エルナは自分のことを知っていたようで、驚いたように目を見張っていた。
そんな彼女に対し、リヒトは深く頭を下げる。
「突然の訪問、申し訳ございません。どうか私にも、剣術のご指導をいただけないでしょうか?」
「………………」
しばらく待っても、答えはない。
あまりに性急すぎただろうか。
そう不安に思い始めた直後だった。
「……ふふっ」
聞こえたのは、想定していなかった笑い声。
戸惑ったように顔を上げるリヒトを見て、エルナは軽く手を上げた。
「すまない。今の貴方を見て、とある人物を思い出してな」
「とある人物、ですか?」
「ああ。彼も貴方と同じよう、出会い頭に指導をお願いして……っと、そんな話はさておき」
そう会話を断ち切って、エルナは木剣を構えた。
「まずは貴方の剣を見てみないことにはな……さあ、かかってきてみろ」
「――――!」
膨れ上がる威圧感。
ぞわりと背筋に悪寒が走る。
決して敵に回してはいけない何かを相対しているような感覚だった。
「……お願いします!」
それでも、ここで逃げることは許されない。
リヒトは覚悟を決め、二振りの木剣でエルナに斬りかかり始めた。
今の自分にできる精一杯をぶつけるも、圧倒的強者特有の、どれだけ斬りかかろうと徒労に終わりかねない感覚がする。
それは同時に、リヒトがどれだけ努力しようと届くことのない、天才の領域を見せつけられているかのような気分だった。
「………………」
エルナの鋭い視線に耐えながらも剣を振るい続け、ようやく終わりを迎える。
息を切らしながらも体勢を崩さないリヒトに対し、エルナは告げた。
「剣筋がブレているな。本来の実力を出し切れていない」
「――ッ」
「明らかな迷いを感じる剣だ。いったい何が、君を不安にさせている?」
今の数合で、そこまで見抜かれてしまったらしい。
リヒトは勇気を出すように息を吐き切った後、ここに至る経緯を伝えた。
全てを聞き終えたエルナは、納得したように「ふむ」と頷いた後、口を開いた。
「まず大前提としてリヒト、君の【剣舞双聖】は素晴らしい。神聖魔法を扱えるティアやシャロに劣等感を抱いているとのことだったが、剣の才能だけに限っていえば君のスキルも申し分ない。それこそ、シャロの【神聖剣姫】に勝るとも劣らないだろう。スキルを信じて努力すれば、彼女たちを超える実力を身に着けることも可能なはずだ」
「……そう、ですよね」
分かっていたことを、改めて突き付けられた気分だった。
これまでも理屈としてはそれを理解し、可能性を伸ばそうと努力していた。
しかしいつまで経っても、袋小路にいるようで。
この檻から抜け出すための解決策を求めて、エルナに指導を求めたのだが……やはりそんな近道は許されないということだろう。
そう思った直後だった。
「――と、以前までの私ならば言っていたかもしれないな」
「えっ?」
想定外の言葉に顔を上げるリヒト。
彼女は小さく笑った後、続ける。
「いやなに、つい最近、考えを改めたくなる出来事が幾つもあったものでな。そのきっかけをくれた人物と君が、少し重なって見えたんだ」
「は、はあ……」
それは先ほど、剣術の指導をお願いした時にも言っていた人物だろうか。
要領を得ずに戸惑うリヒトに対し、エルナは続けて言う。
「自分のスキルが信じられなくなったのなら、スキル以外に可能性を求めてみるのもいいだろう」
「スキル以外、ですか? しかしスキルは女神様より才能を見込み与えられるもの。それ以外に時間をかけるのは無駄だというのが、常識だと思うのですが……」
「果たして、それは本当にそうだろうか? ……ふむ、そうだな。たとえばリヒト、君は魔法を扱えるか?」
突然の質問に戸惑いつつ、リヒトは思い出す。
【剣舞双聖】が与えられてからは剣術に邁進していたが、それよりも前は、どんなスキルが与えられても対応できるよう様々な修練をしていた。
中には剣や弓だけでなく、魔法の修練もあった。
その時、確か自分は――
「は、はい。スキルを獲得する前に修練する中で、一属性だけですが、風の初級魔法発動には成功しました。しかし、それが何か……?」
「……風か。とことん似ているな」
「?」
感慨深そうに小さく何かを呟いた後、エルナはじっとリヒトを見つめる。
「初級とはいえ使えるのなら、それは確かな才能だろう」
「で、ですが、それだけでは本職の者には敵わないに決まって――」
「なら、組み合わせてやればいい。一つで足りないのなら、二つを重ねるんだ。君のスキルと、それ以外の才能を」
「――――!」
その時、衝撃がリヒトに走る。
エルナの告げたのは感覚的で、要領を得ないアドバイス。
だが、リヒトにとっては大きな手掛かりとなる。
まだ答えには至っていないが、何か大切な気付きを与えられたような気がした。
エルナはそんなリヒトを見て微笑むと、
「ついでに面白いことを教えてやろう。これは私が知る、ある人物のことだが……」
そんな前置きの後、ゆっくりと語り出した。
本来であれば剣も魔法も才能を持たないはずの少年がいた。
しかし彼は、その二つを組み合わせることで強力な技能を生み出したと。
ただ剣を振るっただけでは足りない火力と鋭さを、高速で震える風を纏わせることで補ったらしい。
「もしかしたら――それと近いことが、君もできるかもしれない」
「剣と、魔法を……」
なぜだろうか。
その瞬間、急激に視界が開けたような気がした。
自分の進むべき道が見えたのだ。
それから、リヒトはその直感に従い、鍛錬を重ねた。
最初こそ苦労したが、順調に成長していく感覚があった。
一から魔法の基礎を学び直し、風魔法を習得。不思議なことに、スキルを得て以降練習していなかったはずの魔法が面白いように扱えた。
アカデミーの教授に聞くと、剣を学ぶ中で魔力の扱いに慣れ、それがうまく作用したのではないかと語っていた。
そしてとうとう、エルナが語っていた応用に入る。
血の滲むような鍛錬の末、風魔法を刃に纏うことで、切れ味を格段に増す技能を習得した。
しかし、それで満足するリヒトではなかった。
【剣舞双聖】は元々、速度と手数に秀でたスキル。
その技能との相性はよかったが、より革新的な――圧倒的格上にも通用する火力が欲しかった。
そして、彼はとうとう、それを編み出すことに成功する――
◇◆◇
現在。
王国騎士団、練兵場。
目の前に立ちはだかる黒髪の少年――レスト・アルビオン。
エルナを彷彿とさせるほどの強者を前にし、リヒトは覚悟を決めた。
(ここまで本気を出してなお、目の前にいる彼の底は見えない。なら――)
才能溢れるシャルロットが目標だと語り、自分と同じくエルナから指導を受けたこともあるという、年下の少年。
戦闘用スキルすら持たない彼の本気を、どうしてもこの目で確かめたいと思った。
(これを使い、君の本気を曝け出す!)
右手に強く握りしめた木剣の刃が、幾重にも風を纏う。
瞬間、周囲がざわりと湧いた。
彼らは知っていた。その技を。
リヒトが飛躍することになったきっかけ。
二週間前の騎士団遠征に同行したリヒトは、なんとBランク中位魔物を単独で討伐してみせた。
魔物の名前は水晶獣。切断武器に高い耐性を持った強敵だった。
倒したのは、速度に秀でた双剣の火力を補うために生み出した必殺技。
エルナから教わったものからさらに改良を加え、切断力を無くす代わり、突破力を増した破壊の剣。
暴風を刃に何重にも巻き付け、火力を数倍に引き上げる技能。
名を――
「――――纏装・颶風剣」
――吹き荒れる破壊の暴剣が、レストに迫る。
出力、規模、タイミング。
全てが完璧だった。
騎士団の精鋭であっても、真正面から防げる者は二桁に達しないだろう。
そんな渾身の一撃が、レストの脇腹に吸い込まれていく。
その光景を見て、リヒトは心の中で確信した。
(――入った!)
そして、次の瞬間。
気が付いた時にはもう、木剣はリヒトの手から離れ、宙を舞っていた。
「――――――………………は?」
状況が理解できず、リヒトは抜けた声を漏らすことしかできなかった。
遅れて、剣に巻き付いていたはずの暴風が辺り一帯に吹き荒れる。
そんな中、リヒトやギャラリーが目撃したのは、暴風の中心にて、剣を振り切った構えで立つレストの姿だった。
「何が起きた!?」
「不発!? いや暴発したのか!?」
「嘘だろ!? ただの木剣であの技能を弾き返したってのか!? Bランク魔物を一撃で屠るほどの技だぞ!」
(――いや、違う! そうじゃない!)
困惑と共に推測するギャラリーたちの中、リヒトだけは理解していた。
否、見えていた。
レストの木剣がリヒトの颶風剣とぶつかりかけた直後、向こうの刃にも風が纏わったのも。
衝撃的なのが、その出力や速度に至るまで、リヒトのものと全く同じだったこと。
それをリヒトの颶風剣と合わせてお互いに相殺した後、そのまま風の鎧を失ったリヒトの木剣を弾き飛ばしたのだ。
実力、センス、頭脳、反応速度。
そのどれか一つでも欠ければ成立しない神がかり的な対応。
しかし、不思議とリヒトはこの状況に納得していた。
予感はあった。
エルナが告げた、剣にも魔法にも才能を持たない存在。
シャルロットが語る、非戦闘用のスキル持ちでありながら、彼女を上回る実力の持ち主。
その二つが不思議と、リヒトの頭の中で重なりかける時があったからだ。
シャルロットの話す彼の内容に、この技能のことは含まれていなかったため、少し疑う気持ちはあったが……
今、リヒトははっきりと確信する。
(やはりそうだったのか。エルナ殿が言っていた人物とは、レスト、君の――)
「――――」
「くっ!」
分析する間もなく、流れるような二撃目がリヒトの二振り目の木剣を弾き飛ばす。
そしてそのまま、武器を失ったリヒトの首元に、レストは木剣を添えた。
「「「……………………………………」」」
シーーーン、と。場が沈黙に包まれる。
決着はついた。
審判を置かずして始まったこの立ち合いが終わるのは、どちらか一方が降参した時のみ。
そして今、それを行うとすれば自分以外にありえなかった。
リヒトは衝撃と納得感という相対する感情を抱いたまま、小さく笑みを浮かべて告げる。
目の前にいる少年に、最大限の敬意を込めて。
「……僕の負けだ」
歓声が湧き上がることはない。
それからもしばらくギャラリーたちは呆気に取られ、予想だにしていなかった結末に言葉を失い続けるのだった。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願いいたします】
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